28 オーク騒動 後編
早朝、ディナードは冒険者ギルドに赴いていた。そちらにはすでに兵たちが揃っている。彼の到着を待っていたのだ。
「お待ちしておりました、ディナード様」
「ああ。早速で悪いんだが、荷物を預かってくれないか」
「はい。どちらを預かればよいでしょうか?」
彼らの視線はディナードが背負っている鍋と包丁に向かう。確かに、これが一番重量のあるものだろう。しかし、これは普段から持ち歩いているものだから、誰かに預ける気はない。
「あのゴブリンが引いてきた荷物だ」
遅れて冒険者ギルドに入ってきたのはゴブシである。やつが張り切っていたため、食材を全部運ばせることはできないかと試してみたのだが、難しいようだ。すでに息切れしている有様である。
もっとも、今は街中でも困らないように魔法で小さくなっている状態だから、街の外ならばもう少し力を発揮できるかもしれない。といっても、所詮はゴブリンでしかないが。
「承知いたしました」
彼らは食材を運んでくれるそうだ。だからディナードは、荷物を運び終わってほっと一息ついているゴブシに調理器具などが入った袋を押しつけた。
「ゴブッ!?」
「これがないとうまい料理が食えないんだ」
「ゴブブブッ!!」
驚きから一転して気合いが入った顔になる。
このゴブリンを動かすには、食い物でつるのが一番手っ取り早い。
「さてと、それじゃあ案内してくれ。オークの居場所はわかってるんだろ?」
「大まかな場所はわかっておりますが、寝床などは把握しておりません。あまり移動しないと言われておりますので、しらみつぶしに探せばなんとかなるかと……」
「なにかオークの匂いがついたものはないか?」
さすがに、のんびり探す気にもなれない。
そうしていると、オークと接触した兵の一人が試料を持ってきてくれる。
「レスティナ、頼めるか?」
「はい。お任せください」
彼女は鼻を近づけると、匂いを把握する。そんな様子を見てきょとんとする兵たち。ディナードは彼らに「驚かないでほしいんだが」と前置きしてから説明する。
「彼女は妖狐なんだ。匂いを追うのならお手の物さ」
魔物である妖狐を見たことがある者はいない。それゆえに、冗談を言っているのかと思った人物もいただろう。
けれど、ディナードは至って真面目だ。
ゴブリンを連れて歩いているくらいなのだから、ほかに魔物がいてもおかしくはない。彼らはとりあえずそういうことで自分を納得させていた。
それから都市を出ると、一行はオークがいるという東の山へと向かっていく。
結構な距離があるため、街から離れると、レスティナとティルシアは人化を解いて狐の姿になった。
そうすると、兵たちも信じずにはいられない。
妖狐は決して力のない魔物ではない。だから彼女がいれば、オークを仕留めることもできると踏んだのだろう。彼らの足取りはいつしか軽くなっていた。
それから何事もなく進んでいく。
早朝に出たにもかかわらず、オークがいるという場所に着く頃には、すでに日が天辺に昇ろうとしていた。
と、そこでレスティナが鳴く。
「こゃー」
「オークが見つかったのか」
ここらでオークが動き回っているため、そこにいるのを追える、というほどの精度ではないようだが、間もなくその魔物のところまで辿り着けるだろう。
ティルシアは尻尾をぱたぱたと振りながら、レスティナと一緒に先導しようとする。ディナードは遅れないよう、また、いつ魔物が襲ってきてもいいように準備をしておく。
ディナードはレスティナとティルシアの後ろをついていきながら、あちこちに視線を向け、音を拾っていく。彼の五感もまた、常人離れしていた。
と、向こうに動くものを見つけた。
その姿は二足歩行の豚であるが、短い後肢は立つために筋肉が肥大化しており、長い胴体にはたっぷり脂肪を蓄えている。一方でふらつくこともないことから、しっかりとした背筋を持っていることが窺える。
豚はイノシシを家畜化したものであるが、野生化したからといって、必ずしも毛が生えるわけではない。牙は生えているが、毛は豚のもので、イノシシのように茶色くはない。
