29 オークの豚丼と豚汁
ディナードは魔法で水と炎を生み出し、お湯をオークにかけていく。炎に触れる時間が短く熱湯にはならないが、それなりに温度が上がれば問題はない。
「さて、毛を取るか。手伝ってくれ」
そう告げると、レスティナとティルシア、ゴブシがやってくる。そして彼らはせっせと毛を剥いでいく。
ぼーっとしていた兵たちに、
「お前さんたちも暇だろ?」
と声をかけると、皆で毛を処理することに。
兵たちは慣れない作業に四苦八苦していたが、人数が多くなったことで、あっという間に終わる。そうしてつるりとした姿になったオークの腹を縦に開いていく。
イノシシのとき同様に、内臓を傷つけないように開いていくのだが、こちらは肉が柔らかく、胴体が長くなっているため、すんなりと塊を取り出すことができる。といっても、怪力を誇るディナードだからこそできる業だ。常人にはとても切り裂けない。
あとは骨を外して肉に切り分けるだけだ。
手際よく作業を済ませると、とりあえずディナードはバラ肉だけを食える状態にする。
残った肉をどうするかは冒険者ギルドに任せるが、おそらく錬金術師のところに持っていって調べられるか、魔法を使うための燃料になるだろう。
彼はオークの豚バラを見て、異常がないことを確認。艶のある綺麗な色合いだ。
いよいよ、豚丼を作り始めることにする。
解体に使った刃物はすべて、熱湯で消毒しておき、別のもので料理を始める。
「その荷物、持ってきてくれ」
荷物持ちがやってきて、ディナードが取り出した中身を見てびっくり。魔物退治に行くのに、持ってきたのは飯盒に入れた米である。そのほかの者が持っていた袋にも、食材や調理器具、食器ばかりだ。
ディナードはまずは魔法で水を生み出し飯盒に入れる。それを軽くといで水に浸しておく。
馴染むまでの間に、彼は魔法で炎を生み出して炭の火起こしを行う。ある程度進めると、そちらは手の空いている兵に任せて、自身はバラ肉を捌き始める。
豚丼の肉は大きめにカットするのがいい。そして豚汁に使う分は薄切りに。せっせと作業していると、ティルシアとゴブシが待ちきれずにうずうずしている。
「木々を集めてくれ。ご飯を炊くのと、豚汁を作るのに必要だからな」
そう告げると、二人はぱたぱたと駆けていく。「あまり遠くに行くんじゃないですよ」と、レスティナに声をかけられながら。
ディナードの隣では、レスティナが大根やにんじん、いもなどを剥いていく。兵士たちも慣れない手つきで手伝っていた。
皮をむき終えると、それらをいちょう切りに。いもはちょっと大きめにする。そしてゴボウはささがきだ。
こんにゃくを細切りにして、豆腐をさいの目切りにし終わった辺りで、ティルシアとゴブシが木々の用意を終えたようだ。
ディナードは魔法で着火し、そこに木々をくべる。
火が安定すると、飯盒をつるして、兵に伝える。
「はじめは中火で湯気が出てきたら強火にする。そのうち吹きこぼれが落ち着いてきたら中火に戻せばいい。任せたぞ」
自然の火なので弱火にすることもできないため、熱源からの距離を調整するしかないのだ。
そうしてご飯を待つ間に、ディナードは豚汁を作り始める。
鍋で油を熱してごぼうやにんじん、豚バラ、大根、いも、こんにゃくを加えて炒め、だし汁を加える。
「煮立ったら、弱火でアクを取ってくれ」
「任せてください!」
レスティナにそちらは任せて、ディナードは兵たちが準備していた木炭のところへ。炭はいい感じに温まってきている。
用意しておいた金網の上に肉を載せていき、一枚ずつタレを塗っていく。少し焼けてくると、二枚目の網で挟んでくるりとひっくり返す。そうするとタレを塗っていない面が表になるので、こちらにもタレを。
炭火の香ばしい匂いに混じって、甘いタレの香りが漂ってくる。
そして焼き網の上で脂身がじゅわっと焼けていくのを見ていると、それだけで食欲がそそられる。
それを繰り返すだけなのだが、こうして繰り返すことによって深みが生まれるのだ。
「てつだう!」
暇になったティルシアがゴブシと一緒に見つめてくる。
ティルシアもタレを塗るだけなら問題ないだろう。尻尾をぱたぱたと振りながら、挑戦しようとする彼女の気持ちを無下にはできない。
無駄な脂を落としてさっぱり。編み目の焼け跡がこんがり。
ティルシアは楽しそうにしている。が、彼女がつるりと手を滑らせてタレを落としそうになると、ゴブシは慌ててキャッチする。
「ごぶし、ありがと」
「ゴブッ!」
えへんと胸を張るゴブシ。そんなゴブシであったが、調子に乗ってあれこれと動いていると、ディナードが網をひっくり返したときに頭を引っかけた。
「ゴブゥ!?」
「大丈夫か? 焼き目ついてもまずそうだな」
焼きゴブリンなんぞ犬も食わない。
魔法で水を生み出して、かけて冷やしてやっていると、レスティナが声をかけてきた。
「ディナードさん、そろそろです!」
