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24 ワイルドボアの味噌炒めとぼたん鍋 後編


 ディナードはまず、野菜からいくと、鍋のダシがしっかりと染み込んでいる。まだ肉を口にしていないというのに、イノシシの風味が感じられるほどだ。


 煮込むほどうまくなるというのも嘘ではないのだろう。味見したときよりも味わいが深くなっている。


 そしてティルシアがイノシシ肉にかじりつくと、狐耳をぴょんと立てた。もぐもぐとおいしそうに食べつつも、首を傾げる。


「んー……?」


 おそらく、これまで食べたことがない味わいだからこの反応なのだとディナードは思っていたのだが、レスティナがティルシアの疑問の理由を説明すると驚かずにはいられなかった。


「生のものとは全然違いますね」


 よくよく考えてみれば、彼女たちは妖狐。野生で暮らしていたのだから、イノシシを生で食っていてもなにも驚くことでもないのだが、ディナードもすっかりこの生活に慣れてしまっていた。


 だから彼は聞かずにはいられない。


「……口に合わないか?」


 が、すぐさまティルシアは首を横にぶんぶんと振って、


「おいし!」


 と元気に答える。そしてレスティナも頷いた。


「とてもおいしいです。ディナードさんのせいで、もう元の生活に戻れなくなっちゃいました」

「そりゃよかった。たっぷり食ってくれ」


 そう言いつつも、ディナードは内心で自問する。本当によかったのかと。

 彼女たちは魔物であるが、こうして人と同じ生活をするようになった。相容れない存在というわけでもないが、なにかと不都合はあるだろう。


 だから、元のままのほうがよかったのではないかとも思ってしまうのだ。


「ゴブッゴブッ! フガフガッ!」


 そんなディナードの前でゴブシは、もう何日もメシを食っていなかったかのような勢いで野菜をかき込み、スープをずずずっとすすり、肉を頬張って幸せそうな顔をしている。


(……悩んでいるのが馬鹿らしくなるな)


 ティルシアもイノシシ肉を頬張っている。こちらは味噌炒めだ。


「ん~! おいし! ……たべない?」


 彼女はディナードの様子を見て、そう聞いてくるのだ。


(なにかありゃ、守ってやりゃいい。約束したんだからな)


「食べるぞ。早くしないと、ゴブシに全部食われちまうからな」


 このゴブリンの食欲はとどまるところを知らない。以前も話をしているうちに鍋を全部食われた経緯がある。


 ディナードは早速、ぼたん鍋のイノシシ肉を取る。ゴブシが食ってかなり量が減っているが、多めに作っているため、まだまだ余裕がある。


 脂肪で白くなっている部分は見た目以上にあっさりした甘みがある。成長して大きくなった個体だというのに、クセや臭みもほとんどなく、うり坊ほどではないが肉も結構柔らかく、噛むほどにうまみが増す。


 通常のイノシシよりも、ずっと深いコクがあるのは、魔物ワイルドボアの肉だからだろう。


 そしてスープを飲めばぽかぽかと体は温まり、気分がよくなる。

 とてもうまい一品なのだが……。


(惜しいな。これでもっと脂肪を蓄えていれば、最高だったんだが)


 季節の関係もある。冬ならばぼたん鍋は温かくていいし、イノシシも脂肪を蓄えている。しかしそれ以上に、このワイルドボアは北から追いやられてきた個体で、あまり食えていないため肥えていなかったのが理由だ。


 幸いにも痩せている割に臭みは強くなかったが、だからこそかえってもったいなくも思われるのだ。


(北に行けば、肥えている魔物もいるか?)


