2 コカトリスの唐揚げ 後編
ディナードは鶏肉とヘビ肉にそれぞれ衣をつけていく。
今回はどんな魔物が出るのかあまりわかっていなかったため、最低限の食材しか持ってきておらず、味付けも簡素なものだ。
油もそこまで大量に持ってきているわけでもないため、どうしても肉も中まで熱するためには薄くなってしまう。
そうしているとレスティナが宣言する。
「ディナードさん、お手伝いいたします!」
「そうか。だが、ちょっと待て。お前さん、まさかそのまま掴む気じゃないだろうな?」
尋ねられると、レスティナが首を傾げた。
「どういうことでしょう?」
「手洗いをしっかりしないと、感染するだろうが。今は血を飛ばしたり、危険なものを扱っているんだ。気をつけねえと、いつか腹を壊すぞ。それだけじゃなく、頭までやられっちまうかもしれねえ」
そう言うと、足元にいたティルシアが驚いて尻尾を立て、それから丸くなってしまう。
どうやら、ある程度は言葉を理解できているらしい。あるいは、なんとなく雰囲気から察しているのか。
ともかく、ディナードは袋の中から小瓶を取り出すと、魔法で水を生み出し、レスティナの手にかける。そして小瓶の中にあった液体をかけた。消毒薬である。
「錬金術師が作った代物だ。これでだいたいの問題は解決する。汚いところ、触るなよ?」
レスティナはこくこくと頷き、ディナードに代わって衣をつけていく。
それを見ていたティルシアは、うんうんと唸ると、人化しようとする。ちっちゃな人の姿になるが、衣服はちっとも綺麗なものではないし、一歩だけ歩いたかと思いきや、すてんと転んでしまう。
どうやら、まだまだ未熟らしい。人を化かしてしまう立派な妖狐になるのはいつのことか。
手伝いたいのかもしれないが、油を使うのは任せられない。
ディナードはジュウジュウと音を立てていた肉を頃合いを見てさっと上げると、皿の上に盛っていく。
「ほれ、人の姿になったんだ。地面に置いたものを食うんじゃなくて、ちゃんと箸を使って食え」
ディナードがそう言って箸を渡すが、ティルシアはうまく使えず、泣きそうな顔になってしまう。
見かねた彼は、
「おいレスティナ。そっちはもういい。というか、終わったか。それよりおもりをやってくれ」
「申し訳ありません」
「いいっての。火傷しないように気をつけろよ。寄生虫は人だけじゃなく、狐にも寄生するからな。死滅するまで熱したから、かなり熱くなってるはずだ」
レスティナがふーふーと冷ましてから、あーん、と口を開けたティルシアに食べさせる。
まずはヘビ肉からだ。ポリポリと音がするのは、小骨があるからだが、唐揚げにしているため、そこまで硬いこともないはずだ。
「どうだ、うまいか?」
ディナードが尋ねると、ティルシアは満面の笑みで頷きながら、はふはふと食べている。大きな金色尻尾はぶんぶんと揺れ動いていた。
それを見て彼もまた、つまみ食い。
熱々の唐揚げは、食感はやや硬い感じはするが、あっさりしていて臭みや癖もなく、食べやすい。
「ほう……なかなかうまいな。こりゃ、麦酒が欲しくなる。持ってくりゃよかったな」
熱々の油がうまみを引き立てているのだ。そこにキンキンに冷えた酒があれば最高なんだが、とディナードは思う。
それから鶏肉のほうも揚がってくる。これで料理が出揃うと、三人揃って食事を始める。
「さてさて、お味のほうはどうかね。適当にそこらで取ってきた木の実を砕いたもんを混ぜてみたんだが」
香りづけに衣に混ぜておいたのだ。
早速、コカトリスの唐揚げ(ニワトリ)を食べてみると、衣からジュッと音を立てて油がこぼれ出す。そして一気に口の中に香りが広がった。
「くぅ~! こりゃうめえ!」
モモ肉は柔らかく、ぷりぷりしている。弾ける音が聞こえるほどだ。
そして肉汁がドッと溢れ出し、食欲を刺激する。一つ、二つと思わず手が伸びてしまう。
上品な仕草で一つ一つ頬張っていたレスティナも、口の周りを少し汚しながら、夢中になってしまう。
そしてティルシアはもぐもぐとすっかり笑顔だ。
「ディナードさん、すごくおいしいです」
「そうだろう!? 俺はだからいつも言ってるんだ。魔物メシは最高だってな。だというのに、いまだに誰も賛同しちゃくれねえ。まったく、一度食っちまえば、やみつきになるんだがなあ」
