17 ロック鳥の鶏ガラスープ
匂いにつられてあちこちを見回してみると、メシを食っている冒険者たちの姿がある。朝飯をここで済ませる者もいるが、いつもはそこまで多いわけでもない。
しかし、今日は繁盛しているように見える。
そんなところに受付嬢が話しかけてきた。
「ディナードさん。おはようございます」
「ああ、おはよう。この匂いは?」
「昨晩、どうせロック鳥が王都に持っていかれて燃料にされるなら、その前にダシを取ってしまえという方々がおりまして、その鶏ガラスープを持ってきた冒険者がここで商売を始めたんですよ」
どうやら、冒険者ギルドの厨房を借りて、あるいは元々料理人がいるところに鶏ガラスープだけを持ってきて売ることで協力して、このような仕事を始めたのだろう。
冒険者ギルドも一日くらいのことで集客効果もあるからと、室内が匂うのも気にしていないようだ。
皆、逞しいものである。
「早速、報酬の話をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。構わない」
「では、こちらではなんですから、別室にご案内します」
受付嬢が案内し始めるので、ディナードは見回すが、ティルシアとゴブシがいない。ふと見れば、スープなどを販売しているところで二人してメニューを眺めていた。ディナードたちの話が退屈だったのだろう。
「……すまないが、お腹を空かしているらしい。先に食事にしてもらうことは可能か?」
「ディナードさん、私が面倒を見ていますので、お話を――」
「お二方に聞いていただきたいことがございますので、できれば来ていただきたく存じます。もしよろしければ別室にて料理をお出ししますが、いかがでしょうか」
「そりゃ助かる」
人によっては暇をもてあましているが、忙しい者も少なくない冒険者に配慮した形だ。もちろん、ディナードは前者である。
その実力ゆえに舞い込む依頼を結構断っているのだ。面倒事は受けなくていいのも、冒険者の魅力かもしれない。
そうして朝食がサービスということになると、ゴブシはあれこれと注文し始める。
元々ディナードがロック鳥を倒したのだが、さすがに遠慮くらいはするものだ。が、そんな価値観はゴブリンにはないのだろう。
受付嬢は苦笑いを堪えながら、彼らを案内する。ディナードはまだメニューを指さしていたゴブシを拾い上げて、部屋に向かった。
「ディナードさん。まずは報酬についてお話させていただきます。金額はこちらです」
提示された額は、思っていた以上に多かった。
なにか増額されるような理由があったかと考えていると、女性が続ける。
「こちらには魔物の分が含まれておりますが、問題ございませんか?」
「ああ、そういうことか。問題ないぞ」
普段は一人分の支払いだが、妖狐がいるということでお給料が上がったのだ。そこでディナードは明細を見て、ゴブリンの項目に視線を落として苦笑した。
(一番食うやつが、一番安いとはな。ま、多少は生活費の足しになるか)
ゴブリンなんぞいてもいなくても変わらない。それが共通認識だった。
「そうだ。このゴブリン、進化したんだ。ゴブリンリーダーで登録し直しておいてくれ」
「かしこまりました」
どちらにしても、たいした変化もないが、情報を更新しておくに越したことはない。
それからいよいよ、本題に入る。
「このロック鳥の事件のみならず、魔物が南にやってくる事件が増えています」
「なるほど……ずずっ」
ディナードはやってきた鶏ガラの野菜スープをすする。野菜だけで薄味に感じられるかと思いきや、さっぱりとした鶏の風味の奥に、濃厚なうま味を秘めたコクが潜んでいる。
見た目には野菜しかない。けれど、そこには確かに鳥があるのだ。肉の香りが野菜の味を引っ張っている。
「どうやら、北にある魔物の領域からあぶれた魔物が南にやってきていると推測されています」
「なるほどな。それで南寄りのハースト王国まで魔物が来ているってわけか。はふはふ」
つみれを口にすると、ふわふわとした食感に熱々のスープが絡みついており、とろけるように味が広がっていく。
「ふう、こりゃあ、あったまるな」
ティルシアは取り分けられたスープをちょこんと持って、ふーふーと冷ましている。ちょっと熱かったようだ。
そしてゴブシは勢いよく呑んで、
「ゴブッ!?」
あまりの熱さに飛び跳ねた。
「……おほん、話の続きですが……さらにロック鳥がいたところの北――ヴァーヴ王国の森においても、魔物が騒々しくなっている模様。レスティナさんはなにかご存じありませんか?」
話を振られたレスティナは、野菜を咥えてるところだった。それをゆっくり呑み込むと、おいしそうにしていたが、表情を改める。
