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3 食えぬ男と食えない小鬼 前編


 腹ごしらえを終えたディナードは、コカトリスの肉体の使わなかった部分をまとめて袋にぶち込んだ。食えなくとも、魔力の供給源にはなるのだ。


 それからひとまず森を出るように移動しながら、これからの予定を考えていた。


 普段であれば、魔物を食って街に戻り、日雇いである冒険者たちが集う酒場、冒険者ギルドにて依頼達成の報告をして金をもらったら、あとは宿屋で眠るだけだ。


 コカトリスが畑荒らしの犯人であるかどうかは不明であり、加えて言うなら、二人を追ってきたということだから、ここらを荒らしているのとは違うだろう。


 さらに今は同行している者たちがいる。


(さて、どうしたものかね……)


 三十余年も冒険者として活動していれば、誰かとともに行動することくらいあった。中には懇ろになった者だっている。


 けれど今はそれとは状況が異なるのだ。

 隣を歩いているレスティナに目を向ければ、人化した彼女は金色の尻尾を揺らしている。


 妖狐は人を惑わす。そのためには自身の姿を変える幻惑の魔法に長けており、その美貌やそれを引き立てる豪奢な衣服は、あたかも夢見心地と錯覚させるほどに浮き世離れしていた。


 一方で、反対側に目を向ければ、ふわふわの毛で覆われた子狐ティルシアがいる。彼女は非常に愛くるしい姿をした妖狐だが、あくまで狐として可愛いのであり、いまだうまく人に化けることができないでいる。


 レスティナ曰く、徐々に習得していくものだそうだが、その前に騒乱があって逃げてきたためうまくできないらしい。


(……俺もどうかしているな)


 ディナードはガリガリと頭をかいた。彼女たちと同行するのは、ほとんど思いつきで決めてしまったのだ。


 一緒にいると魔物が襲ってきて都合がいいのは間違いない。しかし、実生活を考えると、明らかに都合は悪くなる。


「……なあレスティナ。耳と尻尾、しまえないのか?」


 せっかく人化しているのに、それらがあっては人になりすますのは難しい。

 尋ねられたレスティナは、少し悩む仕草をしてから、


「むむ……えいっ!」


 頑張ってみると、耳が引っ込んでいく。ディナードが「おっ」と思った瞬間、ぴょこんと狐耳が飛び出した。


 じっと見つめるディナードに、レスティナは顔を赤らめた。


「す、すみません。難しいです。私は今まで、人里に下りたことがないので……」

「そうか。服の中に隠すとかはできねえのか?」

「それでしたら、なんとかなるかと思います」


 レスティナはくるりと躍るように回ると、その衣服が形を変えて、裾の膨らんだドレスになる。そうすると尻尾は中に隠れてしまう。そして頭には上品な帽子があり、本来人の耳があるであろう場所は髪で隠されていた。


「へえ、いいじゃねえか。深窓の令嬢もかくやってところか」

「あ、ありがとうございます」


 レスティナは頭を下げると、帽子が落ちそうになって、狐耳を動かして引っかける。


「耳、見えちまってるぞ」

「……気をつけます」


 そんなやり取りをしていると、二人で話をしているのが気になったのか、ティルシアがディナードの服の裾を噛んで、くいくいと引っ張る。


 そして人化術を発動する。

 子狐から子供の姿になったティルシアが、えへんと胸を張る。


「おー、よくできた、えらいえらい」


 ディナードは棒読みでティルシアの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 髪は柔らかく、そうしていると獣毛であることを感じさせる。人化しているとはいえ、そこは変わっていないようだ。


 衣服は簡素な貫頭衣しか生み出せていないため、なにか買ってこの上から着せておけばバレないだろう。


 そう考えた辺りで、やはりディナードは頭をかいた。


(……なんで俺まで共犯者みたいな考えになってるんだ。いくらなんでも、流されすぎだ。これも幻惑の魔法に引っかかってるってことか?)


 そんなことを考える彼だったが、ティルシアが尻尾をぱたぱたと揺らしながら小首を傾げているのを見ると、


(子供ってのは生来、愛されるようにできているんだろうな)


 とも思うのだ。

 きっと、そういう風にできているからこそ、大人に比べて弱いながらも生き抜いていくことができるのだろう。


 ディナードは厄介なものを拾ってしまったと思う一方で、自分にも子供がいればこんなもんだったのかと、詮無きことを思うのだった。


 さて、そうしてひとまず街へと向かうことにした彼だったが、ティルシアの狐耳がぱたぱたと動く。


「おかーしゃん!」


 レスティナが表情を引き締めると、ティルシアは子狐の姿になって彼女の側に駆け寄っていく。


「ディナードさん、なにかがこちらに来ています。こんな遠くから聞こえるということは、結構な大きさがあるかと思います」

「ふむ……羽音が聞こえるな。飛んでいるみたいだ鳥だ。しかし、さっきも鶏肉は食ったし、同じもんばっかりってのはな……」


 緊張感が一つもないディナードの返事に安心するやら困惑するやら、レスティナはティルシアを抱きかかえながらも、彼の行動を待っている。


「ま、大丈夫だろ。そんなにすさまじい魔力も感じない」

「……わかるのですか?」


 人にはそもそも魔力を生み出す器官など存在してはいない。それゆえに、魔力を感知することもきわめて難しかったはず。


 だが、ディナードは頬をかきながら、


「あー……まあ、ちょっとな」


 と曖昧に返すのみ。そこにはレスティナも追求することができず、ひとまずはディナードの指示に従って、木々の陰に隠れた。


 そして一人残ったディナードは近づいてくる足音を耳にする。こちらはドタドタと、とても隠そうともしていない。


 やがて、その正体が明らかになる。


 子供程度の大きさしかない小鬼(ゴブリン)だ。自身と同じくらいのかなり大きい卵を抱えており、その重量のせいで足音が響いているらしい。


「ゴブッ、ゴブッ!」


 涙目になりながら、息せき切らしながら走るゴブリン。

 ゴブリンは繁殖力が高くあちこちで見られるが、魔物の中でも非常に弱く、上位の魔物――魔物は戦いや食事などにより強い個体に進化すると言われている――にもならない限り、放置されるのが常だった。


