セロ弾きとヴァンパイア
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シルフィード・アムドゥスキアスは、自由都市エレボスの中央広場にある噴水に腰を掛けて、セロを立てた。
そして、ちゃんと松脂を弓に塗って、楽器をチューニングしてから、思いつくままに、気の赴くままに曲を演奏した。
その演奏に合わせて、歌もうたう。
シルフィードの歌ううたは、イリア正教の教会で歌われる讃美歌である。
すると、通りすがる人は、そんな演奏に対して、広げっぱなしにしたセロのケースの中に、小銅貨を投げ入れてくれた。
これが、シルフィードの旅の中での、生活費の稼ぎ方である。
一日で小銅貨が、十枚集まれば、屋根のある宿に泊まることが出来る。
一日で小銅貨が、二十枚集まれば、ちょっとした食事付の宿に泊まることが出来る。
けれども、シルフィードにとって、食事も宿も、たいした問題ではなかった。
なぜならば、シルフィードにとっては、音楽と、旅の目的である、作曲した曲の歌詞を付ける為のモチーフとなる噺を集めることこそが、全てだからである。
一曲の演奏が終わって、セロのケースの小銅貨を数えると、小銅貨が三十二枚集まっていた。
シルフィードは、小銅貨を財布に入れると、セロをケースにしまい、中央広場を後にした。
しばらく、シルフィードがエレボスの中央広場付近を歩いていると、シルフィードは道端に、行き倒れている女がいた。
シルフィードは、女の元に駆け寄り、肩を叩いて呼びかける。
「あんた、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。血が足りん」
「自分の足で立てるか?」
「無理だ。血を吸わせてくれ」
「!」
「ちゅー」
女は、上半身を起こすと、シルフィードに抱き付き、首筋に牙を突き立てて、血を吸い始めた。
シルフィードは、女を突き飛ばした。
シルフィードは、女に言う。
「お前、ヴァンパイアなのか?」
「ああ、私は、ヴァンパイアの中でも最高位のQV(クイーンヴァンパイアの略称)である、エマ・アイリスだ。高貴な私に血を吸ってもらえたことに、感謝するがいい、人間よ」
「ああ、めちゃくちゃ感謝するよ」
「うむ、もっと感謝してもいいぞ」
「だけど、逃げるぞ」
「どうしてだ?」
「周りの人から見られているからだ!」
「?」
シルフィードは、きょとんと首を傾げるエマの手を引っ張って、中央広場付近から離れた。
しばらくして、エマとシルフィードは人通りの少ない裏通りにやって来た。
エマは、シルフィードに問う。
「人間よ、どうして走る必要があるのだ?」
「それは、お前がヴァンパイアだからだよ」
「ヴァンパイアだと、どうして、走る必要があるのだ?」
「それは、イリア正教でヴァンパイアが厳しく取り締まれているからに決まっているだろ。血を吸っているところを異端審問官に見つかったら、異端審問にかけられて、処刑されるぞ」
「しかし、私は不老不死ゆえに、死なぬぞ」
「僕が、死ぬんだよ。と言うか、ヴァンパイアが人間の都市になんのようだ? 人類を皆殺しに来たか?」
「そんなことはせぬぞ」
「しかし、ヴァンパイアが人間に対してすることは、虐殺以外ないぞ」
「それは、一部のヴァンパイアだな。大抵のヴァンパイアは、世界に隔絶されて、世の中をひっそりと暮らしておるぞ」
「そうだとしても、じゃあお前は、なんの為に、人間の都市に来たのだ?」
「それは、暇つぶしをする為だ」
「信用できないな」
「信用してもらわなくても構わない。けれども、私は、本当に暇つぶしをしに来た。ヴァンパイアと言うのは、不老不死だ。不老不死ゆえに、生きることが辛い。私は、生きていることを忘れられたらいいなと常々思っている」
「…………」
シルフィードは、エマの言葉が嘘には思えなかった。
