15 ロック鳥の親子丼とローストチキン 後編
ロック鳥の雛鳥のローストチキンは、かじりついた瞬間にほかとは違うことが明らかになる。
まず、表面の皮がパリパリしていて触感が食事を楽しませる。そして皮が砕けると、今度はぷりっとした肉。
そして柔らかい肉を噛んだ瞬間、溢れ出る肉汁が、凝縮された鳥のうまみを余すことなく表現する。
「んー、おいし!」
ティルシアは尻尾をぶんぶんと振りながら、大喜びだ。ゴブシなんかはすさまじい勢いでかじりつき、すっかり口周りを汚していて、すでに涎なのか肉汁なのかもわからないような有様になっている。
レスティナも今はお上品な仕草でなく、かじりついて嬉しそうにしている。
「とても柔らかいです!」
「ああ。それなのにボロボロにならず、ぷりっとした弾力がある」
「それに、味もおいしいです」
「塩胡椒のほかには木の実くらいしか入れていないが、余計なものを入れなくて正解だったな。このうまい肉汁を台無しにしてしまうところだった」
臭みを消すようなものを入れていたら、せっかくのロック鳥の極上のうまみまで隠してしまっていたかもしれない。
この簡素な、素材の味を引き立たせるだけの調味料だからこそだ。
ディナードはそれからサラダを口にする。
こちらはそこらで採った山菜だから野性味溢れているのだが、ササミを加えただけで柔らかくしっとりとして、口当たりがよくなっている。ササミは脂が少なく茹でているのもあって、あっさりしているのにしっかりした味がうまく山菜に合っていた。
「こっちは爽やかな味だな」
「口直しにいいですね。鶏肉には肉汁も多いですし」
「ああ。さて、親子丼のお味はどうか」
とうとう、お待ちかねの親子丼だ。
箸を入れると、とろとろの卵にすっと入り込んでいく。それからやや硬めに炊いたご飯をすくい上げる。
そうしてパクリ。
ふわふわの卵がとろけて、ご飯に絡みつく。適度な硬さになっているためべたべたせず、絶妙な具合だ。
そして口の中に香りが広がる。
まずは独特な三つ葉の香り。質がいいものでなければ、このような風味にはならない。そこに格段に違いが出るのだ。
それから割り下ににじみ出た白菜の甘みと椎茸の個性的な味わい。これらは親子丼に必須のものではないが、味が単調になるのを防いでいる。
そしてなにより、シャキシャキした白菜の食感に、心地よい椎茸の弾力が舌を楽しませる。
続いてロック鳥の鶏肉を噛むと、濃厚なコクが広がる。これほどまでに食欲をそそる味は、そこらの鳥では生み出せない。
「……こりゃうまい!」
王宮でも食べられるというロック鳥の肉と卵を贅沢に使っているのだ。おいしくないはずがない。しかも取れたて新鮮である。
「卵がふわっふわですね!」
レスティナが尻尾を振りながら、嬉しげに同意する。そしてティルシアも
「たまご、うま!」
と喜んでいる。
彼女はそれしか言わないが、味をわかっていないわけではない。食べるものが変わればころころと表情も変わるのだ。
そのうち、もっと表現が増えることだろう。
ディナードはそんな姿を見ていると、タマネギを抜いて正解だったな、と思うのだ。なんとか食べられるものではなく、おいしく食べたいものを作りたい。そんな思いは実ったのだ。
よかったな、と思う彼は、すぐ隣でがつがつと食べているゴブシを見る。こちらは顔中が肉汁でべたべたになっており、すでにローストチキンと親子丼を食べ終えて、いつの間にか串焼きを頬張っている。
「ゴブー!」
幸せそうな顔をするゴブシ。頬が落ちるというのを体現している。
「セセリか。そりゃうまそうだ」
セセリは首の剥き身で一頭からわずかしか取れない部位だが、ロック鳥は大きさがあるため、それなりに取れる。
しかしゴブシはそんなディナードの台詞を聞くなり、さっと串を頬張り、セセリを口の中に詰め込んでしまう。なんと欲張りゴブリンか。
そのゴブシは焦ったせいか、喉を詰まらせてゴブゴブとむせていた。
「まったく、こいつは……」
そんなやり取りをしていると、兵士たちがやってきた。
「こちらで焼いた串焼きです。もし親子丼が余っているようでしたら、交換していただけませんか?」
「ああ、それがいいな。ティルシアもいろんなもんを食ったほうがいい」
「ありがとうございます。では、いただきますね」
そうして串焼きを受け取ると、ディナードは笑顔のティルシアの口元に持っていく。
