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33 釣りする子狐と釣られる中年



 明朝、ディナードは窓の外を眺めていた。

 山のほうでどうなっているかはわからないが、天気はそこそこといったところだ。やや雲があるため、そのうちチラホラと雨が降ってくるかもしれないが、大降りにはならないだろう。


 そのため日差しも適度で、気温は暑すぎず寒すぎずという具合となっている。春の盛りを過ぎた今、釣りをするにはちょうどよさそうだ。なにしろ、あまり気温が暑くなっていては、途中でティルシアが疲れ切ってしまうだろうから。


 そんなことを考えていると、ガバッとゴブシが起き上がった。

 やつは辺りをキョロキョロ見回しながら、魚を捕まえるような仕草をしていたが、やがて自分が家の中にいることを認識して首を傾げた。


「ゴブ……?」

「おいおい、気が早すぎるだろ。これから釣りに出かけるってのに。魚の夢でも見てたのか?」


 ディナードが呆れるも、ゴブシは昨日買った釣り竿を手にして、満足げな顔をするのだった。なんとも楽しげなゴブリンである。


 物音に気がついたのか、ティルシアの狐耳がぴょこんと起き上がると、ベッドの中から飛び出してくる。


「ごぶし、つり!」


 彼女はゴブシと一緒になって釣り竿で遊んでおり、そうなると、レスティナも寝ていられない。


 眠たげに目をこすりながら、体を起こすのだ。


「すまん、起こしてしまったか」

「いえ。おはようございます。……ディナードさんは朝早いですが、体調は大丈夫ですか?」

「もう年だから腰が痛くて仕方ないな」

「そういうことではないですよ。……元気そうですね」


 レスティナは冗談を言うディナードに微笑む。

 そんな朝の挨拶さえも優雅に見えるのだから、ディナードは頬をかくしかなかった。


 朝食を取って支度を調えると、いよいよ出発。

 街を出ると、ビクを引っ提げながら山に向かってすすんでいく。


 川は街のすぐ近くを流れているため、見失うことはなさそうだ。それに沿って上流へと向かっていくのだが、ティルシアとゴブシはすでにはしゃいでいる。


「今からあんまり動くと、帰りが大変だぞ?」


 ディナードが告げると、ティルシアとゴブシは少しの間は大人しくなるのだが、またすぐにそわそわし始める。やがて、元気いっぱいに動き回るのだ。


(……帰りはおんぶしないといけなそうだな)


 苦笑いしつつ、ディナードはそんなことを考えるのだった。


 そうして山の中を進んでいく中、呑気な彼らは山菜や木の実や果実などを取りながら、楽しげにする。


 ただ釣りだけをするために行くのではなく、こうして自然を楽しんでこその山歩きだろう。


 中流くらいまでやってきたところの川辺で、一息つくことにした。ティルシアは途中から子狐の姿になっていたため、あまり疲れてはいないようだ。


 けれど、空気が気持ちいいのだろう、前足を伸ばしてぺたんと伏せている彼女は目を伏せていた。


 ゴブシは荷物を背負ってきたこともあって、やや疲れ気味のようだ。荷物と腰を下ろして、飲み物を口にしている。


 レスティナが二人を見守る一方で、ディナードはあちこち見て回っていた。


(魔物はいないな。もうそろそろ、出てきてもよさそうなものだが……)


 もしかすると、この辺りには冒険者たちが入っているのかもしれない。


 けれど、川へと視線を向ければ、ちらほらと魚影が見える。となれば、乱獲されているわけでもないのだろう。

 この前聞いてきた話だと、釣り人が入るのは下流かせいぜい中流といったところだったし、冒険者は魔物をターゲットにしているのだから上流が主になるから、ここはそれらの中間、魔物が少なく魚が多い切り替わりの地点なのかもしれない。


 空を見上げれば、やや日が陰っている。鳥が飛びにくくなり、その影も映りにくくなるのでちょうどいい。


 ディナードはチラリとティルシアのほうを見ると、彼女は少しばかり暇そうにも見える。


 彼は川辺の岩を持ち上げてみる。そうすると、そこには小さな虫の姿。

 つまんで集めていると、ティルシアたちがやってくる。彼女は人化すると、尻尾をぱたぱたと揺らしながら小首を傾げた。


「どうするの?」

「こいつを餌にするんだ」


 ディナードが告げると、ティルシアは川底にいる虫をつまんでみる。彼女は野生で暮らしていたから、虫に触れることへの抵抗はまったくないようだ。


 そしてティルシアは、


「ごぶし、たべる?」


 と、そのゴブリンの口元に持っていく。けれど、ゴブシはぶんぶんと首を横に振った。ティルシアなら、悪意もなく食べさせてしまいそうだからだろう。彼女のゴブリン観はなかなかやんちゃなものだ。


