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32 川と魔物と中年と 後編



 ディナードたちは街中を歩いていくと、軒下に魚介類が干してあったり、焼き魚の匂いが漂ってきたり、これまでとは少し異なることがわかる。


「こりゃあ、でかい川があって、そこから恵みを得ているのも、嘘じゃなさそうだな」


 基本的な水が得られる土地に人々は住み、畑を耕すものである。そうでなければ、干上がって生きていけない。


 だから、今までの都市でも水産資源がなかったわけではない。しかし、料理の多くに魚が使われていたり、デザインのモチーフにされているなど、そこかしこで見られるのは、非常に珍しく感じられた。


 それだけ人々の生活がシーレーン川と密接に結びついているということなのだろう。

 やがて、あちこちに向けられていたティルシアの視線がとある店に向けられる。立て看板には魚が描かれていた。


「気になるか?」


 聞いてみると、彼女は頷く。だからディナードは宿を探すのを後回しにすることにした。時間はまだまだあるし、元々こうした店には寄る予定があったのだから。


 中に入ってみると、まずは異臭が鼻をつく。ティルシアはすっかり両手で口元を押さえてしまうくらいだ。


「あの、ディナードさん。これはいったい……?」

「おそらく、餌の匂いだろうな。悪いもんじゃないさ」


 そう言いながら視線を向けた先では、ゴブシが売り物の袋に顔を近づけていた。そして中身を見ては首を傾げる。


「おいおい、それは食いもんじゃないぞ。いや、ゴブリンなら食うのか……?」

「ゴブ?」


 ゴブシは好奇心いっぱいに、いったいこれがなんなのかと身振りで尋ねてくる。食えると聞くと、実に見境がない。


 そこまで食いつかれるとも思っていなかった。ディナードも面白くなって、笑いながら告げた。


「練り餌だと小麦粉なんかだが、生き餌だとミミズとかだ。どっちもゴブリンの餌にもなりそうじゃないか」


 するとゴブシはぷんぷんと肩を怒らせるのだ。どうやらミミズは食べないらしい。

 けれど、練り餌などの品によってはいい匂いがするものもあって、葛藤を見せてもいた。なんとも食い意地の張ったゴブリンである。


 さて、それからディナードはレスティナとティルシアのところに向かう。二人は立て掛けてある釣り具をまじまじと眺めている。


「この木の棒はなにに使うんです?」

「そうか、お前さんらが使うことはなかったな。魚を釣るんだ」


 狐は鳥なんかが捕まえた魚をひょいとくわえていってしまうイメージがあるだろう。だから、釣竿なんて想像しなかったのかもしれない。


 けれど、言われてピンときたようである。ふっと浮かび上がったティルシアの帽子の中では、狐耳が起き上がっているのだろう。彼女は見本用の竿を手にし、重そうによたよたしつつも持ち上げる。

 そしてゴブシを見ると、ゆっくり動かそうとして――手を滑らせて、思い切り叩きつけた。


「ゴブゥ!?」


 上がるゴブシの悲鳴。やつにはすっかり糸が絡みついているが、すぐにほどけてしまう程度だ。これでは釣り上げられるはずもない。


 ティルシアは、思っていたのと違ったようで慌てていた。


「ごぶし、だいじょぶ!?」


 彼女が申し訳なさそうにしていると、ゴブシはこの程度、なんともないとでも言いたげに胸を張った。かっこつけてみたいのか、それともティルシアが気に病まないように配慮したのか。


 そんな二人を見ていたディナードは苦笑い。


「使い方はそうじゃないぞ」

「ディナードさん、この針をつけるんですね」

「ああ。餌をつけて、食いつかせるんだ」


 レスティナに見守られながらディナードが釣り針に餌をつける仕草をすると、ティルシアはゴブシと干し肉を見比べる。


「……ごぶし、つれる?」

「おいおい、ゴブリンなんか釣ってどうするんだよ。餌が無駄になるだけじゃねえか。うまい魚だから価値があるんだよ」


 目的は魔物を取りに行くことであるが、川魚を釣っても悪くない。レスティナもティルシアも釣りの経験はないのだから、きっといい体験になることだろう。


 ディナードはそんなことを考えて、


(ティルシアが持てるものを買わねえとな)


 などと思い、子供用の釣り竿を探し始めるのだった。


 はて、そうして賑やかに話をしていると、店主が顔を覗かせたので、ディナードは少し話をすることにした。


「すまないが、この辺りで初心者でも釣れるような場所を教えてもらえないか?」

「最近は魔物が出てきたからな。上流には行かないほうがいい。中流くらいが小魚がよく釣れるんだが、魔物もちらほら出る。子供を連れていくなら下流にしておきな。奥さんと娘さんも連れていくんだろう?」


 そう言われて、レスティナが反応してチラリと視線を向けてきた。

 彼女はなんだかそわそわしながら、ディナードの反応を窺っている。けれど、訂正してほしがっているわけでもない。


 ディナードは少し考えてから、話の続きをする。こちらの情報にも疎く、釣りの経験が豊富なわけでもない。聞きたいことは山ほどあった。


「まあ、そんなところだ。しかし、冒険者たちと一緒に魔物を倒しに行く話もあってな。途中で釣ってメシにでもしようかと考えていたんだ」

「それならどこでも入れ食いだな。魔物に追われて下流にやってきた魚がよく取れるんだとよ」


 話を聞いてみると、どうやら魔物は上流にいるらしい。そちらでは湖もあるのだとか。

 昔から魔物が人里には出てくれば討伐されることもあって、増えているとされている今も下りてはこないそうだ。


 話をしながら今後の計画を立てていると、レスティナが待っていた。


「あの……もう少しかかりそうですか?」


 彼女は視線でゴブシとティルシアを示す。

 ゴブシはもう飽きたのか眠そうにしているし、ティルシアはお腹が空いたようだ。子連れではのんびりしてもいられないのである。


「ああ、もう用事は済んだんだ。店主、いろいろ助かった。さて、お代だ」

「毎度あり。大物が釣れるよう、祈ってるぜ」


 そうしてディナードは店をあとにすると、外の空気に浸る。少し室内にいただけなのに、新鮮に感じられるのだ。


 そして食事時になっていることもあり、あちこちからいい匂いが漂ってくる。今晩は宿で焼き魚でも頼もうか。きっと、脂がのったうまいものが食えるだろう。


「出かけるのは明日でいいか? 今日はもう遅いからな」

「はい。ティルシアもすっかり疲れてしまったようですから」


 ゴブシとティルシアはお腹が空いているのに、眠くなってしまったようである。

 ディナードは彼女を抱きかかえる。ちびっ子を連れていると、なかなか思うようにはいかないものだ。


 メシをたっぷり食ったら、寝させてやろう、などと中年冒険者は子守をするのだった。


というわけで次回は魔物釣りに川に出かける話です。

自分の小さい頃を思い出すと、釣りに行ってもあまり釣れなかった記憶があります。よく覚えているのは、冬にワカサギ釣りに行ったことで、たくさん取れたので天ぷらにしておいしくいただきました。香ばしくて、噛むとふんわりした食感がたまらない一品でした。


今後ともよろしくお願いします。

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