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22 ワイルドボアの味噌炒めとぼたん鍋 前編


 店の中に入ったディナードたちは野菜などを眺めていく。


 ゴブシは店の中で食材を眺めては、真剣な顔で考えている。普段は見せない表情だ。普段もこれくらいならば、とても頼りになるのだが。


 やがてニンニクを指さして、「ゴブゴブッ!」としきりにディナードを呼ぶ。


「ニンニクか。確かに臭みを消すのにはちょうどいいが……狐にネギ属のもんを食わせるのはよくないな」


 レスティナとティルシアは妖狐ゆえに、人と同じようなものを食えるのだが、ネギの類だけはやめておいたほうがよかろう。


「ショウガと味噌を使うか。タマネギも合わせて……っと、これもだめなんだった」

「あの、ディナードさん。その……無理に避けていただかなくても大丈夫です」

「なに言ってるんだ。この世は食えるもんで溢れている。毎日三食、欠かさずに食っていても、すべての食材、料理を食い尽くすことなんてできねえ。それなのにわざわざ、食えないもんを食う必要がどこにある?」


 ディナードが告げると、レスティナは反駁することなどできやしない。だから遠慮せずに彼の厚意に甘えることにした。


「いつもありがとうございます、ディナードさん」

「ああ。とびっきりうまいものを作ってやろうと思うんだが、こればかりはワイルドボアがいいもんを食ってたことを祈るしかないからな」

「楽しみにしています」


 レスティナが嬉しそうにすると、ティルシアも彼女とディナードを見てにこにこ笑顔になる。


「そういえば、タマネギが使えないとなると、肉を柔らかくするもんがいるな」


 タマネギは肉を柔らかくする効果がある。

 それを補わねば、イノシシの肉は少々硬い。


 ディナードは少し考えてから、とある容器を取った。ゴブシはぽんと手を打ち、閃いたと言いたげな一方で、ティルシアはよくわからないように眺め、レスティナは首を傾げた。料理本に詳しいゴブシはともかく、野生で暮らしてきたレスティナたちには馴染みがなかったようだ。


「……それを使うんですか?」

「ああ。まあ、楽しみにしていてくれ。……そうだ、今日の献立は味噌炒めとぼたん鍋でいいか?」


 ディナードが尋ねると、レスティナよりも早くティルシアが


「たのしみ!」


 と答えてくれた。こうも期待されると、やる気が出てくるというものだ。


 ディナードは鍋の具材を選んでいく。ごぼう、にんじん、大根、白菜、水菜、えのき、しめじ。臭いを消すのに山椒。彼の好みで適当に選んでいると、ゴブシが豆腐を追加した。


「お、わかってるじゃねえか」

「ゴブッ!」


 胸を張るゴブシ。

 こいつは料理本で言葉を覚えただけあって、レシピのほうも頭に入っているようだ。とてもゴブリンとは思えないが、食い物以外のことはからっきしだから、やはり人とは違うのだろう。


 そして燻製用の塩や胡椒、ハーブも用意しておく。

 レスティナたちのためにタマネギやニンニクを使わないので、イノシシの臭みを消すため香草は豊富に用意する。


 あとは主食となるものも必要だ。新鮮な卵も買っていく。


 食材を買い終えると、ティルシアが袋を持とうとする。なにか手伝いたかったのだろう。けれど、この前ようやくまともに歩けるようになったばかりなのに、重いものを持つことなんてできるはずもない。


 ディナードは彼女に、軽めの調味料が入った袋を渡してあげると、彼女はちょっぴりよたよたしつつも、満足そうにするのだ。


 そうして全員で荷物を分担して持ちながら宿に戻っていく。

 四人分にしては随分と多い量だが、食いしん坊ばかりの一行にはちょうどよかった。


 宿に戻るとディナードは、


「主人。台所を貸してくれ」


 と、早速下ごしらえを始めることにした。

 解凍しておいたワイルドボアの肉をスライスして、そこに買ってきた材料を入れる。酒、味噌、そしてとっておきのヨーグルトだ。


 このヨーグルトを入れることで、柔らかくなるだけでなく臭みも消えるのだ。

 タマネギが使えないため、柔らかく、かつ臭いを消すものとしてこちらを使用することにしたのである。


 まんべんなく肉に合わせて、あとは常温にならないよう、ときおり冷却の魔法を使いつつ放置するだけだ。


「ディナードさん、これで本当に大丈夫なんでしょうか?」

「できることはやったが、あとはこのイノシシに聞いてくれ」


 結局、血抜きを頑張ったり、調理法を工夫したりしても、このワイルドボアがなにを食ってきたのかで決まってしまうところがある。しかし、それすらもジビエの楽しみなのかもしれない。


