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34 釣りする中年と釣られる子狐


 川の上流にやってくると、足場が悪くなってくる。すでに釣り人が行かない領域に入り込んでしまったのだろう。鬱蒼と茂る木々で視界が悪くなっていた。


 これでは、慣れていない人は歩くのも困難だ。まして、子供ともなればなおさら。

 けれど、一行はすいすいと進んでいく。元々、ティルシアとレスティナは野生で暮らしていたのだから、狐の姿で岩の上も軽々と飛び越えてしまう。


 むしろ中年のほうが、そんな元気いっぱいの彼女に振り回されているくらいである。


「あんまり急ぐと、足を滑らせるぞ」


 そう告げた矢先、ティルシアを追いかけていたゴブシがつるっと足を滑らせる。

 ティルシアはそれを見て、頭を打たないようにとひょいと下に潜り込むが、ゴブシにむぎゅっと潰されて小さくなる。


「こゃー」

「ゴブ……」


 ディナードにはその言葉はわからないが、ちょっと重いと口にするティルシアと、申し訳なさそうにするゴブシといったところだ。


「気をつけろよ」


 ディナードはゴブシを抱えると、少し広いところまで持ち上げたまま進んでいった。

 ほっとするゴブシ。そしてそやつが背負っている荷物をディナードは調べて、ほっとするのであった。心配しているのは、むしろ中身のほうなのである。ゴブリンは丈夫だから、多少ぶつけても大丈夫だろう、と。


 そしてそのゴブリンも、自分の痛みよりも食い物のほうが大事なのであった。そんな食いしん坊なゴブシは、ビクの中に魚がきちんといるのを見て安心するのである。逃してしまっていたら、食べられなくなってしまうところだった。


「こゃぁー」


 遠くから呼ぶ声が聞こえて視線を向けると、そちらではレスティナが待っている。

 皆で向かっていくと、釣りをするにはちょうどよさそうなポイントがあった。そして、近くには岩場があり、調理をするにも具合がいい。


「さて、ゴブシ。お待ちかねの釣りだ」

「ゴブブ!」


 やけに張り切るゴブシである。

 早速、餌をつけて釣りを始めた。


 しかし、どうにも落ち着かないゴブシで、釣り竿を何度も動かしてしまうし、かといって静かにしているとぼーっとして、餌だけをとられていってしまう。


 これではどうしようもなさそうだと、ディナードも魚を釣っていると、子狐姿のティルシアが隣にやってきた。そしてくるりと丸くなって休みながら、彼が釣るのを待っている。


 どうやら、釣りそのものよりも、魚が取れた瞬間を見るほうが好きなようだ。


 彼女の手前、かっこいいところを見せたくなるディナード。彼もまた、ゴブシに負けず劣らずそわそわしていると、早速魚がかかった。


 釣り上げてみると、楕円形の斑紋が美しいヤマメだ。

 ティルシアは尻尾をぱたぱた振りながら、ビクの中に入れられたその魚をまじまじと眺めていた。


 感動半分、食事への期待半分といったところだろう。

 それからディナードは何匹か釣っていく。随分と好調だ。


 そんな姿に感化されたのか、ゴブシがふんっと鼻を鳴らした次の瞬間、思い切り釣り竿を引っ張り上げた。


 そして宙を舞う魚が一匹。白色の斑点が全身にあるイワナだ。

 針が外れてしまったのだろう、このままでは川の中に逆戻りしてしまう。ゴブシはそうはさせまいと、跳躍して手を伸ばす。


 しかし、イワナはぬめりが強く、ゴブシの手から滑っていってしまった。


「ゴブゥウウウウ!?」


 この世の終わりだとでも言いたげなゴブリンの悲鳴が上がるも、イワナはディナードがひょいと捕まえた。


 ほっとするゴブシ。けれど、今度はゴブシ自身が川へと落下してしまうところだ。すっかり、頭の中には魚のことしかなくなっていたのである。


 ぎゅっと目をつぶったそやつであるが、そこで落下の勢いは止まった。レスティナがゴブシの服を咥えていたのである。


 ぽいと投げられると、ゴブシは地面に足が着いて一安心。


「気をつけろよ」


 ディナードに言われて反省するよりも先に、ゴブシはビクのところに行って、先のイワナを見る。そこでは、ティルシアが鼻先を近づけているところだった。けれど、イワナはちょっと臭いがあるため、ヤマメのほうが好みのようだ。