なぜならば、エマが語っている時の顔の表情が、人類にとっての最大の脅威の一つであるヴァンパイアであるのにも関わらず、弱々しかったからである。
シルフィードは、エマを慰める。
「まあ、ヴァンパイアも色々大変かもしれないけれども、頑張ってね」
「ああ、頑張るよ。って、人間よ、どこに行くのだ」
「どこに行くって、今晩泊まる宿を探すんだよ」
「ふむ、人間とは夜は宿に泊まらぬと行けないとは、不便だな。そうだ、私はお前に血を分けてもらったことだし、なにか、恩返しをせねばならないな」
「血って、そんなに吸っていなかっただろ? 別に、恩返しなんて大層なもの、いいよ」
「お前は、謙虚だな。しかし、遠慮しなくてもいいぞ」
とエマは胸を張りながらシルフィードに言ったが、シルフィードは正直、エマのその親切は、迷惑だったからである。
シルフィードの進行しているイリア正教では、ヴァンパイアとの接触は、どれほどまで小さなものであっても、重罪なのである。
しかし、ここでシルフィードが、エマの恩返しを頑なに断っても、エマの中で勝手に謙虚な姿勢であると勘違いされて、逆効果であると思ったので、適当にエマに恩返しをしてもらって、さっさと別れようと思った。
エマは、シルフィードに問う。
「そう言えば、お前は、さっき楽器を演奏しながら、歌をうたっていたよな?」
「ああ」
「私が、歌をうたってやろう。そうすれば、たちまちどころに有名人になって、大金持ちになれるぞ」
「ああ、そう。別に金はどうでもいいのだけれど、エマは歌がうたえるのかい?」
「もちろんだ。お前は、私を誰と心得ておる。ヴァンパイアでも最上位のQVのエマ・アイリスだぞ。私に不可能はない」
「そうかい」
それからシルフィードとエマは、人通りのある主要道路に行った。
エマは、張り切った様子で、「あっ、あっ」と発声練習をし始めた。
そして、発声練習に満足したところで、歌をうたい始めた。
シルフィードは、エマの歌声に思わず舌を巻いた。
それもそのはず、シルフィードの実家は有名な音楽一家で、シルフィードはエマほどに歌がうまい人は、たった一人しか知らなかった。
道を歩く人は、皆そろって足の歩みを止めて、エマの歌に注目した。
エマの歌声に、大地が震えて、水が躍った。
しかし、エマの歌は、歌詞がまずかった。
どう言うふうに歌詞がまずかったかと、エマの歌の歌詞にセンスがないと言うわけではなくて、宗教的に問題があったのである。
その歌詞は、女神イリアと、女神イリアにあだなすヴァンパイアとの対立をモチーフにしている歌詞なのだけれども、エマは、女神イリアが人類を滅ぼして、ヴァンパイアが人類を救うなどと、反イリア正教の歌をうたっているのである。
要するにエマは、反女神イリアを謳っているのである。
ここが、イリア正教の圏内ではなかったならば、エマが異端審問にかけられてしまうことはないだろうけれども、しかしながらイリア正教は、イリア大陸全土にわたって信仰されている宗教であるので、異端審問官に見つかったら逮捕されてしまうこと必死だった。
ここでシルフィードは、すぐにエマの歌を止めるべきであるのにもかかわらず、エマの歌声に心を奪われてしまって、注意が遅れてしまったゆえに、シルフィードもエマと同罪である。
エマの歌は、突然どこからともなく聞こえて来た、異端審問官による警笛によって止めさせられた。
シルフィードは、その時になって、初めて我に返った。
シルフィードは、エマの手を握って、エレボスの外を目指す。
「さっさと、逃げるぞ」
「どうしてだ?」
「警笛の音が聞こえないのか?」
「聞こえるぞ。これが、どうかしたのか?」
「これは、異端審問官の警笛の音だ。お前は、捕まっても死なないかもしれないが、それでも捕まったらただじゃすまないぞ」
万が一、ここで異端審問官に捕まったならば、後日に処刑されてしまうことが眼に見えていた。