「よし、じゃあ仕上げだな」
野菜が煮えてきたら豆腐を入れて、味噌を溶き入れバターを落とす。味を整えて完成だ。
上にネギをかけてもいいのだが、レスティナとティルシアの分はなしだ。彼女たちはネギの類を食べられない。
そうしていると、すでにご飯も炊けており、兵たちは丼によそってくれる。
そこに豚肉を載せて完成だ。丼からはみ出すくらいにすると、ボリューム感もたっぷり。上から追加でタレをかけてもいいし、トッピングを加えてもいい。
ディナードは軽く山椒をかけて白髪ネギを載せ、レスティナたちはグリーンピースを載っけた。
「ぶたどん! とんじる! できた!」
ティルシアが大はしゃぎ。
ディナードはそんな彼女を見つつ、兵たちにも告げる。
「お前さんたちの分もある、食うといい」
「ありがとうございます!」
兵たちは、普段はとても食えない料理に大喜びだ。そしてそれ以上に、今にも待ちきれずに動き出そうとしているゴブシがいる。
「さて、俺たちも食うか」
まずは豚丼を一口。
ネギがシャキシャキとして瑞々しく、肉はほどよく柔らかく、噛めば楽しく心地よい甘みが広がる。脂身があるというのにさっぱりしていて、ちっともくどくない。
ご飯をかき込むと、たっぷりの肉汁と絡みつく。これが本当によく合う。肉だけでは食べているうちに飽きてきてしまうし、ご飯があるからこそ、この甘い味付けが引き立つ。けれど、ご飯の甘みを塗りつぶしてしまうこともない繊細さもあった。
「んー、おいし!」
ティルシアがぱたぱたと尻尾を振りながらご満悦だ。
一方でゴブシは無言でひたすらにかき込んでいる。あまりのうまさに、手が止まらないのだ。
「フガガ、フガッ。ゴブブ、ゴブ……!」
食って食ってあっという間に平らげると、ご飯をよそっておかわりだ。
二杯目に突入したゴブシに呆れつつも、ディナードも豚丼を堪能する。脂身を求めてやってきたが、その欲求に見事に合う一品だ。
どれほど食べてもしつこくない。やはりオークのバラ肉は肉質がいい。さっぱりしつつも脂身が濃厚なのは、このオーク肉の特徴だろう。
レスティナも上品に食べようとしていたが、今はそれも忘れて、口の横に少しだけタレをつけていた。
そしてあちこちで兵たちの感嘆の声が上がる。
「こりゃうめえ!」
そんな状況の中、ディナードは豚汁をすすると、体の中からぽかぽかと温まる。バラ肉のうまみがしっかり出ていて、隠し味のバターがいいコクを生んでいる。そして野菜の味も調和していた。
汁だけでも肉と野菜が感じられるくらいだ。
いもを噛むと、優しい弾力があってほろりと崩れる。ゴボウはしっかりとした味があり、大根、ニンジンは柔らかく噛むと汁が溢れ出す。こんにゃくはつるりと心地よく、豆腐は口の中で乱れる。
噛めば噛むほどに味わいがあって、そのたびにおいしさが変わる。
こちらのバラ肉は、豚丼と違ってそこまで自己主張しないが、だからこそほかの野菜と一緒に噛むとおいしさが混じり合う。
「ああ、うまい。こりゃうまいな」
いつまでもこのおいしさを楽しみたくて、ついつい二杯目をよそってしまう。これではゴブシのことを笑ってもいられない。
けれど、互いに笑い合って、それで楽しければいいのだろう。
レスティナは嬉しそうなティルシアを見て幸せそうにしているし、ゴブシは食えば食うほどに天に召されそうなほどの多幸感を覚えている。
兵たちも今は戦いを忘れて、食事に浸って舌鼓を打っている。
そしてディナードもまた、今日のご飯はおいしかった。きっと、一人旅を続けていれば味わえないものだったのだろう。
食材を運ぶ者がいない。一人では調理に手間取るため、簡単なものになる。きっと、そんな単純な理由ではない。
「ごちそうしゃま!」
丼を空にしたティルシアが、「ふー」と一息つく。
皆で協力して作って、それを一緒に楽しむ。この時間がなによりのトッピングに違いない。
しばし食後の余韻を楽しんでいたディナードだったが、いつまでも山の中にいるわけにもいかない。
「さて、お腹いっぱい食ったことだ。撤収するか」
彼らは片づけを始める。
ディナードがメシのための荷物を持ってきていたことに驚いていた者たちも、今ではすっかりメシのことばかり考えていた。
そうして賑やかな一行は、ようやくオーク討伐を経て、都市へと帰還し始める。
オークの肉は、討伐の証拠として持ち帰るため、兵たちの荷物は増えたが、彼らの足取りは決して重くない。
こうしてオークの討伐は終わったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
やっぱり炭火で作る豚丼は別格です。家庭で作る場合に炭火でできなくもないのですが、フライパンで焼くことになってしまいます。
編み目の焼き跡は本当に食欲をそそりますし、見てるだけでも食べたくなってしまいます。
今後ともよろしくお願いします。




