12 街と魔物と中年と2 後編
妖狐とゴブリンを拾ったその翌日。
気温が上がってくるまで宿でのんびり過ごそうとしていたディナードであったが、来客があった。
「ディナード様、お客様が来ております」
「なんだこんな朝っぱらから。ったく」
ディナードは上に乗っかっている子狐ティルシアを退けて、毛布の中に入れておいた。それから寝衣の上に適当な衣服を羽織ると扉を開けた。
そこにいたのは、主人に連れられてきた冒険者ギルドの職員たちだ。わざわざやってきたということは、昨日のロック鳥の件に違いない。
「ディナードさん、ロック鳥の調査の結果が出ました」
「そうか。親子丼は作れそうか?」
「はい? ええと、卵はありましたが……」
「よし、それならいけるな」
ディナードがそう考えていると、職員は咳払いを一つ。そして話を続ける。
「ロック鳥の住処はここからそう遠くありません。半日で行ける距離にあります」
「なるほど。討伐隊が結成されるのか?」
「ええ、すでに派兵された者たちが来ております。あとは冒険者で腕利きの者を募るだけです。今日出発の予定と時間はありませんが、ぜひディナードさんに来ていただきたく、こうして参りました」
「たかが冒険者相手に、わざわざご苦労なこった」
冒険者なんぞ、日雇い連中に過ぎないというのに、直々に依頼に来るのは普通ではない。
ディナードはこのハースト王国での活動もそこそこ長いため、彼の名が知られているからこその行いだ。
「魔物食い」というのは、単に悪食というのみならず、数多の魔物を仕留めてきたからついた名でもある。
しかし名誉欲があるわけでもない――そもそも高名になったり出世したかったりするなら、冒険者になどならない――彼にとってはどうでもいいことだった。
「承っていただくことは可能でしょうか? 報酬は用意しております」
「ああ、構わない。ところで、そちらで荷物を運ぶ要員を用意してくれないか。二人くらいいればいい」
「かしこまりました。ご承諾、誠にありがとうございます」
ディナードはそれから少々話を聞くと、どうやら北の森に巣が存在しており、そこに向かうとのことだ。
彼は早速、討伐のための準備を行おうとすると、すでに目を覚ましていたレスティナが彼のほうを見ていた。
ふわふわの毛に覆われた妖狐の姿だ。
たった一日、人の姿を見ていただけだというのに、この姿だと違和感を覚えてしまうのはなぜだろうか。
「こゃーん」
「……すまん、俺には狐の言葉はわからん」
ディナードが告げると、レスティナはくるりと回って人化する。そして頭を下げた。
「失礼しました。ディナードさん、準備に出かけるのですよね?」
「ああ、手ぶらで行くわけにもいかないだろう?」
「お手伝いします!」
レスティナが張り切るが、ディナードは首を横に振った。
「頑張るのはいいが、それよりティルシアのお守りをしていてくれるほうが助かる。そのほうがよっぽど難しい仕事でな。俺はゴブシをちょっくら連れていく。こいつでも荷物持ちくらいならできるだろう」
彼はゴブシの肩を叩くと、居眠りゴブリンが目を覚ます。
「ロック鳥を食うための準備をするぞ」
「ゴブッ!」
その一言で元気になる辺り、なんと食い意地の張ったゴブリンか。
ディナードはさっさと準備を済ませると、街中に繰り出した。
買うのはまず飯盒だ。
これまでは鍋で炊いていたが、荷物持ちが一人、いや一ゴブリン増えたことで、調理器具が多少増えても問題なくなったのだ。
適度なものを見つけて購入。
それから食材を売っている店に行くと、米のほかに、昆布などを買う。
あらかじめ、だし汁を作っておきたいところではあるが、加熱しても死なない菌――芽胞と呼ばれる構造で包まれて生存する――がいるため、粗熱を取っているうちに増殖し、常温で放置しておくと食中毒を起こしかねない。
すぐに冷やせばいいが、そこまでする必要性も感じなかった。
(現地でやりゃいいか)
とりあえずそういうことにして、食材を考える。
「……タマネギか。これくらいなら大丈夫だよな?」
けれどレスティナとティルシアがタマネギを避けていたことを思い出すと、ディナードはそれをやめて、白菜に手を伸ばした。これの芯の部分は食感が似ているし、甘みも出るのだ。
それから椎茸だ。木の葉丼なんかではよく使われているが、こちらも風味が出ておいしくなる。
理想の料理を求めるだけが食事ではない。
それぞれに好みがあって、食べられるもの、食べられないものがあるのだ。その中で、皆がおいしいと笑えるもの。その食事の楽しさをディナードも知っている。
「さて、こんなもんでいいか」
「ゴブッ?」
ゴブシが首を傾げ、葉っぱの類を見ている。
「ああ、そういうのは現地で調達しよう。それにしても……よく親子丼の材料わかるな?」
ディナードは感心してしまう。このゴブリン、いったいどこからそんな知識を仕入れてきたのか。
ゴブシは胸を張り、身振り手振りで説明してくる。
そうすると、ディナードはなんとなく意味は掴めた。
「料理本で言葉を覚えたのか。食いしん坊め」
このゴブリンの原動力はそこだったらしい。命がけでロック鳥の卵を取ってきただけのことはある。
「……ん? そういえば、お前ロック鳥の巣まで行ったってことだよな? だったら冒険者ギルドにその場所伝えておけば調査もすんなりいったんじゃないか」
