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20 ワイルドボア騒動 後編


 村に戻ってきたディナードは、村人総出で迎えられた。

 なにしろ、巨大な袋を背負ってきているのだから、大きな獲物を仕留めたのは明らかだ。


「おお! ワイルドボアを仕留めてくださったのですね」

「まあな。解体施設、借りてもいいか?」

「もちろんでございます」


 村の端のほうには、仕留めた肉を解体するための施設がある。非常に簡素なものだが、ないよりはましだ。

 ディナードはそこにワイルドボアを持ち込むと、早速、お湯を用意して解体を始める。


「まずは皮を剥ぐか」


 レスティナが彼を見ながら待っていたので、ナイフを渡すと嬉しそうな顔になる。


「気をつけろよ。脂がすげえから、うまく切れない。間違って手を切っちまうと大変だからな」

「わかりました。頑張ります!」


 今回はティルシアとゴブシは出番なしだ。さすがに危ない。


 脂が皮に残らないようにするため削ぐように切っていくのだが、慣れていないとなかなかうまくいかない。


 ティルシアはレスティナの手元を見てひやひやしている。


 一方でディナードはワイルドボアの巨体をせっせと手際よく処理していく。


「それにしても……イノシシの割には脂がないな」


 やはりうまいものを食っていなかったのだろう。

 少しがっかりしつつも、そうして皮を剥ぎ終えると、ディナードはあまりそちらに興味を持たない。硬いため毛皮のみならず防具としても売れるのだが、食えるわけではないからだ。


 それから腎臓を取り、股間の近くについている肉の塊を取る。


「これがヒレで、柔くてうまい部分だ」


 ゴブシとティルシアが嬉しそうに見てくる。が、血を扱っているため、近づかないようにしている。


 ナイフを用いて脊椎と肋骨を外していき、肩、アバラ、モモと骨を抜いてカットしていく。この辺りまで来ると、市場に並んでいる肉の塊の面影が出てくる。


 いよいよ解体が終わると、ディナードは大きく息をついた。


「終わったぞ」

「やった!」


 ティルシアがぴょんぴょんと飛び跳ねながらはしゃぐ。


「これで終わりだが……念のため、冷凍しておく。低温に強いやつもいるが、寄生虫はこれでだいたい死ぬからな」


 加熱処理も肝要だが、冷凍も同様に重要だ。イノシシ肉は冷凍しても味が落ちにくいこともある。合わせればよりリスクを下げることができる。


 それゆえにディナードはワイルドボアの肉を魔法で冷却していく。


 しかし、これは彼が魔法を使えるからこそのやり方であって、こんな農村であれば、捌いたものを腐る前に食ってしまうに違いない。


 ティルシアはすぐに食べられると思っていたのだろう、しょんぼりしている。ゴブシなんかはこの世の終わりとでも言いたげな顔をしていた。


 いずれにせよ、ここですべきことは終わった。

 ディナードはナイフなどを熱湯で消毒し、片付けを済ませる。あとは肉を持っていけばいいだけだ。


「さて、そろそろ帰ろう……と言いたいところだが、出発は明日にしよう。その前に、ダニに食われていないか見ておきたいからな。風呂にも入りたい」


 今からでも馬車は出してくれるだろうが、都市に着く頃には日が暮れてしまう。それに血で汚れたままにしておく気にもなれなかった。


 ディナードは村人たちにその旨を告げると、粗末な小屋に戻った。


 こちらには炊事場としての土間があるため、そこに一人か二人は入れそうな樽を浴槽として置けば風呂には入れる。だがしかし、問題がある。


(……仕切りすらねえとはな)