 そんなことを思いつつ、今度は味噌炒めを口にする。

 ショウガの香りが広がり、そこに味噌の香ばしさと砂糖の甘みが加わる。それらに包み込まれたイノシシの肉を噛むと、おいしい肉汁が溢れる。


 噛めば噛むほどうまみが出てきて、それがとろりとした脂と絡み合って舌を覆っていく。


「ちょっと弾力があるが、こうも味が出てくると、噛むのが楽しくなるな」


 脂身が多いのを炒めたのに、べたべたした感じはなく、まろやかで後味もすっきりしている。だから何度もつまんでしまう手は止まらない。


 つまみにするにはちょうどいいかもしれないが、それよりもご飯と一緒にかき込んでしまいたい気分だ。


 しかし、今回はご飯を用意してきてはいるが、そのまま食べる予定はない。主食はやはり締めにとっておきたいから。


「それじゃあ、うどんを入れるぞ」


 たくさん食べたゴブシが拍手する。あんなに食っていたのに、まだまだ食べる気でいるようだ。


 ティルシアも楽しげに見ているし、レスティナはお腹がいっぱいになってきたようだが、もう少しくらいは入りそうだ。


 ぼたん鍋の具が少なくなってきた頃を見計らって、ディナードはこのときのために買っておいたうどんを鍋に入れて煮込んでいく。


 ぐつぐつといい音を立てて、ますます食欲をそそらせる。


 ディナードは早速食べてみると、こしがあって崩れてもおらず、食べ応えがある。それなのにスープのうまみのおかげでどんどんと食が進んでいく。


 ティルシアはちゅるちゅるとうどんをすする。熱そうにしているが、それでも止まらないのだろう。


「そろそろ締めの雑炊といこうか」


 ディナードはご飯を入れて、一煮立ちしたら火を止めて蓋をして雑炊を作る。

 そしてできあがったものをよそうと、今度は生卵を鍋の中にぼとん。半熟卵を崩れないようにご飯の上に移して完成だ。


 いてもたってもいられなくなったゴブシは、ディナードから器を受け取るなり一気に食い始める。


「さっきまでメシを食い続けてきたのが嘘みたいな勢いだな」


 ディナードは苦笑せずにはいられない。そしてティルシアに渡すと、彼女も崩してかき混ぜて、あーんと口を開けてぱくり。尻尾がぱたぱたと揺れ動く。


 そうしていると、レスティナがディナードによそったものをくれる。


「どうぞ」

「お、嬉しいねえ。美人さんの手渡しだ」

「作ったのはディナードさんですけれどね」


 彼もまた、最後の締めの雑炊を口にする。

 イノシシ肉のうまみがぎゅっと詰め込まれた雑炊の上で半熟卵を崩すと、卵のおかげでふんわりとした味になり、絡み合って実によく合うのだ。


 そうして雑炊を呑み込んで、いよいよ完食。

 最後まで楽しめる時間だった。


「……ちょっと食べすぎちゃいました」


 レスティナがお腹をさすりながら笑うと、ティルシアはゴブシの膨れ上がったお腹をぽんぽんと叩いてみる。ゴブシは自慢げにその腹を見せるのだった。


「ふう、食った食った。明日はなにを食うかな」

「ディナードさん、もう食べることを考えているんですね」

「土壇場で作ると大変だろう。早め早めに考えておくのが、大人の余裕を生み出すんだ」


 ディナードが少しおどけてみせると、ティルシアが


「おとな! しゅごい!」


 と言うものだから、ディナードは面映ゆくなってしまうのだった。

 それから少し休憩を挟んで、皆で後片づけを始める。


「鍋は適当に具材をぶち込むだけでも作れるし、各々が好きなもんを入れられるからいいよな」

「私は最後の雑炊がおいしかったです」

「おにく! おにく!」

「ゴブブ!」


 食べ終わってから、好き勝手に感想を言い合うのもまた楽しい。そしてこれから食べるものについて話すのも。


 ディナードとしては、ワイルドボアの肉に脂肪が蓄えられていないのがなかなかに惜しくて、いまだに引っかかっていた。だからこう提案するのだ。


「次はもうちょっと肥えた魔物を食おう。北に行けば、あのワイルドボアを追いやってうまいもんを独り占めしているけちん坊の魔物がいるはずだからな」

「たのしみ!」


 ティルシアはすでにわくわくしているし、ゴブシははしゃいだ勢いで皿を落としそうになる有様だ。


「では、旅の準備をしないといけませんね」

「ああ。焦る必要もない。じっくりやっていこう」


 食器を洗うと、あとはもうゆっくりと夜を過ごすだけだ。

 そして今晩は四人仲良く、イノシシの夢を見るのだった。


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