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25 ワイルドボアの燻製 前編


 その日、とある宿の庭でディナードは燻煙器を眺めていた。


 昨日のうちに燻製用に準備していたワイルドボアの肉を塩抜きし、干して乾燥させておいたものを、先ほど燻煙器に入れて比較的高温で熱乾燥を済ませたところだ。この過程によって表面の水分が飛び、煙がよく乗るようになる。


 それが終わったところで今、ようやく燻煙し始めるのである。今回は低くも高くもない中間の温度で行う温燻法だ。


 ここで温度を上げすぎると焼きイノシシになってしまうし、かといって温度を上げなければ肝炎を完全に予防することができずリスクが高まってしまう。これは病原体が肉の内部に入り込んでいるのだ。とはいえ、これをしっかりやって中まで熱が通っていれば、完成品を焼かずとも食べることができる。


 ディナードは温度をぼんやりと見つめている。うっかり脂などが落ちて燃え上がったなどの異常があれば温度が上がるからわかるのだが、そうでもない間は特にすることもない。


 途中で肉の上下を入れ替えたり、温度や煙を調整したりしつつ、待つだけだ。


 そうしていると、レスティナがやってきた。


「ディナードさん、お客さんが来ています」

「どちらさんだ?」

「冒険者ギルドの職員とおっしゃっていましたが……」


 ディナードは用件を推測する。

 ワイルドボアの騒動を片づけてから、少しばかり北の都市に移動してきたのだが、こちらでも魔物関連の問題が起きたのだろう。そうでなければ、わざわざ彼を呼び出すこともあるまい。なにより、彼自身がそういった情報があれば伝えるように要望を出していた。


「しかし、俺は今、忙しいんだ」


 ちっとも忙しそうには見えない。けれど、ディナードとしてはせっかく時間をかけて燻製を作っているのだから、なにかと時間を取られていて失敗するのが嫌だったのだ。


 かといって、ゴブシに任せるわけにもいかない。あいつは勝手につまみ食いなど余計なことをしてなにかやらかすだろうから。


「……では、こちらにご案内しますね」


 レスティナが表に向かって、少しするとギルドの職員を連れてきた。


「ディナード様。魔物の騒動の件に関しまして、お伝えしたいことがございます」

「早速だな。そりゃあ助かる」

「ワイルドボアが南に追われてきましたが、それに関する魔物の存在が明らかになりました」

「……そいつが、あのワイルドボアの脂身を少なくしやがった犯人か」


 いまいち意味が取れなかった職員であるが、話を続ける。


「これまでは問題なかったのですが、オークが暴れ始めたという話が上がるようになりました」


 オークは二足歩行の豚の魔物だ。お腹にはしっかり脂身を蓄えており、バラ肉がおいしい。


「ってことは、食い物の争いが問題か?」


 ワイルドボアが痩せていたことからそう考えたのだが、北のほうの山で食い物が少なくなっているという話もなければ、人里まで来て農作物が奪われたということもないそうだ。


「いえ、あそこは豊かなようですから、そういうわけではなく、凶暴化したせいではないかと言われています。理由に関しては不明とのことですが……なにか思い当たることがございましたか?」


 悩んでいるディナードを見て、職員が尋ねてくる。

 が、彼は燻煙器の中を覗いてみて、炎の魔法で少しばかり温度を上げる。


「ええと……?」

「ああ、すまん。ちょっと中の温度が下がってたもんでな。……それにしても、ワイルドボアもそうだが、イノシシとかは縄張り意識が弱かったはずだが、オークが暴れるほどのことってのはなんだろうな」

「現在調査中ですが、オークは力も強く遭遇すると危険ですので、慎重に進めているところでございます」


 そう告げる職員は、ディナードの反応を待っている。元々、彼のほうから連絡を望んだのだから、当然ではある。だが、魔物を仕留めてくれるなら、それに越したことはないのだろう。


