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1 コカトリスの唐揚げ 前編


 中年冒険者ディナードは深い森の中を歩いていた。その背には大きな鍋と巨大な包丁を背負っているという、奇妙な出で立ちだ。


 近頃魔物が出て畑や家畜を食い荒らすという噂の真相を確かめるべく、依頼を受けてやってきたのだが、なかなか見つからない。視線をあちこちに向ければ、シカやウサギなどの野生動物が呑気に寝転んでいる。


「こりゃ、ハズレかね……」


 単純に見間違えだったという話も少なくない。これまで三十年も仕事をしていれば、珍しいことでもなかった。


 ため息をつき、やれやれ帰ろうかと思った彼だったが、ふと、遠方から聞こえてくる物音に気がついた。


(なにかを追っているのか? 不規則な具合だな)


 これが噂に関わっているかもしれない。ディナードはそちらに意識を向けると、音もなく駆け出した。


 すさまじい速さでありながら、足音はまったく立たない。それは彼が熟練の冒険者である証左だった。


 そうして進んでいくこと幾ばくか。木々に身を寄せ乗り出すようにしながら向こうを見ると、向かってくる存在があった。


 黄金色の狐だ。

 二頭おり、大きなほうが親で、小さいほうが子供だろう。


(あれが畑を荒らしていたってのか?)


 ディナードは眺めるが、そんな風には見えない。二頭ともやせ気味で、親のほうは深い傷を負っている。


 確か妖狐は魔物の中でも知能が高く、ときには人と協定を結んで共存することもあったはずだ。力も強く、そんなこそ泥まがいのことをしなければならないわけではなかろう。


 そして先ほどの足音の原因もそれらではない。それに、羽音が聞こえていたという情報もある。


 突如、森の中からけたたましい鳴き声を上げながら、白い塊が飛び出した。


 よく見れば頭には赤いトサカが生えており、鋭いくちばしもあることから、ニワトリであることがわかる。しかし一方で尻のほうに視線を向ければ、にょろにょろとした蛇の胴体が続いており、頭はもたげて、舌をちろちろと出していた。


 トリとヘビの特徴を持つ魔物、コカトリスであった。


「コケーッ!」


 ドタドタと走るそれを見て、ディナードは口角を上げた。


(よし、今日の晩飯はあいつにするか!)


 すっと飛び出すと、ディナードはコカトリスに相対する。奇襲ができたというのに、だ。


 そして息を吸い込むと宣言した。


「人に仇成す魔物よ。弁明があるならここで聞こう。さもなくば、唐揚げになるといい」


 魔物の中には、人と協定を結んでおり、殺すと同様に罪に問われる場合がある。もちろん、そのケースは非常に少ないため、わざわざ確認しようなどという者は滅多にいない。


 だというのにディナードは律儀にそう告げるのだ。

 だがその返答は――。


「コケコッコー!」


 コカトリスは勢いよく向かってくる。ディナードを踏み潰そうと、思い切り飛び込んできた瞬間、彼はさっと避けて背後に回り込むと、ニワトリの胴体に近いヘビの体をむんずと掴む。


 そうすると、比較的大きなニワトリの動きがぴたりと止まった。到底、常人では為し得ないほどの膂力。


 そんな彼に対してヘビの頭が向かってくると、さっと回避し、尻尾を引っ張るように尾から頭へと手を滑らせていき、首根っこを押さえる。


 素早く背にした包丁を抜くと一閃。ヘビの頭はすっぱりと落とされていた。

 コカトリスが暴れるも、そのときには返す刀で刃が煌めき、ニワトリの頭も地面を転がっていた。


 だが、それでもコカトリスの残った胴体は激しく羽ばたき、血を撒き散らしながら暴れ回る。


 ディナードはさっと距離を取りながら、その様子を眺めていた。


「さて……こいつはどっちを下にすべきかね」


 ニワトリの血抜きをしたいところだが、頭が二つあるのだ。よくよく見て見れば、どうにもヘビのほうはあまり血を流していない。となれば、血抜きをするにはニワトリの頭を下げるべきか。


