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13 ロック鳥討伐


 百名の武装した兵たちがぞろぞろと北の森を進んでいく中、ディナードは草木をごそごそと漁っていた。


「お、あったあった」


 そう言いながらナイフを用いて採取したのは、三つ葉である。

 せっせと採取していると、ゴブシとティルシアもやってきて手伝ってくれる。


「株元を残して切り取り、虫が食っていないような綺麗なものを集めてくれ。うまいのはまず、いい香りがするやつだ」


 三つ葉は独特の匂いがあり、苦手な人もいるが、慣れてしまえば癖になる。アクセントとして添えるには絶好だ。


「それから葉っぱが鮮やかで、瑞々しいといい。黄色くなっているやつはだめだな」


 そう告げると、人化したティルシアは三つ葉を見比べては尻尾をぱたぱたと動かし、匂いを嗅いでは狐耳を立てる。そんな楽しげな様子でプチプチと三つ葉を集めてくれる。けれど、やはり人の姿に慣れていないのか危なっかしい。


「気をつけろよ、手を切らないようにな」

「ゴブッ!?」


 言ったそばから、ゴブがナイフで指を切ってしまったようだ。ディナードは魔法で水を生み出し、傷口を洗ってやる。


 ゴブシが早速やらかしたこともあって、ティルシアも怪我するのではないかと落ち着かないディナードである。世の父親というものは、かくも不安が尽きないものなのかと悩むくらいだ。


 そんな彼のところに、兵たちがやってくると、驚き呆れる。「あった」と言うから、ロック鳥の手がかりでも見つかったのかと思いきや、野草を集めているのだから。


 しかも、魔物食いというご大層なあだ名の冒険者は、狐の子供の面倒に手こずっている。彼らのディナードに対する印象はすっかり変わってしまったことだろう。


 そうしてディナードは収穫した三つ葉を、小さな容器に入れておく。

 三つ葉は傷みやすいので、今日使うために収穫したものだ。


 その容器をティルシアが首から下げている袋に入れる。重いわけでもないため、彼女でも問題なく持ち運べるのだ。


 彼らが三つ葉に夢中になっていると、レスティナが鳴くのが聞こえる。


「さてと、そろそろ移動の続きだ」


 彼女のところまで行くと、ディナードは兵たちに交じって進み始めた。

 そうして歩いている間は、レスティナとティルシアも妖狐の姿になっている。そちらが本来の姿なのだから、そのほうが楽なのだろう。


 レスティナもそこまで強くない魔物相手なら、踏み潰して倒すことくらいはできるらしい。とはいえ、ロック鳥を引きずり倒すのはさすがに難しいだろう。


 そうして進んでいった一行がたっぷりの木の実で袋を重くした頃、森の向こうに小高くなった地形を見つけた。


 岩山になっているため、あまり植物は生えていない。目を凝らしてみれば、頂上近くに大きな鳥の巣があり、その形は飛び立ちやすいように皿形になっている。


「なるほどなあ。たしかにロック鳥の巨体では、木の上になんて留まれやしない。あれだけ高いところにあれば、獣がやってくることもないな。しかし……ゴブシ、お前どうやってあんなところまで行ったんだ?」


 たかがゴブリンが行けるのかと言えば、疑問が残る。

 その問いにゴブシはよくぞ聞いてくれたとでも言いたげに胸を張り、縄を昇るような仕草をしてみる。どうやら、登山家が使っていたルートがあるらしい。


 危険を冒してまで食いたいのか、と思う彼であったが、彼自身も似たようなものなので追求することもやめた。


「さてと、ロック鳥の姿が見えないようだが……今のうちに、卵を回収しちまうか」


 地上からでは全貌は明らかになっていないが、幸いにも、まだほとんどの卵は孵っていない。


 ディナードが告げると、兵の一人が尋ねてきた。


「登っている最中に襲われた場合、対処が難しくなるのではありませんか?」

「まあ、そうだな。俺とゴブシで行くからいいさ。元々その予定だ」


 彼は持ってきた大きな袋をレスティナから受け取ると、ゴブシをその中に入れた。すっぽりと入って、頭だけを袋から出しているゴブシ。なかなか居心地は悪くないようだ。手も足も出ない状況なのだが。