「オークか。ワイルドボアは脂身が足りなかったからな。バラ肉か……どうやって食うかな」


 ディナードは少し考える。味噌炒めはもう食ったばかりだから、別のものがいい。


「豚丼にするか」


 とりあえずの結論を出すディナードであったが、職員は目が点になっている。食事のメニューなど聞いてはいないのだから。


「大まかな場所は掴めているか?」

「は、はい。ここから一つ北の都市から行ける山中に、オークがいると考えられています」

「オークも移動する魔物でもない。探せばそのうち見つかりそうだな」

「では、冒険者ギルドを介して依頼を出させていただきますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。頼む」

「手続きのほうを行いたいのですが――」


 職員が告げてくると、ディナードはそれを手で制した。

 そして燻煙器の扉を開けるとスモークチップを取り出した。


「あの……?」

「燻煙が終わったんだ。最後に熱乾燥をして完成だぞ。これで色がよくなるんだ」


 そんな調子のディナードは、燻製作りの最後の段階に入る。

 職員も慣れてきたので、細かいことは言わなかった。先に冒険者ギルドに戻って準備をしているとのことである。


 レスティナは燻煙器の前にいるディナードを眺める。

 こうした姿を見ていると、そこらの街の男性たちとなんら変わるところはない。けれど、戦いとなればとてもかっこいいところを見せるのだ。それに、いろいろと気を遣ってくれたり、優しいところもある。


「……食いたいのか? 一日くらい冷やしておくと身が締まっていい感じになるんだが、できたてでも食えないことはない。煙臭い難点はあるがな」

「ふふっ。ディナードさんらしいですね」


 にこにこするレスティナを見て、ディナードはいったいなんのことだろうかと思うのだった。


 そんなところに、先ほどまで離れたところで遊んでいたゴブシとティルシアがやってくる。


「できた?」


 わくわくした表情のティルシアが聞いてくる。


「もうちょっとだな。今日は味見くらいで、本格的に食えるのは明日から。おそらく、明日の朝に北の都市に行くことになる。馬車の中で食っていくか」

「たのしみ!」


 ティルシアはゴブシと一緒になってはしゃいでいる。

 そうしているうちに、ワイルドボアの燻製ができあがる。


 肉を取り出すと、綺麗な茶色の色合いだ。包丁で少し切ってみると、まだ柔らかい。

 それを皆でつまみ食い。


「ちょっと煙っぽい感じがあるが、これは仕方ない。脂身が少なくて硬いかと思ったが、そうでもないな。さらりとした脂身だからもうちょっと乗っていてもいい感じがするものの、しっかりした歯ごたえもいいもんだ」


 つらつらと述べるディナード。少しずつ味わうレスティナと、頬張ったままもぐもぐと口を動かすティルシア。そして二つ目に手を伸ばすゴブシ。


「あんまり食っちまうと、明日の分がなくなるぞ?」

「ゴブッ!?」


 ゴブシは頷き反省し、二つ目でやめることにした。


「結局、二つ目も食うのかよ」


 さすがに三つ目はないということで味わうゴブシであった。


 それからディナードは冒険者ギルドに行くと、依頼の受諾の手続きを行う。馬車も手配してくれるそうだ。


 目的の都市もそこまで小さくないため、ワイルドボアのときのように、泊まるところに困ることもないだろう。


 そうした話をすると、レスティナもティルシアも、宿で荷物をまとめ始める。すっかり旅にも慣れてきたようだ。


「よし、明日は北に向かうぞ。次は豚丼だ!」

「やった! ぶたどん!」


 ティルシアが嬉しげにバンザイする。そんな姿を見て、ディナードもこれからのメシに期待を膨らませるのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。


E型肝炎ウイルス防止に関しては、肉の中心温度が70度で1分、75度で5秒以上となる調理法が推奨されています。

ベーコンを作るためには温燻が適していると言われており、80度くらいまでとされているので、ややもすると生焼けになる可能性がありますね。かといって高温の熱燻にすると、焼けてしまいます。難しいですね。


今後ともよろしくお願いします。

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