 まだ動いているヘビの頭に噛まれないようにしつつ、ディナードは大人しくなってきたニワトリの胴体を引っつかむと、近くの太い木の枝にヘビの尻尾を縛りつけた。


 ぶら下げられたコカトリスからぽたぽたと血が流れるのを見て問題ないと判断すると、ディナードは妖狐の二頭に向き直った。


 こちらも魔物なのだ。関与しているかどうか、調べなければならない。

 だが、振り返った彼の目に映ったのは、目の覚めるような美女であった。


 その頭部には狐の耳が生えており、腰の辺りからは尻尾が伸びている。衣服はあまりにも華やかで幻想的。


(幻術の類か?)


 魔物は魔法と呼ばれる術を使う。


 それがかけられているのではないかとディナードは警戒して調べてみるが、そのような気配はない。どうやら、あの狐自体が肉体を変化させた、あるいは狐の肉体のまま美女に見えるように自身を変えたようだ。


「いくら美女だろうが、俺は化かされねえぞ?」


 ディナードが告げると、狐の美女は頭を下げた。すると、脇腹の辺りから血が流れ出す。先ほどのコカトリスに追われていた際、ついていた傷口がますます開いたのだろう。


 苦悶の表情を堪えながら、彼女は告げる。


「凄腕の冒険者とお見受けしました。どうか、お願いを聞いていただくことができませんか?」


 流暢な話し方だった。狐の耳と尻尾がなければ、とても妖狐が化けているとは思えないほどに。


「といってもな。中身による」

「私は追われる身です。そして間もなく命も尽きるでしょう。その際、どうか我が子が人に襲われぬよう、敵意がないことを告げていただきたいのです。彼女はまだ幼く、人化してもうまく話せません。報酬として、我が身を捧げましょう。我らが毛皮は希少ゆえに、人の土地では高く売れると聞きます」


 ディナードは妖狐を眺め、そちらに近づいていく。


「報酬ってのは、相手にプラスに働くもんを言うんだ。現状、あんたの生殺与奪は俺が握っている。自由にするのは俺の権利だ。そして、そんなもんに興味はない。形見みてえなもんを押しつけられ、その上ガキのおもりまで頼まれるなんて、ごめんだね」


 ずけずけと告げたディナードに女性はあっけに取られた。


「ティルシア、逃げなさい。ここは私がなんとかします!」


 そう告げた女性はディナードを睨みつけてくる。子狐ティルシアは逃げることも彼に立ち向かうこともできずに、ただ戸惑うばかりだった。


 それらの視線を涼しげな顔でそれをやり過ごした彼は、持ってきていた背嚢から小瓶を取り出すと、いつの間にか女性の背後に回り込み、その体を押さえ込んでいた。


 そして服をまくし上げると、小瓶のしずくをたった一滴、今もなお血が流れ出している女性の患部に滴下した。


 途端、みるみるうちに血液凝固が促進し、損傷の修復が始まる。


「これは……」

「ガキのおもりは自分でやれ。俺はやりたくないんでね」


 ディナードは小瓶をしまい込むと、女性を解放した。

 それから、もうそろそろいい頃合いではないかと、コカトリスに向き直る。


 うまい食事を想像しながら、羽をむしり取っていく。


「あの……先ほどのしずくは」

「知らねえのか? 世界樹のしずくだ。お菓子作りにはかかせねえ。たった一滴、されど一滴。それだけで風味がグッと違ってくる。希少なもんなんだから、感謝しろよ」


 あらゆる傷をも治してしまうという、非常に希少な代物だ。しかしディナードにとっては、お菓子作りの材料に過ぎないのである。


「ありがとうございました。このご恩は忘れません」

「そうか。別に忘れていいぞ」

「私はレスティナと申します。なにかお礼をしたいのですが――」


 そう女性が告げた瞬間、ディナードは包丁を取り出し、ニワトリとヘビの部分を断ち切った。


 すでに羽はむしり終えて、つるりとした姿になっており、ヘビとトリではまるきり色が違うため、境界部分ははっきりと見えていたのだ。


(ふむ。別の個体がくっついていると見ていいようだな。となれば、発生時にそれらが混じり合ってしまったキメラの類か、あるいは寄生されているのか)


