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16 お疲れ子狐と気になる親狐



 帰り道、兵たちはキリリと表情を引き締めつつも、どこか浮かれ気味である。そして飛び交う会話は、


「ロック鳥の肉、あんなにうまいと、普通の肉なんて食えなくなるな」

「馬鹿、お前の給料じゃ買えねえよ」

「くそ、出世してやらあ!」


 そんな呑気なものだ。


 一方で、ディナードは森の中に鋭い視線を向けており、レスティナも狐耳をぴょこぴょこと動かしている。


「追っ手がいるのか?」


 彼が尋ねると、レスティナはぴょんと跳び上がって人化する。そんなところを何度も見ているため、彼も慣れてきていた。


「おそらく」


 ロック鳥との戦いが終わった帰り道、それも食後とあって、気が緩んでいるはずだ。狙うなら今だが、戦うとなればディナードがなによりの問題となる。そして彼は食後でも普段通りに勘を働かせていた。


 ベテラン冒険者ともなれば、危険な状況を何度も乗り切ってきている。隙なんてそうそう見せやしない。


 だからなのだろう、襲ってくる魔物の姿はなかった。


「ふむ……手を出してくる気配はねえな。今はメシを食ったばかりだ。あとにしてくれるなら、それに越したことはない」

「もう、ディナードさんは緊張感がないですね」

「ゴブシほどじゃねえよ」


 そのゴブリンは鼻提灯を浮かべている有様だ。ティルシアは先ほどまで、とことこ歩いていって、ときおりゴブシをつついてじゃれていたのだが、今は兵たちの格好が気になるらしく、そちらに意識が向いていた。


 だからディナードはレスティナとこのような話をしていたのだが、ティルシアが戻ってくると、何事もなかったかのように振る舞う。


「ティルシア。今度は鎧でも身につけてみるか?」


 聞かれて彼女は尻尾を振りながら頷く。


「ディナードさん、ティルシアが潰れてしまいますよ」

「冗談だ。もうちょっと大きくなったらな」


 そう言いつつも、ディナードは妖狐がどれくらいで成長するかなど、わかっていなかった。そのうち聞いてみればいいか、などと考える。これから時間もたくさんあるだろう。


 不満げに鳴くティルシアを撫でると、彼女もそれで大人しくなった。


 それから一行は都市に戻っていく。

 道中は何事もなく平穏なものだった。


 半日ほど歩き続けると、都市が見えてくる。この頃になるとすでに日はほとんど沈んでいた。


 元々、ロック鳥との戦いが長引く予定で、どこかで野営して翌日に戻ってくると想定していたのだが、ディナードがあまりにも早く仕留めてしまったから、日帰りができたのだ。


 ティルシアはすでに眠くなっているのか、うとうとしている。

 ディナードはそんな彼女をひょいを抱きかかえる。もはや森を抜けたため、警戒する必要もさほどないのだ。どこかから攻めてくるのであれば、すぐに見つけられる。


「こゃー」


 ティルシアが腕の中で鳴き、くるりと丸くなる。

 ふかふかの尻尾をぎゅっと抱きかかえている姿は実に愛らしい。


 レスティナが遠慮するような視線を向けてくると、ディナードはティルシアを撫でてみせた。


 それから都市に到着すると、レスティナは人化して、先ほどまで狐の姿であったとは思えない佇まいを見せる。


 そんな二人のところに兵の一人がやってくる。


「ディナード殿。すでにロック鳥討伐の連絡は済ませておりますので、冒険者ギルドに帰還のご報告をしていただければと存じます」

「ああ。そりゃ助かる。なんせ、うちにはすでに眠っているちっちゃいのがいるものでな」


 ディナードは腕の中のレスティナを見せて笑う。

 そんな子狐を抱いた中年は兵たちとは別れて、ほかの少数の冒険者たちとともに冒険者ギルドに向かっていく。


 街中はすでに人々が減り始めて静まりつつある。これから家々に戻って、団欒の時間を取るのだろう。


 それに暗くなっているから、子狐を抱きかかえていてもさほど目立ちはしない。

 だからディナードは呑気に歩いていく。


 やがて冒険者ギルドに入ると、そこには酒を飲んで騒いでいる者たちで賑わっている。ティルシアは眠たげに目を開けるが、ディナードが撫でていると、再び眠り始めた。


 彼はカウンターに行き、連絡を済ませる。


「ロック鳥の討伐を終わらせてきた」

「はい。確認しております。報酬に関しましては、後日の支払いとなります」

「ああ、頼む」


 ディナードも今日は細かい手続きを行う気分でもなかったので、帰ることにした。

 ここで荷物持ちの冒険者とはお別れになる。だが、今はディナードがティルシアを抱えているため、宿から持ってきた荷物を抱えるのは難しい。そして荷運びのはずのゴブシが荷物になっているのもある。役に立たないゴブリンだ。


「宿までお持ちしますよ」

「……いいのか?」

「ええ、もちろんです」


 あとで報酬を弾んでやろうと思うディナードは彼らとともに宿に戻るのであった。

 部屋に入ると、一息つく間もなく寝るための準備を済ませると、ティルシアをベッドに横たえ、袋に入ったままのゴブシを籠に入れる。毛布代わりになるからこのままでいいだろう。


