21 ワイルドボアと献立
ワイルドボアを仕留めた翌日、ディナードは村人総出で見送られながら、馬車に乗っていた。しかし、今回は来たときと異なって荷台の中は狭い。というのも、ワイルドボアの肉が乗っているからだ。
しかも、その肉は冷凍されているため、荷台の中まで冷えてしまっている。
「ティルシア、寒くないか?」
「だいじょぶ!」
言いつつ彼女はディナードの膝の上に乗ってくる。そうすると、ふわふわの尻尾がなかなかに温かい。
確かに尻尾だけでもここまで温かいならば、狐の姿になっているときは冬でも寒くもないだろう。
そんなティルシアに困ったような顔をするレスティナであるが、すでに慣れた光景になっていたため、なにも言わなかった。
そしてゴブシは朝早くからの出発ということで、馬車に乗るなり二度寝を始めている。
村人たちが、そんな彼らに頭を下げた。
「ワイルドボアの討伐、誠にありがとうございました。おかげでこれからは怯えずに生活が送れます」
「ああ、気にするな。世話になったな」
「とんでもございません」
そんなやり取りの後、馬車は動き出す。
まずは都市の冒険者ギルドに行って、依頼達成の報告をしよう。それからどうやってワイルドボアの肉を食べようか。
焼き肉もいいし、鍋も王道だ。唐揚げにしてもいいし、燻製にすれば日持ちする。
どうするかと悩んでいたディナードであったが、馬車が街道を進み始めると、外の景色に目を向ける。森であったり草原だったり、代わり映えのしない光景が広がっている。
そしてすぐ下に視線を向ければ、膝の上ですやすやと眠っているティルシア。
静かながらも、どことなく楽しげな荷台の中、彼は半日ほどそうしていた。
都市に着いたときにはすでに昼下がりになっており、気温も上がってきてちょうどいい頃だ。
ディナードはワイルドボアの肉が溶けないように冷却の魔法を使ってから、それを背負いつつ馬車を降りる。
「起きろゴブシ。着いたぞ。お前はいつまで寝てるんだ」
ゴブシは眠たげに目をこすりながら、大きな欠伸をしてから、のそのそと降りてくる。そして荷物を持ってくるのを忘れて、再び荷台に戻っていった。
(……大丈夫かあいつ?)
ディナードは笑うに笑えない。
レスティナとティルシアはすでに帽子を被って狐耳を隠しており、準備はばっちりだ。
そんな一行は都市の中に入ると、冒険者ギルドに向かっていく。巨大な袋を持ってきているため、どうしても人目を引いてしまうが、中身がワイルドボアだと想像がつく者まではおらず、騒ぎにはならない。
冒険者ギルドの中に入ると、受付嬢が驚いた顔を見せる。
「ディナード様。お帰りなさいませ。それは……」
「依頼を終えてきた。食えねえ肉はそちらに渡すから、売却してくれ」
「……かしこまりました!」
受付嬢は大慌てで右往左往している。
まさかこれほど早く片がつくとは思っていなかったのだろう。
無理もない。たった二日で戻ってきたのだから、ほとんど倒すのに時間をかけていないことは明らかだ。
実際、かけた時間の大部分は、解体などの手間である。
数度行ったり来たりしてようやく落ち着いた女性は、奥に行って別の職員を呼んできて、手続きに移る。
「すでに肉塊になっちまったが、間違いなくワイルドボアの肉だ。こいつでいいんだろ?」
ディナードが袋の中身を見せる。
そして思い出したように、ゴブシを小突くと、そやつも持ってきた袋の中身を見せる。毛皮だ。
こちらは食えるものではないため、すっかり忘れていたのだ。
「確認いたしました。では、報酬の手続きを行わせていただきます」
そんなやり取りをしていると、冒険者ギルドの中は自然とざわつき始める。ワイルドボアの出現は騒ぎになっていたが、彼が来るなりあっという間に片づいてしまったのだ。気にならないほうがどうかしている。
しかし、ハースト王国と違ってこちらヴァーヴ王国では、そこまで「魔物食い」の異名は広まっていない。それゆえに、なにかヤバい冒険者が来た、くらいの認識である。
ヴァーヴ王国での信用も勝ち取ったディナードは、それから書類などをしばらく書いて、報酬が入った袋を受け取ると、ようやく自由の身になった。
「さあて、晩飯の準備をするか」
冒険者ギルドを出るなり、この一言。
すでに馬車の中で昼食は取り終えていたため、今晩の食事を考えねばならないのだ。
一晩冷凍しておいたため、寄生虫のリスクも減っており、ワイルドボアの肉も料理に使えることだろう。
「ごはん! ごはん!」
ティルシアが元気に走り始めると、レスティナは彼女を慌てて追いかけて、大人しくさせる。
けれど彼女もまた、夕飯に期待しているようだ。
「ディナードさん、お買い物していきましょう」
「ああ、献立も考えないといけない。けれど、その前に宿も取らないといけないな」
ディナードはそうして街中を歩いていくと、小綺麗な宿を選んでみる。そうすると、レスティナが少し驚いた顔をした。
「……普段よりも高いところですよね?」
以前、彼女たちを安宿に泊まらせたことを気にしているのかと思えば、ディナードはそうでもない。
「台所が狭いと、料理しづらいだろ。あとは、快く貸してくれるところじゃねえとな」
「そういうことでしたか。ディナードさん、よく考えてますね」
「もう何十年も冒険者をやってるからな」
といっても、彼が詳しいのはメシと魔物のことくらいだ。
それから宿に冷凍したワイルドボアの肉を置いておき、今日使う分を解凍すべく準備し、彼らは買い物に出かける。
ずっと背負ってきた荷物を置くと、肩が軽くなる。
そうなると片手が空く。
はしゃぐティルシアの片手をレスティナが握り、ティルシアはもう一方の手でディナードを掴んだ。そんな二人の間で手を上げたり下ろしたり、彼女は嬉しげにしている。
「ティルシア、なにが食いたい? やっぱりぼたん鍋は王道だな」
「なべ! 食べる!」
「でも焼き肉もいいぞ」
「やきにく! たのしみ!」
「唐揚げもつまみに合う」
「からあげ! すき!」
なにを言ってもティルシアは満面の笑みで答える。
この食いしん坊子狐は、今は人の姿をしているのも忘れて、尻尾を振っている。ワンピースの裾がぱたぱたと揺れるが、店内にほかの人もいないので、レスティナも今はそのままにしておくことにした。
「もう、ディナードさん。それではいつまでたっても決まりませんよ?」
「そうだな。とりあえず、これから旅をする間に食うために燻製を作るのは決めている。なにしろ、乾物はゴブシが途中で食っちまったからな」
そうして作るものを考えていると、一行はやがて食料品店に足を踏み入れた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
寄生虫は冷凍によって大部分は死滅しますが、細菌は増殖が抑えられるだけで生き残ることが多く、イノシシにいるE型肝炎ウイルスは死にません。
そしてイノシシなど幅広い宿主に寄生する寄生虫である旋毛虫は低温に強く、マイナス30℃で4ヶ月保存したクマ肉で発症した例もあります。
やはり生肉ではなく加熱して食べないとダメですね。
また、1万5000ポイントを達成しました。いつもこれくらいで落ち着くので、ようやくここまで来たなあ、という感じます。ブクマ・評価ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。