「串だから喉に刺さらないように気をつけるんだぞ」
ティルシアはこくこくと頷くと、大きく口を開けてパクリ。
「ん~!」
尻尾が激しく揺れ動く。これまでの肉とは違う味に、ティルシアはまだまだ食べられそうだ。
そこでディナードは、忘れていたものを思い出した。荷物持ちのもう一人に持たせていたものだ。
「前は持ってきてなかったからな」
そんなことを言いながら取り出したのは、麦酒である。元々焼き鳥にするつもりがなかったが、兵たちが作ったものがある。
この焼き鳥とは相性が抜群なのだ。ここで呑まない手はない。
こんなものまで持ってきているのかと呆れる兵たちの視線を浴びつつ、ディナードはさらに魔法で麦酒を冷やしていく。
そんな魔法まで使えるのかと兵たちはますます驚くのだが、ディナードは冷えた瓶を見つつ我慢するのが大変で、そんな視線など気にしていられなかった。
ディナードはティルシアの面倒を見つつ、自身もセセリを口にする。
こちらは脂身が多く、弾力もあって噛むほどに肉汁が溢れ出して、口の中が肉汁で飛び跳ねる。
「癖になるな、こいつは」
言いつつ、彼は麦酒を煽る。口の中がすっきりして、いっそう食欲がかき立てられる。
ティルシアは麦酒が気になるのか、そちらに顔を近づけてみるが、ディナードはひょいとそれを遠ざける。
「こいつは大人になってからな。それよりも、今はもっと食うべきもんがあるさ」
ディナードはあれこれと焼き鳥のいろんな部位をティルシアに与えていく。彼女はそのたびに笑顔になるのだから、見ているだけでも楽しい気分になってくる。この子狐もなかなかに食いしん坊なのだ。
「あの、ディナードさん。本当にありがとうございます」
「ああ。お前さんもこの機会にたっぷり食っておくといい。ロック鳥の肉は、もう長く食えなくなるだろうからな」
「……ディナードさんといると、そんな機会がすぐに巡ってくるような気がしてしまいますね」
レスティナが微笑むと、ディナードも笑った。
「俺がどんなに求めても、そこに魔物がいなけりゃ食えねえさ」
と。
そうして賑やかに食事をしていた一行は、満腹になる者が出てくると、次第に落ち着いた雰囲気になってくる。いや、ロック鳥の討伐の疲れが今になってやってきたとでも言うべきか。
中には寝ころがっている者もいるというのに、食いしん坊ゴブリンはまだまだ食べ続けていた。
「どんだけ食うつもりなんだこいつは……」
そこまで体が大きいわけでもないのに、ディナードよりもずっとたくさん食べている。しかし、メシを余すよりはずっといい。
そうしてロック鳥の料理は減っていき、やがて片づけの時間がやってくる。
ディナードはこちらでできることだけをさらっと行って、あとは街に持ち帰ってから処理することにした。
お腹が空くのは生物ゆえに仕方がなく、そのときどきでなんとかしなければならないが、鍋を洗うのは多少遅れたところで大きな影響はない。
「さあて、帰るか。ギルドに報告しないといけねえ」
ディナードが荷物を持つと、兵たちはすでに待機していた。
元々、メシを食いに来たわけではない彼らは、しっかりと武装しており、一仕事終えた立派な姿に見える。けれど、そんな彼らがげっぷをすれば、ロック鳥の肉の匂いがすることだろう。
レスティナとティルシアは妖狐の姿になって、ディナードのところにやってくる。ふわふわの狐の頭を撫でてから、ディナードは歩き始めた。
が、そこでふとなにか足りないことに思い至る。
(そういえば、ゴブシはどこだ?)
探してみると、荷物持ちが抱えている袋――出発前に米を入れていたもの――の中から頭を出している小鬼の頭があった。
かなり具合が悪そうに見えるが、ただの食べすぎだろう。
ろくでもない食いしん坊ゴブリンだ。それにしても、荷物扱いされることに抵抗はないのだろうか。
けれどディナードは気持ちを切り替えて、妖狐の二頭と一緒に歩いていく。
今日の昼食は、おいしくいただけたな、と振り返りながら。
いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて当初の目的を達成しました。
ビールは痛風になるからよくない、と言われていますが、アルコール自体にも尿酸値を上げる作用があります。やはりお酒はほどほどに、ですね。上手に付き合っていきたいものです。
今後ともよろしくお願いします。




