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30 暴かれしオークの真実



 オーク討伐を終えた数日後。ディナードは冒険者ギルドの職員によって、錬金術師の研究所に案内されていた。


 討伐の日は山歩きから帰ってくると、すでに遅くなっているということで、仔細は後日伝えられることになっていたのだ。

 そこには、オークが凶暴になっていたことなどの調査も含まれていた。こちらに時間がかかったのも理由の一つだろう。


 錬金術師がその肉を解体し、検査するのだ。そしてそれらの肉はやがて、魔法を使うための燃料として加工されるという。


 ともかく、ディナードはその報告を聞くため研究所に来ていた。

 彼を見るなり、ここに務めている男が頭を下げた。


「ディナード様。ようこそお越しくださいました。おかげでオークの騒動に片がつきました」

「ということは、なにかわかったのか」

「はい。では、ご説明いたします。こちらへどうぞ」


 ディナードは研究所の奥に案内される。すると、もはやミンチのようになって原型をとどめていないものが入れられた容器があったり、よくわからない液体につけられている肉があったりする。


 ゴブシは興味津々にあちこちを眺めていたが、引っかけてなにかを落としそうなので、ディナードは注意して見ておくことにした。


「オークの脳に、嚢胞ができていたのです」


 男が脳を見せながら説明する。いきなりそんなものを見せられて大丈夫かと、ディナードはレスティナとティルシアのほうに視線を向けるも、彼女らはけろりとしていた。


 よくよく考えてみれば、彼女たちはこれまで解体を手伝ってくれているし、元々野生で暮らしていたのだから、今更脳を見せられたくらいで気分が悪くなることもないのだろう。


 ディナードはそれを眺めていると、薄桃色の脳には、液体が入った半透明の風船状の膨みの中に、白い塊が入っているのが見える。


「これは……有鉤嚢虫か?」


 有鉤条虫の幼虫である有鉤嚢虫は、虫卵を食った豚の消化管内で孵化し、血液に乗って運ばれると、筋肉やあちこちの組織に寄生する虫だ。そこでいくつもの嚢胞を作ることが知られている。


 しかし、バラ肉を切っているときには特に見つからなかった。重度に感染しているならば、あちこちにいてもおかしくはないのだが……。


「断言はできません。別種の可能性もあります。オークは魔物ですから、普通の豚とはなにか違うところがあったのかもしれませんし」

「ふむ……このせいで神経症状が出てたのか」


 思い返してみると、あのオークは戦っている中で痙攣していた。肉に異常があったわけでもないなら、脳の異常だろう。そして精神状態の変化――凶暴化もこれが理由の可能性が高い。


 しかし、腑に落ちないところもある。


「有鉤嚢虫は人の脳に寄生したら、症状は重篤で痙攣や麻痺を起こし、はたまた死亡する例もあるが、豚だと一般には無症状で、まれに脳症状を起こすくらいだったと思うんだが……」

「もしかすると、進化したせいなのかもしれませんね。我々が二足歩行によって進化したように、オークにも変化があった可能性は高いです」


 オークの起源はいまだによくわかっていない。だからどのような違いがあるのかも、はっきりとしてはいなかった。


 もしかすると、オークが凶暴性を増すと討伐される可能性が高まり、やがては人に襲われて食らわれるため、寄生虫が繁殖し広がるのには都合がよかったのかもしれない。そうした生殖に有利な特徴を持ったものが生き残るのは自然の摂理だ。


 とはいえ、オークを食う文化は当代ではあまり知られていないから、ただの推測に過ぎない。


 なんにせよ、それを追求するのは研究をする錬金術師たちであり、ディナードの役割でもない。そして彼が聞くべきことは一つ。


「……バラ肉、食っちまったんだが、大丈夫だろうな?」

「こちらの寄生虫も熱に弱いのを確認しておりますので、加熱していれば問題ないでしょう。生ですと保証はできません」

「なるほど。たぶん、大丈夫だろう」

「念のため検査していきますか?」

「ああ、頼む」


 そうしてディナードたちは検査を受けることになる。

 以前は魔物たちだけであったが、今回は彼もだ。あまり嬉しい経験ではないが、


「おそろい!」


 ティルシアが尻尾を振りながらそんな調子なので、ディナードもたまにはこんな経験も悪くないかと思うのだった。


 それからしばらくして、何事もないことが確認されると、ほっとしながら彼らは研究所をあとにする。


 今度は冒険者ギルドにおいて、報酬の受け取りがあるのだ。

 そちらでは、国から報酬がもらえるということで、少々面倒な手続きがあった。長かったため、ゴブシは途中で鼻提灯を作ってしまうくらい。


 いよいよ手続きを終えると、職員が頭を下げる。


「ディナード様。本当にありがとうございました。おかげで付近の住民も安心して山に行くことができます」

「ああ。そりゃよかったな」


 ディナードの対応はあっさりしたものだ。彼は魔物関連の事件に慣れている。けれど、普通の人々は驚きとともにその結末を知る。


 このヴァーヴ王国でも二度も魔物を倒したこともあって、「魔物食い」の名前はこちらでも広まりつつあるようだ。


「また問題が生じた際は、ご助力をいただけると幸甚の至りでございます」

「食える魔物で頼む」


 ディナードは報酬を受け取ると、ゴブシの頭をぽんぽんと叩いて起こし、冒険者ギルドをあとにする。


 それから街中を歩いていると、レスティナが尋ねてくる。


「これからどうしますか?」

「そうだな。今のところは魔物も動いていないようだから、首を突っ込む事件もなかろう」

「はい。では、北に向かってしまいますか?」

「それでもいいな。だが、まずはその前に――」


 ディナードはレスティナとティルシア、ゴブシを見る。

 そしてこう告げるのだ。


「メシを食おう。話はそれからだ」


 相変わらずの彼にレスティナは微笑み、ティルシアははしゃぎ、ゴブシが生き生きとする。


 いつしか始まっていたこの魔物たちとの関係は、いつまで続くだろうか。その日が来るまでわからないかもしれない。


 けれど、一緒に食べたメシの味を忘れることはないだろう。

 今日も明日も、うまいものが食えるといい。

 ディナードはそんな日々を思い描いた。



第一章 完

いつもお読みいただきありがとうございます。

これにて第一章は完結となります。


豚肉にいる寄生虫を食べると問題となる有鉤嚢虫症ですが、人では脳に寄生されて重篤な症状が出るのに、豚ではあまり症状が出ません。豚を殺さないほうが、生きている個体が食われて寄生虫が広がるのに有利だったことによる可能性などが考えられますが、果たして事実はどうなのでしょうね。


さて、これにて一段落です。

今後ともよろしくお願いします。

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