「その土地では、新たな魔王が統治を行おうと領地を広げつつあります。そのため、魔物間のバランスが崩れたのでしょう」
自身のことは語らずに、そう端的に告げた。
さすがに調査では魔物たちの住処の話までは調べようもなかったらしく、メモを取っていた。
「では、その魔王の影響を受けているということですね」
「はい。ヴァーヴ王国のほうで動いてはいないのですか?」
「今のところは。ですが、そのような状況でしたら、捜査が入るでしょうね」
このような状況となれば、さすがに無視するわけにはいかない。
そうなれば、レスティナたち逃げた妖狐に対しても人は敵対など、なんらかの形で関わってくることになる。
だから彼女としてもどうすべきなのか考えていた。
けれど、考えてもそうあっさりと解決する問題ではない。ティルシアさえも雰囲気を察して、狐耳を大きく見せるように立てながら聞き漏らすまいとしている。
彼女にも、狐たちの知り合いがいたはずだ。たったの二頭だけで人のところにやってきたのだから、寂しくないわけがない。
「ずずっ。ゴブブッ。フー、ゴブー……」
大きく息を吐くゴブリン。いつの間にか、鍋の中身が空になっている。
「お前、ずっと食ってたのかよ」
緊張感のまったくないゴブシに呆れた視線が集中する。けれど、ディナードはそれくらいでいいいかもしれないとも思うのだ。
「俺たちはその魔王を食いに行く予定だ。ヴァーヴ王国の冒険者ギルドに連絡は取れるか?」
「もちろんです。では、そちらでディナードさんが活動できるように進めておきますね。また、なにかある場合は、依頼を出すことになるかもしれません」
「依頼は食える魔物で頼む」
そう言ってディナードは笑う。
彼は南寄りの土地で生活していたため、このハースト王国を出て北のヴァーヴ王国に向かうのは久しぶりだ。
けれど、そこまで距離があるわけでもなく、気候などが大きく変わるわけではない。
ディナードは残ったスープを飲み干すと、受付嬢に告げる。
「そうだ。あの荷物持ちたちへの支払い、少し増やしておいてくれ」
「かしこまりました」
報酬の一部を渡しておく。これでもう、この都市ですべきこともないはずだ。宿を引き払えば、心残りもない。
満腹になったゴブシがすっかり元気になって起き上がり、ティルシアがとことことやってくる。人化していても歩くくらいはできるようになったのだ。
「よーし、戻るぞ、ティルシア」
「おー!」
ティルシアが片手を上げて元気に返事する。それからちょっと心配そうにするレスティナにディナードはつけ加える。
「ヴァーヴ王国でもうまいもんが食えるといいな」
「……そうですね。楽しみにしています」
「任せてくれ」
ディナードは頼もしく答えると、その辺りの話は終わりになる。あとはのんびりと北に向かえばいい。
そちらで魔物関連の問題に首を突っ込んでいけば、いずれレスティナたちの問題にも行き当たるだろう。
彼らは宿に戻り、出立の準備を済ませる。
ようやく慣れてきた、この一人で生活するには広く、四人で暮らすには狭い宿ともお別れだ。
「主人、世話になったな」
「とんでもございません。またお越しくださいませ」
「魔物が飛んでくりゃ、俺もそいつを食いにくるさ。それじゃあ」
ディナードは宿を出ると、皆の様子を確認する。ガッツリ荷物を背負ったディナードや、これまで以上の力が出せるようになって荷物を抱えたゴブシとは対照的に、ティルシアは軽いものを首からぶら下げたり、小さな袋を持っていたりする。実に子供らしい姿だ。
今はおんぶしてもらわなくても歩けるようになったのだから、成長したとも言えよう。
そして綺麗な装いのレスティナが、ディナードに告げる。
「もうそろそろ、馬車の時間ですね」
「少し急ぐか」
ディナードは足を速めると、ぱたぱたと小走りになるティルシアを眺めた。
そうして都市を出ると、出発を前にした馬車が待っていた。
「今日は世話になる」
軽く挨拶をしてから、乗り込んで荷物を置く。これはどちらかと言えば荷運び用のものだから、あれこれとものが詰め込まれており、荷台の中は狭い。
けれど、そんなのもたまには悪くない。
すぐ近くのティルシアの笑顔もよく見える。
「さて、次は北の街か」
「途中で小さな街がいくつかありますね」
「ゆっくり行けばいいさ。焦ることもない」
北に向かって馬車は動き出す。人と魔物を乗せながら。
ガタゴトと揺られながら、彼らは北のヴァーヴ王国へと向かうのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
これでロック鳥編は完結です。次話から、舞台は別の土地へ。
これからもおいしいものを求めて旅は続きます。
今後ともよろしくお願いします。




