ユリの花言葉は―― その1
お久し振りです。
また少しずつ書いて行こうと思います。
この短編、「ユリの花言葉は――」は少しだけ''ガールズラブ要素''を含んでいます。
苦手な方はご注意を。
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感情や思考は、口に出したら嘘になる。
それは誰の言葉だっただろうか。
小説の登場人物のセリフだったかもしれないし、有名な評論家のセリフだったのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
自分の感じたこと、考えたこと。それらを正確に言葉に乗せて伝えることは不可能だということを言いたいだけだ。
恋に例えてみようか。
例えば誰かを好きになって、告白したとしよう。そして、告白した相手に「どんな感じで僕、(私)を好きなの?」と聞かれて正確に答えられる人がいるだろうか。
答えるだけなら出来るだろう。
「出会った時から何かを感じた」とか。
「あなたを見ているだけで胸がキュンとなる」とか。
でも、正確に自分の思いを伝えることは出来ない。
口にした時点で感情と言葉にはズレが生じ、誤解が生まれ、相手に伝わる頃には理論や欲や願望に塗れたまったくの別物になってしまう。
「あんたに私の何が分かるのよ!」
分かるはずが無い。
「僕には君の苦しみが分かるよ……」
同じ『苦しみ』を自分で味わってから言ってもらいたい。
それに『同じ苦しみ』でも受ける人によって感じ方は違うものだ。『分かる』などと軽々しく口にしないで頂きたい。
つらつらと理屈っぽく言ってはいるがこの言葉だって偽物だ。
口に出さなくとも文に乗せた時点でホンモノは失われている。
結局は、ホンモノの感情なんて自分の中にしか存在しないのだ。
つまり、何が言いたいのかというと。
僕の目に映るビルの壁に下半身が埋まっているこの女も、僕が作り出した幻覚、つまりは『嘘』なのだろう。
こちらを見つめる瞳は黒く、髪もそれに合わせたように艶やかな黒だ。
薄い唇に切れ長の目。制服を着ているから恐らく高校生だろうが、それにしてはオトナっぽい顔つきだ。
下半身は埋まっているため見えないが、上半身のスタイルはいい。
つまり、美人だ。
「じっくり見ていないで助けてくれない?」
「…………」
唇が動き、意味のある言葉が発せられる。
幻覚の次は幻聴だろうか。僕も大分疲れているらしい。今日は家に帰ってゆっくり寝るべきだろう。
僕の作り出した『嘘』を無視して、足を帰り道に向け、いざ歩きだそうとするとまた先ほどと同じ声の幻聴が聞こえた。
「もしかして私が動けないのをいいことに胸を揉んだり下半身にむにゃむにゃする気なのかしら。そうだとしたら大声を出して人を呼ばないと大変な事に」
「わかったオーケー助けよう」
……現実だと認めざるを得ないようだ。
しかも、思ったよりも厄介な性格をしているらしい。僕の返答に満足したのか、小悪魔的な笑みを浮かべている女にため息をつきながら、女を壁から出す手伝いを始める。
「しかし、何をどうしたらこうなるんだ?」
外国のニュースで『狭い隙間に挟まった』という事件はたまに聞くが、隙間などないビルの壁に埋まる人間は初めてみた。
SNSなどに投稿すれば数日後のトピックに上がること間違いなしだろう。
「テレポート……」
「ん?」
「テレポートの座標を間違えたのよ」
「……………………参ったな。まだ幻聴が治っていないらしい。もう一度言ってくれ」
「テ・レ・ポ・ー・ト・の・座・標・を・間・違・え・た・の・よ」
一文字も間違わずにハッキリとわかり易く言ってくださったよこの女は。
顔を見るとさっきと同じような笑みを浮かべてこちらの反応を伺っている。
……やはり嘘か。
「これ以上からかうようなら助けないからな」
「はあい」
見た目からして僕より年上だろうに、子供っぽい女だ。
「助けると言っておいてなんだが、どうやって助ければいいんだろうな」
コンクリートの壁だ。
ここまで隙間なく埋まっているとなると、救急を呼んだ方が早い気がするが。