もっとも、オークは豚が野生化したものなのかどうかも諸説ある。
イノシシの魔物が家畜化されて生まれたのか、それとも普通の豚が野生に帰って魔物となったのか。
前者に関しては、ワイルドボアを手なずけたという話は残っていないし、人の力では難しいだろう。
そして後者では、魔物から魔物は生まれることはわかっているが、普通の動物が魔物になるのかどうかはいまだにはっきりしていない。人を魔物化して魔法を使えるような研究もかつては行われていたが、頓挫していると言っていい現状だ。
それゆえに、もしかすると豚に似た別の生物である可能性すらある。
が、なんにせよ、わかっていることがある。オークのバラ肉は濃厚な味がするということだ。
ディナードは彼らの前に出ると、どうやら食い物を探していると思しきオークへと宣言する。
「人に仇成す魔物よ。弁明があるならここで聞こう。さもなくば、豚丼になるといい」
それを聞いて慌てたのは、オークよりも兵たちであった。
「な、なにをしているのですか!?」
数十人がかりでも倒せない相手に、わざわざ自分の存在を知らせるなんて、正気の沙汰ではない。
だが、すでにオークはディナードへと視線を向けていた。
「ブギィイイイイイ!」
叫び、そして二本足で向かってくる。大人よりも大きく、体積は何倍にもなる。そんなのがすさまじい勢いで迫ってくれば、兵が腰を抜かしそうになるのも無理もない。
「こゃゃ!」
レスティナが威嚇するが、ディナードは彼女に下がるように手で制して、自らが先頭に立つ。
「凶暴になってるってのは、間違いないみたいだな。錯乱していると言ったほうが近いか」
ディナードはオークを見ながらそう判断する。
迫ってきた巨体を見ても、まったく怯むこともなく。
そしていよいよ、オークが腕を振り上げた。大人をも一撃で昏倒させるほどの腕力がある。
「ディナード様!」
兵たちが叫ぶ中、彼はオークの腕を取るなり、足を払って投げ飛ばす。オークの巨体は向かってきた勢いのままに飛んでいき、その先にあった木に頭から命中。
激しい音を立てながら、木は折れていく。
兵たちはなにが起きたのか、さっぱりわからないようだった。
「こりゃあ、肩ロースはまずそうだな」
オークは立ち上がってくるかと思いきや、痙攣するように震える。そして地面を転がった後、ようやくディナードを睨みつけた。
「バラ肉は柔らかそうだから、そこだけでいいな。あとは冒険者ギルドに売り払っちまうか」
ディナードはそうと決めると、オークにつかつかと歩み寄っていく。
「プギッ! ブゴッ、ピギィィィ!」
わめきながらオークが立ち上がり、掴みかかってくる。常人がその抱擁を受ければ、胴体の骨など残らずに砕かれてしまうだろう。
が、ディナードはあっさりと体当たりをいなし、上から押さえつける。そして次の瞬間には抜いた包丁で首を切っていた。
オークはどっと血を流しながら暴れる。
ディナードは包丁を手放し、グッとオークを押しつける。
「豚の血はソーセージにできるんだが……さすがに野生のもんを使う気にはなれないな」
血液には様々な病原体が存在している。綺麗な環境ならともかく、野生の、それも魔物だ。そして腸管も同様に汚染されているだろうから、やはりソーセージはなしである。
「それにしても、こいつ一体だけか。群れでもないのに、ワイルドボアが逃げてきたってことは、こいつがあぶれたせいで、あちこちで移動が起きたのかもしれねえな」
オークは集団でいることが知られており、推測に過ぎないが、なんにせよこれで問題は片づいた。
やがてオークが動かなくなると、ディナードは包丁の血を洗い、早速処理を始める。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ヨーロッパでは血を混ぜて作るブラッドソーセージが食べられているようですが、日本では馴染みがないですね。そちらでは余すことなく豚の全部を利用するそうですが、オークは全部を食べられないので今回はバラ肉だけです。
今後ともよろしくお願いします。