 居間から丸見えなのである。ディナードは気にしないが、果たしてそれでいいものか。

 考えつつも、ディナードは魔法を用いて樽に水を入れて、炎で熱していく。


「レスティナ。人化を解いたら服は消えるだろう?」

「はい。毛の一部分を用いて作っているものですから」

「洗うのも大変だ。それなら狐の姿で毛を洗ったほうがよさそうだ」


 そもそも、では服を纏わないときは、狐の毛は衣服のどこに相当しているのかなど、いろいろと疑問は残るが、そんなことを聞くほど無神経でもない。


 そうして湯が適温になると、ディナードは土間から上がって居間に腰を下ろす。


「先に入ってくれ。俺はその間、こっちで寝てるから」

「いいのですか?」

「その前に、ダニに食われているところがないか、確認しておいてな」


 素直にいいのだと言えないディナードにレスティナは微笑みつつ、


「ティルシア、お風呂に入りましょう」

「おふろ!」


 はしゃぐティルシアを連れて土間のほうに向かっていった。そしてゴブシも駆けていこうとするのだが、


「お前はあとで俺と入るんだ。横にでもなってろ」


 と掴まれると、素直に諦めて、数度の瞬きの後、「すぴー」と寝息を立て始めた。


「大人しくしてろって意味だったんだが……本当に寝やがった」


 このゴブリン、随分とふてぶてしいものだ。

 さて、そうしていると水音が聞こえてくる。


「ディナードさん。申し訳ないのですが……布を持ってきていただけませんか?」

「ああ、ちょっと待ってろ。確かそこの袋だったな」


 よっこらせ、と起き上がったディナードは、袋から乾いた清潔な布を取り出す。そして樽のところに歩いていこうとして、一瞬固まった。


 樽の中からひょっこりと顔を覗かせているのは、綺麗な女性とその子供なのである。髪は濡れてしっとりしており、狐耳も普段より小さく見える。


「……なんで人化しているんだ?」


 そも、人化していなかったら、人の言葉が聞こえてくるはずもない。けれどディナードはろくに考えもしなかったのだ。


「その……この樽ですと、入るのが難しくて」


 狐は四足獣だから、樽の中に入るとぶら下がるような体勢にならなければいけないのだろう。そもそも、ディナードはすっかり失念していたのだが、子狐のティルシアはともかく、すでに大人のレスティナは妖狐のときは結構大きいのだ。ほとんどは毛だが、それでもティルシアが入るスペースがなくなってしまう。


 困ったディナードであったが、レスティナのところに向かっていく。ほんのりと頬が赤くなっているのは、のぼせているのか。


 目を逸らし気味に、ディナードは布を渡すと、受け取ったティルシアが舌っ足らずに


「ありがと!」

 

 と言いつつ、樽から飛び出した。


「もう、ティルシア! 濡れたまま行ったらだめでしょ!」


 追いかけようと身を乗り出しそうになったものの、レスティナはディナードを見ると、反対にそのまま樽の中に隠れてしまった。


「ティルシア。レスティナが困ってるぞ」


 ディナードはティルシアに言いつつ、


(子供の世話も大変だな)


 などと思うのであった。

 それからしばらくして、ディナードもゴブシを連れて風呂に入る。こちらの服は幻影の魔法で生み出されたものではないため、脱いだ衣服を熱湯に漬けて消毒しておく。


 そうして脱いだゴブリンであったが、手でお尻を隠してしまう。


「……お前、元々裸だっただろうが。恥ずかしがるな。ダニに食われていないか見せろよ」


 ゴブリンの手を退けると、そこは赤くなっていた。


「ダニじゃないな……虫刺されか」


 つついてみると、「ゴブッ!?」と悲鳴が上がる。どうやらかゆいらしい。


「ま、ほっときゃ治るか」


 ディナードは気にすることもなく、彼自身もどこか刺されていたりしないかとゴブシに確認してもらうと、湯に浸かる。


 そうして温まりながら、一息つく。

 今日は解体があったから、なにかと汚れる日だった。そんなとき、こうしていると心まで洗われる心地になる。


 たまには田舎でこんな日を過ごすのも悪くない。

 ディナードはそうして心も温まるのであった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

一度は書きたいお風呂回! というわけでゴブシのサービスシーンでした。


さて、ヒレ肉がやわらかいということについてですが、これは大腰筋という、人間で言うところの足を持ち上げる筋肉になります。アスリートですと、モモを上げて走るのに重要だとか。

四足獣では持ち上げてから後ろ向きに蹴るときに使うくらいの使用頻度だそうで、使っていないためにやわらかいそうです。個人的にはとても好きな部位です。ヒレカツおいしいですよね。


今後ともよろしくお願いします。

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