しかし、そう思うのは、魔物を食う性質がある魔物の味覚に近いということでもある。
レスティナはそんなディナードを見ていて、やはり魔物なんではないかと思ったが、ここまでしてもらっておきながら、そんなことを聞くわけにはいかない。
その代わりに、身の代話の続きをすることにした。
「えっとですね。実は……私たちを追っているのは魔王の尖兵です。元々妖狐は少数しかおりませんでしたが、強い権限を持っていたため疎んじた魔王が退けるべく、争いが生じました。結果、私たちは敗北し、禍根を残さぬよう、今もなお追跡は続いております」
ディナードはこの話を聞きどう思うのか。
レスティナは不安に思って狐耳をぺたんと倒す一方で、彼の言葉を聞き逃すまいと狐耳を立ててみたりもする。
そんな揺れ動く彼女の耳を見ながらディナードは少し考えていた。
「その……黙っていて、すみませんでした」
「ん? いや、別にいいが。それにしても、向こうから食材がやってくるってことだよな」
「えっと、魔物が襲ってくるのは確かですが……」
「そりゃいいな。いちいち探しに行く手間が省ける。最近は人間と手を組む魔物も少なくねえ。というか、そうじゃない魔物は仕留められちまうことが増えた。魔物どもの領域に行けばあちこち魔物だらけなんだろうが、そっちにいっちまうと、ほかの食材が買えねえんだよな」
そんなことを言うディナードに、レスティナは困ってしまう。
けれど、ディナードはふと顔を上げると、こう告げるのだ。
「魔王か。一度食ってみたかったんだよな」
魔王とは、ほかの魔物を従えている強い魔物を指す言葉だ。それゆえに、魔王という種族があるわけではない。
しかし、ほかの個体とは違う、上位の種類であることが多い。となれば、味だって当然違うだろう。
肉がものすごく硬いかもしれないし、すごくジューシーな味わいがあるかもしれない。ディナードはその味を想像して、思わず涎が出そうになる。
「よし、取引と行こうじゃないか」
レスティナはゴクリ、と息を呑んだ。
ディナードの強さは尋常ではない。彼ならば、ティルシアを守ってくれるはずだ。
そんな打算的な思いがあったのは間違いない。けれど、だけれど、なんとなく、彼とのこんな破天荒な日々が続くのを期待してしまっている自分がいる。
レスティナはそのことに戸惑いながらも、ディナードの言葉を待った。そしてようやく、彼女に告げられる。
「俺はお前さんたちを守ってやる。その代わりお前さんたちは、俺が魔王を食えるように、逃げたりはしねえ。どうだ?」
すごく単純で、簡単な質問だ。
魔王のところに近づけば、魔王を食べられるかもしれないが、それは倒せたらの話だ。そうでなく、負けたなら逆に食われることになる。
だから彼はこう聞いているのだ。
命を預ける信頼に足るのか、と。
レスティナは頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
考えるよりも早く、行動していた。本来なら、もっと考えるべきだっただろう。どうかしている、と思わなくもない。
しかし、ティルシアは笑顔でいるし、これからもそうであってほしい。逃亡の末に手に入れたこのささやかな幸せが、もう少しでも続いてほしい。そう願ってしまうのだ。
ディナードはそんな彼女の残った悩みを吹き飛ばすように、明るい声音だった。
「よし、それじゃあ取引成立だ。冷めちまう前に、全部食っちまおう……って、もうなくなってる!?」
ティルシアはすっかり笑顔だ。二人が話しているうちに、フォークのように箸をぶっさして食べていたのか、すっかり口の周りは油でべとべとになっている。
小さな体でかなりの食いしん坊らしい。そんな彼女はディナードを見て、尻尾を元気に振りながら、
「おいし!」
と、舌っ足らずに笑うのだった。
ディナードは頬をかき、子守もそこまで悪くないかもしれない、と思うのだった。
お読みいただきありがとうございます。唐揚げの話でした。
カエルやヘビを生で食べた場合、マンソン裂頭条虫に感染する危険があるため、もし機会があれば、よく加熱してください。
今後ともよろしくお願いします。