「さてと、それじゃあ、行ってくる。すぐ戻るから、ロック鳥を警戒していてくれ」


 ディナードは宣言するなり駆け出した。あっという間に岩場に辿り着くと、ゴブシの案内に従って進んでいく。


 が、このゴブリン。ときおり道を間違える。

 そしてディナードもゴブシの表現を読み違えることもあった。


 だから引き返したりするため予想外に時間がかかるも、岩の上を軽々と飛び移り、ロープをするすると登り、常人では考えられない速度で進んでいった。


 そうしていよいよ、ロック鳥の巣に到達する。そこには一頭の雛がいた。おそらくは畑を荒らしたと思しき個体だ。


 ディナードは背にした包丁をすらりと抜く。


「人に仇成す魔物よ。弁明があるならここで聞こう。さもなくば、ローストチキンになるといい」


 彼の宣言に対して、ロック鳥の雛鳥が警戒気味にうろうろする。しかし、助けを求めたところで親鳥がやってくるわけではない。


 そして畑を食い荒らした暴れん坊は、ディナードをも食らう勢いで飛びかかってきた。逃げるという選択はなかったらしい。


 彼の背中でゴブシが大慌てするが、手も足も出ない。その隙にディナードは飛び込むと包丁を一閃。


 次の瞬間には雛鳥の頭が落ちていた。


「よし、まずはローストチキンを手に入れたぞ」


 こちらはまだ雛鳥なので、丸焼きにできるサイズなのだ。これ以上になると、さすがにバラさなければしっかり熱が通らない。


 ディナードは袋に入っていたゴブシを取り出して、その代わりにロック鳥の卵を入れていく。それら全部を入れ終えて、雛鳥を抱えてさあ帰ろうかと思ったところで、まっすぐに飛んでくる存在が目に留まった。