「そいつを針にくっつけて、魚を釣るんだ。やってみるか?」


 ディナードが告げると、ティルシアは嬉しげに頷く。

 そうして二人が準備している間に、ゴブシは虫を集める。けれど、どうにも不器用なのか、探すのに夢中になっていて、足を滑らせて転んでいた。


「気をつけろよ。あんまり暴れると、魚が逃げちまうからな」


 ディナードはティルシアを連れて少々移動する。

 ちょうどいい具合になると、釣り竿をティルシアに持たせ、糸を上流から下流に垂らす。


 ティルシアはドキドキわくわくと、落ち着かない様子だ。先ほどのディナードの言葉を思い出して、頑張って静かにしていようとするのだが、尻尾がときおり揺れてしまう。


 そうして待つことしばらく。

 ウキがピクリと動いた。それに合わせると、確かな手応えがある。


「よし、幸先いいぞ」


 竿を持ち上げてみると、その先には銀光りする小魚。


「やった!」


 ティルシアは大はしゃぎ。

 ディナードはまじまじと魚を眺める。そこには赤色の綺麗な筋が入っている。


「ウグイだな。この産卵時期になると、婚姻色になるんだ。なんでも食っちまうから、釣りやすいな」


 レスティナがやってくると、持ってきたビクを差し出す。ディナードがそこにウグイを入れている間、ティルシアは待ちきれないでそわそわしていた。


「今度はティルシアがやってみるか?」

「やる!」


 ちっちゃい体で釣り竿を支える彼女を、ディナードは見守るのだが、今度は彼が落ち着かなくなる番だった。


「ディナードさん。そんなに食い入るように見つめなくても、ティルシアは逃げませんよ」

「大人らしく、どっしりと構えているつもりなんだが……」

「ふふ。確かに、大人っぽいかもしれませんね」


 きっと子供を持つ親ならば、子供の一挙一動に気を取られるものなのかもしれない。

 ティルシアはウキが動くたびに狐耳がぴょんと起き上がるが、なかなかうまくいかない。


 ちょっと不満そうな顔になるが、何度目になるのか尻尾がピンと立ったときには糸の先に銀色が見えた。


「つれた!」


 その笑顔は、先ほどディナードと一緒に釣ったとき以上の輝きがある。

 きっと、自分一人でやり遂げたからこそ、格別なのだろう。こうしてたくさん取れる小魚だからこそ、暇を持て余しがちな子供も楽しめる。


 ディナードは胸を撫で下ろしながら小魚を受け取る。


「俺が見ているから、レスティナもやってみたらどうだ?」

「できるでしょうか?」

「川に飛び込んで咥えるほうが得意か?」

「もう、意地悪言わないでくださいね」


 レスティナはちょっと頬を膨らませてから、釣り竿を手にするのだった。

 そうして釣りを続けて、ビクに小魚が増えていく。


 もうそろそろ、移動するにはいい頃合いかとディナードが思ったところで、ゴブシが戻ってきた。


「今までなにしていたんだ?」


 ディナードが問うと、ゴブシは自信満々といった顔で虫を見せてきた。どうやら、あれからずっと集めていたらしく、ちょっと気味が悪いくらいの数になっている。


「今まで集めていたのか」

「ゴブッ!」


 その達成感に満ち溢れているゴブリンは、さあこれから釣るぞと意気込んでいるのだが――。


「ディナードさん。そろそろ行きましょうか。ティルシアがちょっと飽きてきたみたいです」

「そうか。メシにはちょっと早いから上流に行こうと思うが、歩けるか?」

「あるく!」


 元気いっぱいのティルシアは、次なる冒険に目を輝かせている。

 ディナードとレスティナ、ティルシアが歩き始める。しかし、もう一体が続かない。


 彼が振り返ってみると、釣り竿を持ってぽかんと口を開けているゴブシの姿があった。


「ゴブシ、行くぞ」

「……ゴブ」

「上流に行ったら、次はこことは違う魚を釣ろう」

「ゴブブ!」


 まだ釣れると知ると、ゴブシは荷物を背負ってずんずんと歩き出す。そして先頭を行くのだ。なんとも現金なゴブリンである。


 そうして一行は川の上流を目指すのであった。


こうして登場したウグイですが、北海道ではアカハラと呼ばれているそうです。分布域が広く、様々な名前がつけられているそうですが、皆さんの地方ではどうでしょうか?


もう少し、お魚の話は続きます。よろしくお願いします。

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