命からがら、エレボスの外に出たシルフィードとエマは、額に掻いた汗を拭った。
エマは、シルフィードに言う。
「よく分らなかったが、私は楽しかったぞ」
「僕は、ちっとも楽しくなかったよ」
「そうか。それで、これから、お前はどこに行くのか?」
「知らん。適当に町を探して、旅を続けるよ」
「その旅に、私も付いて行ってもいいか? お前といると、なぜか面白い。いい暇つぶしになる」
「それは――」
「嫌だ」とシルフィードはエマに言いかけて、口を噤む。
シルフィードは、エマに言う。
「じゃあ、条件がある」
「条件?」
「そうだ、条件だ。お前は、暇つぶしがしたいと言ったな?」
「ああ、言ったぞ」
「その願いを、僕が叶えてやる」
「ふふ。人間と言うのは、実に親切だな」
「しかし、僕がお前の願いを叶えてやるには、お前が僕の願いを叶えなければならないぞ」
「ふむ、なんでも言うがよい。お前には、恩がある。出来る限り、検討しよう。願いを言いたまえ」
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうが、旅の道中、モンスターや敵から僕を守れ」
「その程度か。安すぎてお釣りが返って来るくらいだ。それだけでいいのか?」
「ああ、それだけで十分だ。他に余計なことはしなくていい。そうすれば、僕は、お前の願いを叶えてやる」
「交渉成立だな。お前、名はなんと言う?」
「僕の名前は、シルフィード・アムドゥスキアスと言う」
「そうか。分った、シルフィード。シルフィードに私を名で呼ぶ権利を授けよう」
それから、セロ弾きとヴァンパイアの、奇妙な旅が幕を上げるのであった。
『セロ弾きとヴァンパイア』を読んでくださった方、本当にありがとうございます。
この小説は、うp主が、「人の醜さ」をコンセプトに、「なんか、世の中を達観した人が、いろいろな国や種族や人種を傍観する物語が書きたいな」と思いながら書いたものです。
そこで、うp主は、舞台を、日本や諸外国などの現実にある場所にするのか、はたまたいわゆるファンタジーRPGのような、異世界にするか迷いました。
どちらを選択しても、メリットとデメリットがあります。
例えば、舞台を現実にある場所にしてしまえば、ネタとなるお手本が、そこらへんに転がっているわけですから、簡単にストーリーを作ることが出来ます。けれども過去はともかく、現実の世界の大抵の人々には、基本的人権があるわけで、書籍でまず見ないであろう、人間の醜さや差別を題材にしたストーリーを作るのが難しく、たとえ書けたとしても、テンプレート化、あるいはマンネリ化しやすい傾向にあると思います。
一方、異世界にすれば、人間の醜さや差別を題材にしたストーリーを書くための舞台を、自由自在に作ることが出来ます。けれども、その舞台を作る為には、その異世界の歴史を考えなければならないわけで、ただでさえ日本の歴史を分析するだけでも難しいと言うのに、一個人が、一つの世界の歴史を創造することが、どれほど難しいと言うことは、いちいち言うまでもありません。またその歴史を読者に簡単に伝えるとなると、現実にある場所を舞台にするよりも、遥かに難しいと思います。
けれども、僕は後者を選びました。
なぜならば、いい人も悪い人も含めて、個性のあるキャラクターを使った物語を作るには、舞台が異世界の方がいいと思ったからです。
これから、『セロ弾きとヴァンパイア』の登場人物である、シルフィード・アムドゥスキアスとエマ・アイリスが主人公の小説を、じゃんじゃんうpしていく予定ですので、応援してくださったらうp主としては嬉しい限りなのですけれども、もしそのうpした小説を読んでくださる機会がありましたら、一度、「人の醜さ」と言うのを意識して読んでください。
よろしければ、感想もしくは評価を添えていただければ、嬉しいです。