 それからディナードはダシを取るため、昆布の表面についた汚れを拭ってから水に漬けておく。時間があるため、水出しをしておくのだ。


「さて、それじゃあ腹が空くまで待ってるか」

「これだけ時間がかかるのですから、確かに安宿ではできませんね」

「屋外であり合わせのもので作るのも楽しいもんだが、丁寧に作るのも悪くないのさ」


 ゴブシとティルシアは鍋の中の昆布をじっと眺めていたが、当然そんなすぐに変化があるわけでもない。


 待っている間に、ディナードはワイルドボアの燻製を作るための準備をする。


 普通は脂がたっぷりのバラ肉だが、今回のはそこまででもない。イノシシの脂はあっさりしているため、豚よりも脂身が多くてもおいしく食べられるが、脂身が少ないのもくどくなくて悪くはない。


 それを手頃なサイズに切った後、中まで熱が通るようフォークで穴を開けておき、塩・コショウ・様々なハーブを揉み込んでいく。


「くんせい?」


 ティルシアが狐耳を前後に動かしながら、小首を傾げて尋ねてくる。燻煙するのかということだろう。


「いや、こいつは数日寝かせておくんだ。だから食えるようになるのは、まだまだあとだな」


 ティルシアはちょっぴりがっかりしたようだ。けれど、すぐにあとの楽しみということで納得したらしい。


 それらの肉を袋に小分けにしておき、あとは水分や血が溜まってくるのをときおり捨ててやればいい。


 そうしてやることがなくなると、これからの話をする。


「さて、これで俺たちは仕事がなくなったわけだが、どうする? のんびりここで時間を過ごしてもいいし、東の山を越えて東国に行けば、海がある。つまり、うまい海産物が食える。北に向かえば魔物も増えて仕事も増えるだろう」


 この都市でのすべきことは終わった。

 そして現在、ヴァーヴ王国東の森の北では、魔王の影響を受けた魔物が南に向かってくる事件が多くあるという。今頃は、調査する計画が立てられているだろう。


 今しばらく時間はあるため、なにか揉め事が起きるまで待っている手もあるということだ。


「……私たちはディナードさんに護衛されている身です。そして契約上、魔王のところに向かわねばなりません。ですから、どのような決断でもついていきます」


 レスティナが答えると、ディナードは口の端を緩めた。


「そんなたいそうな答えじゃなくていいんだ。ここの食いもんと、東の海産物。そして北の魔物ども。どれが食いたい?」

「ゴブッ!」


 真っ先に声を上げたのはゴブシだ。


「いや、ゴブリンの言葉なんてわからねえっての」


 身振り手振りでゴブシは説明し始める。全部食いたいということらしい。なんともゴブシらしい。そしてティルシアもこくこくと頷いていた。


「ディナードさん。魔王を取り巻く問題は、私たちの問題でもあります。ですから、もし承知していただけるのでしたら、私は現場にいるべきではないのかと思っています」

「よし、じゃあ北に行くか」


 真剣なレスティナにあっさりと、ディナードは答えた。

 あっけに取られるレスティナであったが、「これからもよろしくお願いします」と微笑んだ。彼となら、どこにでも行けそうな気がしたから。


 さて、そうして時間を潰していると、そろそろお腹が空き始めてくる。

 昆布の水出しをしていた鍋に火をかけてしばらくすると、小さな泡がぽこぽこと湧いてきた。


 ディナードはアクをすくっていると、ティルシアがじっと見てくる。


「やってみるか?」


 言うと、ティルシアは何度も頷いた。

 彼女はアクをすくって、ぽいと湯を捨てる。


「ゴブッ!?」


 流しに捨てたはずが、覗き込んでいたゴブシにかかったのである。


「気にするな。上手じゃねえか」


 どう見ても不慣れだが、ディナードが褒めると、ティルシアは尻尾をぱたぱたと振る。

 魔法による冷水でゴブシの頭を冷やしていたディナードは、やがてさっと昆布を取り出して、少量の差し水で温度を下げる。そしてふんだんに鰹節を投入。


 また泡が出てき始めると、いい匂いが漂ってくる。

 アクを取っていき、それからざるでこして完成だ。


「さて、いよいよ鍋を作り始めるぞ」


 ディナードが告げると、ティルシアがバンザイし、ゴブシが跳び上がり、レスティナが喉を鳴らした。


いつもお読みいただきありがとうございます。


ネギやタマネギやニンニクなど、犬にはネギ科のものを与えないようにいわれていますが、実はショウガはショウガ科なのでネギ科ではありません。ですので、ネギ中毒にはならないのですね。


ということでいよいよ料理を作ります。


今後ともよろしくお願いします。

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