27 オーク騒動 前編
店に到着した一行は、早速材料を眺めていく。
「こんなにたくさんあると、なんだか迷っちゃいますね」
レスティナは食材を眺めながら、悩む仕草をする。
「といっても、豚丼の食材は決めているんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ、牛丼だとタマネギなんかを入れるし、それの代わりに豚肉を使ったものもあるが、お前さんたちは食えないだろう?」
「その……すみません」
レスティナの帽子が下がる。きっと、その下に隠れていた狐耳が倒れたのだろう。だが、ディナードはそんな彼女に微笑んだ。
「だが、あんなのは邪道だ。あれもあれで悪くはないし否定するわけでもないが、豚丼といえば、やっぱり醤油ベースのタレじゃねえとな」
ディナードは言うものの、レスティナとティルシアはいまいちピンとこない。そしてゴブシはうんうんと頷いていた。本当にわかっているのかどうか。ただそれっぽい振る舞いをしているだけかもしれない。
だからディナードは彼らに豚丼というものについて説明する。
「甘めのタレに漬けておいた肉を炭火で焼く。おいしい匂いが漂ってきて、しっかり焼けた上からまたタレをつけるんだ。そうしてタレだけで甘みをつけられた肉で一気にご飯をかき込む。余計なものをごちゃごちゃと乗せることもなく、シンプルだからこそ、これがうまいんだ」
ディナードが言うと、ゴブシはうっとりした顔で涎を垂らしかけていたが、はっと我に返ると、真剣な顔で食材に向き合う。
そしてティルシアはそんなゴブシと一緒になって食材を眺めるが、こちらは料理のことはわからないようだ。
「ぶたどんっ。ぶたどんっ!」
ティルシアはまたしてもスカートがひらひらと揺れる。中で尻尾がぱたぱたと動いているのだ。
ほかの客が来ると、はっとしてゴブシが尻尾を押さえようとする。が、勢いよく揺れる尻尾に叩かれて転がっていった。
「ごぶし、だいじょぶ?」
ティルシアに覗き込まれながらゴブシは立ち上がると、「ゴブッ」と元気のいい声を上げた。
(なにやってるんだあいつ)
面倒を見ようとしているのはわかるが、あまり役に立たない。
そんな二人はともかく、ディナードはこれから食材を選び始める。まずは、みりんや砂糖、醤油などタレを作るためのもの。それからトッピングとして、山椒もあればいい。
「俺は白髪ネギがほしいな。交じらないようにしておけば大丈夫だろ」
ディナードがそんなことを呟く。
この辺りは好みによるものだろう。そうすると、ゴブシがディナードを呼ぶ。
「ゴブッ!」
その視線の先には、綺麗な緑色。グリーンピースだ。
「お前、食いもんのことだけは詳しいよな。それだけだが」
グリーンピースは牛丼にたいてい上に乗っている。だが、ディナードは白髪ネギを載せたほうが好きなのだ。
ディナードはそれらを買うことに。レスティナとティルシアも豆なら食べられるし、載せてもいいだろう。
それから豚汁の具材に、いも、ごぼう、にんじん、大根、こんにゃく、豆腐。味噌と隠し味のバター。このバターを最後に入れることでコクが出るのだ。あとはだし汁のためのかつおと昆布もいるだろう。もちろんご飯も必要だ。
それから炭も買っていく。やはり豚丼を食うからには、こちらにもこだわりたい。
一通り買い終えると、ディナードたちは今日の宿に戻っていく。ゴブシは重い米を背負っても元気いっぱいだ。
そして明日の出発の準備をする。まずは時間がかかる昆布の水出しを行っておき、その間に夕食を取ることに。宿でメシが出るので、それをいただくのだ。
明日はたっぷり肉を食うので、今日は野菜炒めなど、植物を中心にしておく。
それらを食べながら、今後の予定を考える。ティルシアとゴブシは楽しげに食べていると、人の子供となんら変わらない。ティルシアも今ではフォークの扱いもうまくなって、一人で食べられるようになっている。
ときおり、口の周りを汚すが。
ディナードはそんな彼女の口元を布で拭ってあげたりしながら、明日のことを考えていた。
そうして満腹になったティルシアとゴブシが部屋に戻ると、ディナードとレスティナは厨房を借りる。
二人きりになったところで、ディナードは彼女に尋ねた。
「そういえば、魔王の追っ手は大丈夫か?」
「はい。今のところは特に。もしかすると、すでに諦めたのかもしれませんね」
「ふむ。そうだと魔王を倒す大義名分がなくなってしまうな」
ディナードはそんなことを言いながら準備を始める。
今日のうちに、ダシとタレは作っておいても大丈夫だろう。そちらに火をかけると、
「ダシは任せてください!」
とレスティナが張り切る。
アクを取って鰹節を入れる難しくない作業だから、一度見れば覚えられるだろう。
その間に、ディナードは豚丼のタレを作る。
まずは水と砂糖を入れて火にかける。カラメルにするのだ。軽く飴色になったら、醤油とみりんを二対一で加えて、中火で煮詰めていく。
しばらくすると、ぽこぽこと泡が出てくる。ようやく完成だ。
半日近くも煮詰めるなど、いろいろと手間暇をかける場合もあるが、家庭料理としてはこれで十分だろう。
そうしている間に、ダシも取れている。これらを冷やして保存しておけば、明日にはすぐ使うことができる。
「よし、準備は整ったな」
「ディナードさん、肝心の武器のほうはどうなんですか?」
「もちろん、そっちは日頃から手入れしているさ。せっかくの魔物だってのに、うまく切れないで肉をずたぼろにしたら台無しだからな」
やはり彼の頭の中には食うことばかり。レスティナはそんな彼に微笑んだ。
それから彼らは明日を待つ。今度こそ、おいしい脂ののった肉を食べるために。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は豚汁と豚丼の話です。
私は北海道の出身なのですが、豚汁にバターを入れるものだと思っていたものの、ほかの地域の方は入れないとのこと。北海道に限った話なのか、それとも一部で流行っているのか。どうなんでしょうね。コクや香りがよくなるので、個人的には欠かせないです。
そしてもう一つ驚きだったのが、豚丼が北海道の料理だったということ。
小さい頃からよく飲食店に行っており、実家でも作られていたので、てっきり全国区の料理だと思っていました。店によって違うタレがなんとも言えず、おいしいんですよね。
北海道の道東などに行く機会がございましたら、是非豚丼を食べてみてください。
今後ともよろしくお願いします。