「それは盲点だったわ」
「一番注目すべき事柄だったと思うが」
「ごめんなさい。どんなセクハラをされるのか気になって考えられなかったわ」
「痴女か」
「処女よ」
誇らしげな顔で言われても「ハイ。そうですか」としか返せないぞこっちは。
「引っこ抜けたりしないかしら」
「悪いが非力なんでね。コンクリートの壁から人を引き抜く力は無い」
「オトコノコなのに頼りないわねえ」
「…………」
どんなオトコノコでもコンクリートから人を引き抜く怪力はないと思うのだが。
漫画や小説じゃないんだからそんな怪力の知り合いが都合良くいるわけもない。
「しょうがない。奥の手を使いましょうか」
「そんなものがあるなら最初から出してくれ」
「奥の手なんだからすぐ出しちゃったらつまらないじゃない」
「それはごもっとも。……で、奥の手って?」
まさか『119』とか言うんじゃないだろうな。
「私の耳を見てみて」
「は? 耳?」
「そう。耳」
長い黒髪を掻き分けると、耳が出てきた。
……これが何だというのだろうか。
「イヤリングがついてるでしょ? それを取って欲しいの」
「ああ、これか」
表現できないような、不思議な色をした雫の形の宝石を枠で囲っただけのシンプルな物だ。
それが女の耳から確かにぶら下がっている。
「それで、このイヤリングがどうしたっていうんだ?」
「私の口の中に入れて」
「は?」
またからかっているのかと女の顔を見るが浮かんでいるのは真剣な表情だ。
……演技という可能性もあるが。
「口に入れればいいんだな?」
「ええ。お願い」
「本当にいいんだな?」
「いいって言ってるじゃない」
「……分かった」
女の耳からイヤリングを外し、粘膜に触れないように慎重に口の中に入れる。
……傍から見たらこの作業はどう見えるのだろうか。
良くて僕とこの女がイチャイチャ。
悪いと僕が女を拘束して性的ないたずらというところか。笑えないな。
口の中にイヤリングが入った女は口を閉じ、頬をモゴモゴと動かしている。
「ありがとう」
「これに何の意味があるんだ?」
「後でわかるわ。今度は後ろを向いてくれる?」
「後ろを見たら『ドッキリ大成功!』か?」
「後ろ向いたら揉ませてあげるから」
「痴女か」
「処女よ」
だから誇らしげに言われても。
まあこの女の胸に興味はないが、長引くのも面倒だ。この変で承諾しておこう。
「ならお姉さんのキスもつけてあげましょう」
このタイミングでその条件を追加するか。
分かっててやってるんだか天然でやってるんだか。
「ここで承諾したら揉むのとキスに釣られた変態という不名誉な称号がつくわけだ」
「あら、男の子ならそういう欲求は当然のことでしょう?」
「悪いが僕はそんなものに興味はない」
「淡白ね。将来大変よ?」
「言い方を変えようか。僕は『女』と言うものに微塵も興味がないんだ」
「......まさか男に」
「興味はない。ただ恋愛というものが嫌い…...いや、好きではないんだ」
「あらそれは残念…...私は貴方のこと、結構好きよ?」
「......僕は嫌いになりそうだ」
「なりそう、ということはまだ嫌いではないのね。うふふ」
「............」
言い返したかったが、何を言っても不利になる気しかしなかった。
僕が黙っていると女も特に話しかけては来なかった。
「それで、奥の手って結局…...?!」
だが何も会話がなく30秒程が過ぎるとさすがに不安になり、僕は振り向きながら声をかけてしまった。
振り向いて、しまった。
言葉が途切れたのも無理はない。
何故か振り向いた先では、先ほどの女が全裸でそこに立っていたのだから。
振り向いた僕に気づいた女は、さすがに恥ずかしいのか頬を赤く染めたが特に身体を隠すわけでも悲鳴を上げるでもなく、ただこちらを見つめていた。
驚きで思考停止した僕達から出たのは先ほどの会話の繰り返しのようなもので、
「痴女かっ」
「処女よっ」
けれどどちらも少し、声は上擦った。
痴女とか処女とか書いてて恥ずかしくなってきます。
こんなお話書いてますが生まれてから今まで浮いた話など一つもありません。
悲しい。