 ロック鳥の親鳥だ。


「クゥェエエエエ!」


 遠くからでも聞こえる激しい鳴き声。卵を取り返そうと躍起になっているのだ。


「いよいよ敵さんのお出ましだ。が、ここじゃあ足場が悪い。ゴブシ、俺の背に掴まっていろ。死にたくなけりゃ絶対に離すなよ」


 ゴブシは言われると、首を傾げつつも縋りつくように彼の背に飛び乗った。

 途端、ディナードは勢いよく崖から飛び降りた。


「ゴブゥウウウウウウ!?」


 ゴブシの絶叫が上がる。まさかこのような自殺行為に至るなどと思ってもいなかったのだろう。


 しかし、ディナードは涼しげな顔で魔法を発動させると、風が彼の体を押し上げて、落下による加速を和らげていく。


 そしてところどころの岩を足場に着地して、落ちるかのような速度で岩山を下る。

 地面に到着するのはあっという間だった。


 そうして戻ってきた彼のところに、レスティナがやってくる。


「卵を頼む。くれぐれも割らないようにな」


 卵を狙ってロック鳥は襲いかかろうとしているのだ。それはなかば囮みたいなものである。しかし、レスティナはその袋を受け取ると、守ってみせると強く頷くのだ。


 そしてゴブシも任せろという仕草をする。こちらはすでに涎が見えているため、実に締まらない。


 ティルシアが大丈夫かと心配するように鳴くので、ディナードはその頭を撫でる。


「昼食は親子丼だ。楽しみにしてくれよ?」


 兵たちが大慌てで弓に矢をつがえ、槍を構える中、ゆったりと彼は歩いていく。

 そしてロック鳥がいよいよ、兵の集団目がけて降下してくる。


「射かけろ!」


 号令とともに、ロック鳥目がけて矢が放たれる。

 だが、それが届く前に大きな翼が羽ばたくと、生じた風がすべてを払っていった。風の魔法だ。


 そして勢いを落とすことなく突っ込んできたロック鳥は、その巨体で兵たちを蹴飛ばしていく。


 咄嗟に盾で防いだ兵たちであったが、大きく突き飛ばされると、地面を転がっていく。彼らの奮戦虚しく、ロック鳥は卵へと向かってくる。


 その前に立ちはだかるのは、たった一人の男だ。


「さあ、今度こそ親子丼にしてやる!」


 ディナードは巨大な包丁を構えると、自ら飛び込み、ぶん回した。

 それを見るなり、ロック鳥は咄嗟に浮上しようとする。だが、それも間に合わず包丁は胸を切り裂いた。


「ちっ……変なところを切っちまった」


 ダメージを与えたのに喜ぶこともせず、ディナードは再び敵を見据える。

 相手も警戒してしまったため、あのように迂闊に飛び込んでくることはないだろう。


 案の定、遠方から風の魔法に乗せて羽を飛ばしてくる。彼はそれを鍋で受け流しつつ、どうしたものかと考える。


 さすがに彼も空中戦の挑めるほど風の魔法に長けているわけではない。

 そうしていると、卵を持ったレスティナたちが駆け寄ってくる。


「なんで――」

「これで敵は攻撃できなくなります!」

「……ったく、守ってくれと言いながら、大胆なことするじゃねえか!」


 ロック鳥は卵が移動したと見るなり、羽による攻撃をやめて直接襲いかかろうとする。レスティナは狙われているにもかかわらず、不安を感じることはなかった。


 ディナードは信頼がおける男だ。

 魔王を食べに行く代わりに、守ってくれると言ったのだ。だから、約束は果たされるはず。


 彼はロック鳥を見据えると、包丁を振り回すのをやめて片手で持ち、思い切り飛び込んだ。

 敵の鋭いくちばしが襲いかかってくるのに対し、姿勢を低くすることでかいくぐる。そして空いている手でロック鳥の足を掴み、力任せに引っ張る。


 卵を取り返そうと向かっていたくちばしは、それを守るように立っているゴブシ目がけて進んでいく。


「ゴブッ!」


 守ると言いながらも、もうだめだと目をつぶったゴブシであったが、突き刺されるような衝撃は来ない。眼前でぴたりとくちばしは止まっていた。


「さあ、捕まえたぞ。捌いてやる」


 ディナードは自分の何倍もの大きさがあるロック鳥を振り回して動けなくし、素早く飛び込むとともに包丁を振るった。


 大きさの都合上、一太刀では仕留められない。だからもう一度切り裂くのだ。


 二度刃が切り裂くと、ロック鳥の頭は首の骨を残して肉が断たれていた。

 やつは慌てて逃げようとするも、その衝撃で首が外れて、頭のなくなった胴体がバタバタと転がり回る。


 その大きさのせいで、見境なく暴れるだけであちこちの木々をへし折り、兵士たちを飛ばしていく。


 そんな状況であったが、やがてロック鳥は動かなくなる。ディナードは血が抜けるよう、頭のほうを下にしておく。


「や、やったぞ!」

「信じられねえ! たった一人でやりやがった!」

「こんなに早く仕留めちまうなんて、魔物食いの噂は嘘じゃなかったのか!」


 兵士たちは大興奮だ。

 怪鳥を打ち倒すにあたって、長い時間をかけて追い詰め、少しずつ弱らせていくのがセオリーなのだ。


 だというのに、真っ向から立ち向かうことで仕留めてしまう。その圧倒的な強さに、者どもは畏怖を覚えずにはいられなかった。


 が、そんな感動して立ち尽くす男の一人に声がかけられる。荷物持ちだった男だ。


「さて、荷物を使うときが来たぞ」

「……ロック鳥は仕留めましたが」

「だから最終兵器を使うんだ。おい、ゴブシ!」


 バタバタと駆け寄ってきたゴブシは、早速飯盒を取り出した。

 そしてディナードは荷物持ちから袋を受け取り、中身をそこに注ぎ込む。出てきたのは、米であった。


 一番最後に使うと言われていたから、どれほど強い兵器なのかと緊張していたのに、米だ。とてもおいしそうな米なのだ。


 荷物持ちの男は呆然とすることしかできなかった。


「よし、親子丼を作るぞ!」

「ゴブッ!」

「おー!」


 ゴブシとティルシアがはしゃぐ。そしてレスティナも「お手伝いします」と今度こそ張り切るのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

好き嫌いが分かれるようですが、個人的には三つ葉がとても好きです。家庭菜園で育てていたのですが、市販のものと比べると香りがすごくいいんですよね。


さて、ゴブシが怪我をして水で洗うシーンがあります。

昔は傷をしたとなると、消毒するのが一般的でした。私も昔は赤チンと呼ばれる薬をよく使っていたのですが、今では見かけなくなりましたね。マキロンは今でも使われている感じでしょうか。


このような消毒ですが、現在は見直されており、細菌感染を防ぐために消毒ではなく水による洗浄が推奨されています。また、傷があってもシャワーなども可能です。

そして傷口から出てきた液体に細胞の成長を促す物質が含まれているため、傷を乾燥させずに湿潤な状態にしておいたほうが綺麗に傷が治ります。


次回はいよいよ料理を作ります!

今後ともよろしくお願いします。

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