ゴブシはうんうんと頷く。
しかし、よくよく考えてみると、あのときはこのゴブリンをそこまで当てにしてはいなかった。ギルド職員だって、ゴブリンの発言など信頼できないだろう。
だからこれでいいのかもしれない。
そうして準備を済ませたディナードは宿に戻ると、レスティナとティルシアが待っていた。
「ディナードさん。私たちも行きます」
「別に待っていてもいいんだぞ?」
「そうしたら、私たちのいないところでディナードさんはおいしいものを食べちゃうじゃないですか」
レスティナがそんな冗談を言う。
「大丈夫です、邪魔はしません。私たちも魔物として生きてきたのです」
彼女が言うのは、妖狐としてついてくるということだ。
「姿を晒すことになるが、大丈夫か?」
「はい。きっとそのときは、ディナードさんが守ってくれますから」
レスティナは契約紋を浮かばせて見せる。
彼女もなかなか言うようになった、とディナードは笑う。
ティルシアもやる気満々だ。となれば、一人だけ置いていくのもかわいそうだ。
それに、ディナードの魔物として彼女たちは登録している。だから別に問題があるわけでもない。
「それじゃあ行くか。ギルドに行けばなんか話があるだろ」
この男はなかなかにいい加減なもので、この程度の考えでやってきた。しかし、レスティナたちも不安そうになどしていない。たった一日で、このディナードという男の人柄を知ったからだ。
ゴブシは重くなった背嚢を背負い、ティルシアは首から調味料など軽いものを入れた小さな小袋をぶら下げ、レスティナは調理器具を入れた袋を手にした。
そして四人は宿を出て、冒険者ギルドに赴く。
すると受付嬢がやってきた。
「ディナードさん。よく来てくださいました。準備は整っておりますので、出発の時間はすぐとなります」
「待たせちまったか?」
「いえ、もう少しで呼びに行くところでしたので、ちょうどよかったです」
「そうか。頼んでいた荷物持ちは?」
ディナードの要望通り、二人の荷物持ちがやってきた。
彼らは冒険者であり、きちんと仕事はこなすとギルドのお墨付きである。
「よろしく頼む」
「魔物食い殿。お目にかかれて光栄です。このお役目、お任せください」
「ああ。頼むぜ。袋に穴は開けないようにな」
ディナードは背負ってきた袋を彼に渡す。ずっしりとした質感があった。
「っと、かなり重さがありますね」
「戦いの一番最後に使うとっておきだ」
そう言われると、その男は緊張気味に頷いた。強力な魔物相手に使うとっておきなのだから、無理もない。
ディナードの準備が整うと、いよいよ移動が始まることになる。その際、彼は告げておいた。
「今回は、一人と三体での受諾だ。そういうことで頼む」
と。
なんにせよ、ギルドとしては断る手もなかったのだろう、そういうことになった。
やがて彼らは一部の冒険者たちとともに街の外に向かっていく。派兵されてきた者たちは、街の外で待機しているらしい。
市壁の外に出ると、その数にゴブシたちは目を丸くした。
数はおよそ百。それらの視線がすべてディナードたちに向けられる。
「今から帰ってもいいんだぞ?」
彼が告げるも、ティルシアが口を固く結び、決意を変えない。
そしてゴブシは悩むも涎を垂らしそうになる。ロック鳥に食われかけた恐怖に食欲が勝ったのだろう。
「今日の討伐に同行することになった冒険者、ディナードだ。よろしく頼む。それからこっちが契約した魔物たちだ。ゴブリンと――」
彼の話の中で、レスティナとティルシアが人化を解除し、妖狐の姿になる。
「妖狐の二人だ」
驚く兵たちの視線を浴びながら、ディナードは涼しげに告げた。
一方で、兵たちは大騒ぎしてしまう。
「まさか妖狐がいるなんて」
「魔物食いが契約した魔物なんて聞いたことねえぞ」
「片っ端から食っちまってたからだろ?」
「でもあのゴブリン、香辛料の匂いがするぞ? 味付け済んでるんじゃないか?」
めちゃくちゃな憶測が飛び交い、ディナードが頭をがしがしとかいた。途中で妖狐が敵と見なされないために、あらかじめ告げておいたのだが、やはり対応は面倒だ。
けれど、ロック鳥を相手にすることもあってか、頼もしい援軍と見なした者が多かったようだ。
出発の時間になると、彼らは何事もなかったかのように、北の森に向かって歩き始める。ロック鳥の住処に着くのは昼頃の予定だ。
ディナードはこの三体の魔物たちと出会った森に、再び足を踏み入れた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
加熱すれば菌は死ぬという考えが一般的のようですが、劣悪な環境になると芽胞と呼ばれる構造を作って100度数時間の加熱にも耐える菌もいます。
カレーは一晩寝かせたほうがおいしい、とよく言われていますが、芽胞形成菌のウェルシュ菌は、加熱しても芽胞を形成して生き残り、一晩放置する間に増えて、食べると食中毒を引き起こすことがあります。
これを防ぐには、前日に調理をしないことや、調理後にすぐ容器に小分けして中まで急に冷やすこと、再加熱して煮込むことなどがあげられます。
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