 そしてディナードは包丁や鍋などの手入れを行う。


「……まだ寝ないのですか?」


 レスティナがやってきて、そう尋ねた。


「やることやったら寝るさ」


 真剣なディナードの横顔を見ていたレスティナは、もう少しだけ夜更かしをすることにした。


「大切なものなんですね」

「そうでもないさ。料理人ならば包丁をご丁寧に扱うのかもしれないが、生憎とこいつは魔物を切るためのものだ。それでも刃こぼれ一つ起こさない立派なもんの扱いにしちゃ、雑すぎるくらいだな」

「……そうですか」


 レスティナが狐耳を動かし、考えているようだったので、ディナードは補足した。


「包丁はメシを作る道具に過ぎない。そしてメシができあがって、それを食ったもんが満足してようやく完成するんだ。うまいメシを作るのに立派な調理器具があるに越したことはないが、それに魂を込めるのは鍛冶職人さ。まして俺は料理人ですらない、ただの冒険者だからな」

「ですが、魔物を食材にしてしまうのは、冒険者のディナードさんにしかできないことですよ」

「そりゃどうも。お前さんたちも同じことだ。遠慮なんざいらねえ。一緒にメシを食って楽しむのは、ほかの誰か代わりがいることじゃないんだから。お前さんにしかできないことだ」


 レスティナがなにかと遠慮していることを気にかけていたのだろう。ディナードはそう告げる。


 お互いに聞きたいことはたくさんあっただろう。けれどディナードもレスティナも、過去のことにはあまり触れようとはしなかった。踏み込む勇気がなかったとも言える。


 だからほんの少しだけ、この時間をゆっくりと共有するのだ。


 それからディナードは彼女の返答を待たずに、包丁と鍋の手入れを終えて立ち上がった。


「寝不足すると、せっかくの美人が台無しになっちまうぞ」

「はい。ディナードさんも、せっかくの色男が胡散臭くなってしまいます」

「お、言うようになったな。……身嗜みに気をつけたほうがいいか?」


 ディナードは気にする仕草をすると、レスティナが微笑む。「冗談ですよ」と。


 そして二人は相変わらず大きなベッドに入り、一晩をともにする。明日もうまいものが食えるといい、などと思っているうちにうとうとし、夜は更けていった。


 翌日、すっきりした顔のゴブシとティルシアが朝早くから目を覚ますと、眠たげなディナードとレスティナは欠伸をしながらも起こされるのだった。


 そうして起きたディナードはゴブシを眺める。


(……なんかでかくなってないか?)


 確かに昨日、ゴブシは食いまくって腹をぽっこり膨らませていた。だがしかし、今はそれとは比べものにならない。頭一つ分以上身長が伸びて、がたいもよくなっている。


「進化したのでしょうか?」

「なるほど。魔物ばっかり食っていたせいか。ということは、一つ上位のゴブリンリーダーってところだな。……食事量増えるんじゃないか? まいったな。これじゃあ連れていけねえぞ」


 あまりメシを食うようであれば、野性に帰すしかない。一度飼ったからには責任を持って育てるとかいう話ではないのだ。まさか進化するとも思っていなかった。これを予想しろというのは少々酷である。


 大量に食うと人の生活とはかけ離れてしまう。そしてでかいゴブリンを街中に入れるのも難しい。


 ディナードが悩んでいると、ゴブシが慌て始める。そして力んだかと思いきや、今度は空気が抜けていくかのようにしぼんでいく。やがて、元通りの大きさに戻った。


「ゴブッ! ゴブッ!」


 慌てて弁明するゴブリン。


「……小さくなる魔法か。こいつ、器用だな」


 おそらくは元々持っていた魔法ではない。そんな早く魔法を習得するとは、信じられない才能だ。いや、それを成させるほどの食への欲求とでも言うべきか。


 ティルシアはとことこ歩いていくと前足で、ゴブシを引っ張ったり押し潰したりしてみる。それに合わせてゴブシは大きくなったり小さくなったり。


 ゴブシなりに子守でもしているのだろう。どちらかと言えばおもちゃに近いが。


「……少し早いが、冒険者ギルドに行ってみるか」


 ゴブシとティルシアは元気いっぱいで、じっとしていられないようだったから。


 そうして早朝から外に出ると、まだ気温もそこまで上がっておらず、身が引き締まる。

 今日の朝食はどうしようかと思って冒険者ギルドに入ったディナードのところに、食欲をそそられる匂いが漂ってきた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

ゴブリンを野に放つのはいいのですが、ペットを放つのはおやめください。


外来種のペットによる問題としては、アライグマなどがありますね。こちらは日本のたぬきよりも強く、たぬきのテリトリーを荒らしているそうです。

そしてアライグマには発症すると致死率100%の狂犬病や、神経症状を引き起こすアライグマ回虫を持つ可能性があります。

ともに日本での感染は確認されていませんが、犬の狂犬病ワクチンの摂取率が近年低下しており、登録されている犬だけでも感染が広がらないようにするにはギリギリの値だそうで、未登録の犬を含めるとヤバいのではないか、との話もされています。


ゴブシはクリーンですので、触っても問題ありません。

今後ともよろしくお願いします。

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