 切断部では、直腸がそれぞれ癒合して一本になっている以外は、繋がりがほとんど見えなかった。


 一つの卵から発生するのか、それとも別々に生じたものがあとからくっつくのかは気になるところだが、まずは食えるかどうかだ。


 ディナードはニワトリ部分に片手を向けると、炎を出して産毛を焼き切る。それが終わると今度は、ヘビの皮をむき始めた。


 頭を切ったところからずるずると皮は剥かれていく。

 そうすると、ピンク色の身が見えてきた。さらに内臓を引っ張って取り出すのだが、そこにはにょろにょろとした、白くいくつもの四角いパーツ――片節からなる細長い物体が見えてきた。片節には生殖器が存在しており、それぞれが虫卵を含んでいる。


(ふむ……魔物に感染する寄生虫は、通常の個体とは違うのか)


 ヘビにはこうした裂頭条虫が寄生することが知られているが、魔物が持つエネルギーである魔力の影響か、普通では見られない寄生虫がくっついているようだ。


 ディナードは慎重にそれを取り除いていく。これを人が摂取してしまった場合、皮下に寄生されてこぶができてしまうのだ。


(そういえば、トリにもヘビにも寄生するんだっけか。となりゃ、コカトリスはよほど住みやすいに違いねえ)


 そんなことを考えていたディナードは、ヘビの処理を終えると、今度はニワトリの解体を行っていく。


「あの……いったい、なにをなさっているのですか?」

「見りゃわかんだろ。捌いてるんだよ」


 レスティナはあっけに取られた。


 というのも、魔物は魔物を食うが、人が魔物を食う文化はあまりない。人は魔力を持たないために魔物が使う術である魔法が使えないからだ。


 そのため魔物の肉体を燃料として、擬似的に魔法を用いる技術が発展してきた。


 しかしレスティナは先ほどディナードがそうした技術を利用することもなく魔法を使ったことを思い出し、人ではないのかと疑問を抱いたが、見た目にはまったくの人間である。


「いくら俺がナイスガイだからって、そんなに見つめないでくれ」

「え、あの、その……」

「いいんだ。わかっちゃいる。にじみ出る魅力にやられちまったんだろう?」


 レスティナが困ったように狐耳を動かして、どうしたものかと眺めていると、ディナードが肩をすくめた。


「冗談を本気で受け取らないでくれ。食いたいんだろ? もうすぐできるから待っていろ。俺は寛大だから、メシくらい食わせてやるさ」


 ディナードはそんなことを言いながら、鍋を取り出した。

 普通は危険な魔物との戦いにそんなものを持ってくる人物などいない。しかし、それはどこをどう見ても鎧ではなく、かといって盾でもなく鍋なのである。


 鍋を背負った冒険者。そして先ほど振るっていたのも剣ではなく包丁だ。


 レスティナはすっかり困惑してしまったが、ディナードが鍋に油を入れて、火にかけるとジュウジュウといい音が奏でられ始めて、それにつられた子狐ティルシアがとことこと彼のところに行ってしまったので、一緒になって作業を眺めることにした。


「そういえば、お前さんたちは食えないものとかあるのか?」

「人化していれば、人と同じものが食べられますが……ネギはあまり得意ではないです」

「味付けに少し入ってるくらいならどうだ?」

「それくらいでしたら大丈夫です」


 イヌ科の動物に食わせてはいけないとされているネギやカカオ、ブドウなども問題ないということで、妖狐は丈夫にできているらしい。体重も人と変わらないのだから、危険なほどの摂取量は膨大な量になるかもしれない。


 とりあえず、ネギだけ気をつければいいようだ。とはいえ、狐の姿のときは与えないようにするべきか。


 そんなことを考えていたディナードだったが、いよいよ調理を始める。


「さて、誰かとメシを食うのは久しぶりだな。どんなもんか、楽しみにしてくれよ」


お読みいただきありがとうございます。

次話では早速唐揚げを作ります!

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