 ゴブシは満足げにそのイワナを眺める。初めて釣った魚なのだ。勲章のようなものだろう。


「そろそろメシにするか」


 途中で少し木の実を食べたりもしているが、もう昼時になったのだから、本格的に食事にしてもいい。


 ゴブシは大喜びで荷物を取り出す。

 このために持ってきた炭火にディナードが火をつける一方で、レスティナは調理の準備をしてくれる。


「まずはぬめりを取るか。ティルシアも手伝ってくれるか?」


 そう告げると、彼女は上機嫌に頷いた。

 手に粗塩を持ってすりあわせていくと、ティルシアとゴブシも真似をする。そしてディナードは魔法で水を生み出して洗い流すと、余分なぬめりは綺麗さっぱり取れていった。


 それが終わると、肛門から喉元まで切り裂いて、内臓を取り出し、血合いをこそぎ落としておく。


「ヤマメはうまみをそのまま味わえる塩焼き、ウグイはクセがなくなる天ぷら。イワナは骨酒にしたいが、身まで使っちまうとティルシアが食べられないから、三枚に下ろしてソテーにしよう」


 ティルシアもゴブシも、ディナードに任せるとばかりに頷く。すっかり信頼されているようだ。レスティナも異論はなく、「おいしいものを期待していますね」と微笑んだ。


 ヤマメにあとは塩を全体に振るだけだが、ディナードは背びれと尾びれを広げるようにしつつ、塩をつけていく。


「ディナードさん、そこだけ味が濃くなってしまうんじゃないですか?」


 レスティナがそう尋ねてきた。もっともである。


「化粧塩って言うんだが、こうしておくとヒレが焼け落ちなくて、綺麗にできあがるんだ」

「……なるほど。そうなんですね」

「食べるだけがメシじゃないのさ。見た目で楽しむのも大事なことだ。そして実際に手を動かして楽しむこともな。……さあ、串を刺すぞ」


 ディナードが告げると、ティルシアとゴブシはすっかり盛り上がる。


 波打つように串に刺すと、水分が抜けるように、口を下にして炭火の近くに立てておく。遠火でじっくりと焼くのがコツだ。


 川魚には、口のような吸盤を持つ吸虫などの寄生虫がいるため、しっかり焼かないといけないのだが、近くで炙れば焦げてしまい、かといってすぐに引き上げてしまうと中が生になってしまうため、時間をかけるのが大切なのだ。


 ディナードはさっとイワナを三枚に下ろすと、頭と骨が残ったものを一緒に炙っておく。骨酒を造る前に、カラカラになるまで水分を飛ばしておくのだ。こうしないと臭くなってしまう。


 ティルシアとゴブシはそれらをまじまじと眺めるが、すぐに変化があるわけでもない。

 こちらは時間がかかるため、ディナードはレスティナに二人を任せ、ソテーと天ぷらを作ることにした。


 イワナに塩を振って小麦をつけて、油でカラリと焼き上げる。それだけでいい香りがしてくるので、ティルシアとゴブシもやってくる。


「あとは天ぷらだな。これまで採ってきた山菜も一緒に作っちまおう」


 卵と水を合わせて、小麦粉を入れて衣を作ると、ティルシアとゴブシが山菜やウグイに衣をつけていく。しかし、油は跳ねて危ないので、そこからはディナードとレスティナにバトンタッチ。


 パチパチといい音を鳴らしながら、衣がきつね色に変わっていく。


 ティルシアとゴブシは遠くから慎重に見守っているのだが、ディナードは麦酒を冷却の魔法で冷やしている有様だった。天ぷらにはよく合うのだ。


「もう、ディナードさん。いつの間に持ってきてたんですか?」

「お前さんが寝ている間だな。冒険というものは、出かける前の準備が肝要なのさ」

「酒瓶を手にして言っても、説得力がありませんよ」

「酒をたしなむのも、中年の魅力だろう」


 適当なことをうそぶくディナードにレスティナは呆れつつも、そんな彼を頼もしく思うのもまた事実だった。


 そうして天ぷらを一つ一つ上げていくと、それで完成だ。


「できたー!」


 ティルシアがバンザイして、ゴブシが浮かれて跳び上がる。

 まだ、塩焼きのほうは時間がかかるだろうから、先に食べていてもいいだろう。天ぷらは揚げたてがおいしいのだ。


「いただきます!」


 元気いっぱいの声とともに、ティルシアが天ぷらに飛びついた。


いつもお読みいただきありがとうございます。


川魚は寄生虫が多いので、十分な冷凍あるいは加熱をしてから食べるということで、刺身はなしです。回るお寿司屋さんでよく見かけるサーモンなどは、養殖したものを冷凍しているので、寄生虫もおそらく死滅しているので、安心して食べられるはずです。


ウグイは天ぷらだけじゃなくて南蛮漬けもいいかなあ、と考えてもいたのですが、そもそも狐にはタマネギが与えられないということで没になりました。


今後ともよろしくお願いします。

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