 そしてゴブリンを追うように、空飛ぶ白い鳥が姿を現した。

 すさまじい大きさを誇る怪鳥、ロック鳥だ。象をも軽々と運んでいってしまうという力強さがある。体高は人の十倍はあろう。


(なるほどな。卵を奪い返すためにやってきたのか。畑荒らしはコカトリスじゃなくて、こっちのロック鳥だな。おそらく、早めに孵った子供がいるんだろう。それらが成長して縄張りを作られたら、ここら一帯は大変なことになるだろう)


 ディナードはすらりと包丁を抜くと、宣言する。


「人に仇成す魔物よ。弁明があるならここで聞こう。さもなくば、親子丼になるといい」


 声を張り上げたのに対し、返事は――


「ゴブゥー!」


(……いや、お前に言ってねえから)


 涙目のゴブリンは首を左右にぶんぶんと振る。親子丼になりたくないらしい。

 それにしても、とディナードは思う。ゴブリンで人の言語を理解する知能があるというのは珍しい。


 呑気に考えていると、


「クケエェー!」


 勢いよく、ロック鳥が降下してくる。影で覆われたゴブリンが目をつぶり、もう駄目だと声を上げて鳴き始めた。


「ゴブゥー! ゴブッ、ゴブッ!」


 泣きじゃくるゴブリンであったが、直後、金属音が鳴り響いた。

 間に割り込んだディナードは、象をも捕まえるというロック鳥の足をしかと受け止めていた。……鍋で。


 一歩たりとも引かず、体積で言えば数百倍にもなる相手に対して、ディナードは臆することなく鍋を動かすと、ロック鳥の巨体を振り払った。


 大部分が羽になっているため、空気の割合が大きく見た目ほどの重量がないとはいえ、人の為し得る業ではない。


「おいおい、そんな勢いじゃ、卵が割れちまうだろうが。大事な夕飯に手をかけさせはしねえぞ」


 すっかり我が物顔のディナードだが、ゴブリンはそんな後ろ姿をじっと眺めていた。

 そしてロック鳥は羽ばたくとともに、魔力を高めていくと、羽の辺りで動きがあった。


 羽が抜けて、一斉に撃ち出されたのだ。そしてそれを補助するのは風の魔法。

 すさまじい勢いをともなって向かってくるそれらに対し、ディナードは幾本かを避けて、ゴブリン(の卵)に直撃しそうなものを鍋で弾いていく。


 激しい戦闘で土煙が上がるが、ディナードは足元に突き刺さった羽を手に取ると、大きく振りかぶって投擲する。


 それは狙い通りに頭へと向かっていったが、ロック鳥が慌てて回避すると、くちばしにぶち当たって、頭を貫通することはなかった。


「クェエエ!」


 欠けたくちばしの隙間から、怒りの声が漏れる。

 ディナードは包丁を構えるが、ロック鳥は大きく空に舞い上がった。


(さあ、来るか!)


 攻撃に備えていたディナードだったが……。


 バサッバサッ。羽音が遠のいていく。


「……ああ! 親子丼が行っちまう!」


 ときすでに遅し。

 ディナードはしばらく、その向こう側を呆然と眺めていた。


 と、そんな彼に声をかけてくる存在がある。


「ディナードさん。ご無事ですか……?」

「大丈夫じゃねえな。逃しちまった」

「ロック鳥までも、食べる気だったのですか!?」


 目を丸くするレスティナ。一方で首を傾げるディナード。


「ん? ロック鳥はゲテモノじゃねえぞ? 王族だって食うくらいだ。その証拠に、そこのゴブリンだって必死で卵を抱えているだろ」


 視線をゴブリンに向けると、そやつは卵を抱えながら、じっとディナードを見つめている。逃げない魔物というのも珍しい。


 そのゴブリンは卵を置いて前に出ると、「ゴブッ!」と勢いよく頭を下げた。


「マジかよ。こんな作法まで知ってるのかこいつ。なにもん……いや、なにゴブだ?」


 驚き呆れるディナード。

 そしてそのゴブリンはじっと見つめたまま動かない。


 あまりにも動かないものだから、ティルシアはとことこと歩いていくと、前足でつんつんとつっつく。


 それでも動かないから、こしょこしょとくすぐってみると、ゴブリンはぷるぷると震え始めた。


 ティルシアは面白がっているが、ディナードもレスティナもどうしていいかわからない。


 レスティナが狐耳を前後に揺らしながら、うーん、と考える。


「見逃してほしいということでしょうか?」

「随分食い意地張ってるな。そこまでして食いたいのか」


 ディナードも呆れてしまう。

 一方でゴブリンは慌ててバタバタと動く。どうにもメシを作るような仕草である。


「ははあ、なるほどな。俺たちに作ってくれということか。よし、じゃあやるか!」


 ディナードは早速、鍋を取り出した。

いつもお読みいただきありがとうございます。

ゴブリンは食べられないので次は簡単な卵料理です!


今後とも楽しんでいただけるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願します。

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