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イヤフォン

作者: 彩乃



心が限界を迎えていた。



数日前まで、俺の目の前で笑顔を浮かべて体温を分けてくれていた二つの生命体が、忽然と白い塊に変わっていた。




「母さん…みずき…」




その名詞を二つを零すと、目から涙が溢れた。



大好きな二つの箱を抱きしめると、人間の儚さを感じた。

今生きてるからと言って、明日も明後日も明明後日なんてもう、生きてるという保証はないのに、永遠に生きていられる感覚にる陥る。


その勘違いのしっぺ返しは、本当に突然やってくる。



「ほら、人間なんてすぐ死んじゃうんだよ」



死に言われたような気がした。




朝の日差しが、自分を照らした。


朝日は明るく、冷たく、自分を朝へとおいやる。


朝日を確認すると、時間の確認もなしに制服を着て家を出る。



外を歩き、無機質な空気を吸うとずっとこうしてうじうじ悩んでる自分に呆れた。



かれこれ、3週間ずっとこんな具合だった。



教室につくと、人がまばらに数人いる程度だった。


自分の席について、頭を伏せる。


交通事故で死んでしまったとか、病気で死んでしまったとかならここまで心が折れなかったのかもしれない。


けれど、大好きな妹が大好きな母親の手によって自殺を施され、母親も追って自殺をしたという事実が数倍自分を悩ませた。

天井から吊るした紐に娘の首をかけた瞬間の気持ちを考えようとすると吐き気がする。



だが、考えずにはいられない。



俺は、二人を支えられていなかったのだろうか。


二人とも、死にたいなんて一言も言わないどころかいつも笑っていた。


父親のつれごだった不安な俺を二人は支えてくれた、その恩返しも含めて俺も父親がいなくなってからも二人を支えているつもりだった。



つもりだった



という言葉に、悔しさを含めた涙が目に溜まる。


いっそ後追い自殺してくれようか。



「おはよー!!」



うるさい。



「ああ。」



四文字を二文字に短縮した返事を返すと、再び頭を伏せる。



「ねえ、大丈夫?まだつらい?私がそばに…」



「五月蝿い。」



自分が言おうとした言葉が、自分の口からではなく、自分の隣から聞こえた。



軽い体の運動で、隣の女を見る。




「早く消えて、今はひとりにして。」




自分の心の言葉

を音読された。




彼女が言葉通り俺の視界から消えると、俺の目には、隣の表情を持たぬ女しか写っていなかった。



背景は白い。



自分から何か言おうと口を開くより先に、彼女は口を開く。



「人間って不可解な生き物。」



この女は、いつもイヤフォンをつけている。


今も。


彼女はイヤフォンが刺さった、iPhoneを動かすと、片耳を俺に分け与える。



絶対の力に動かされて、片方のイヤフォンを左耳に入れる。




「やぁん…もっと、!」




彼女は一瞬この世の全てを知ったような恵美を浮かべた。




「ほら、人間って汚い。」



頬杖をつく顔にはもう笑顔は

ない。



片耳には、絶えず音が流れる。




「これって…、お前の…お、」



「何言ってんの、AV女優に決まってるじゃない。」



俺に有無を言わさず、台詞を紡ぐ。



「こんなの聞いて、教室で独りで興奮して、変態でしょ。」



もう一度浮かべた笑には、普通の人間の悲しい表情があった。



俺は彼女の腕を取りキスをした。



「素敵、素敵な人なのね。」



彼女の目は悲しさをを物理的に現し始める。




もう、何もかも、どうでもいいと思った。








「はぁぁっ、まだ、まだして!」






俺の耳に届く声は、淫美であり、怪奇であり、汚い。



だが、とても愛おしい。



声に声でこたえ、愛に愛でこたえた。



時間なんてわからない。



わからなくていい。



この時が永遠なのだろう。



今がある、今が重なって未来になる、だが俺には目の前の今だけでいい。


俺の上で、生まれたままの美しい姿で体を動かし声をあげる’今’があれば。



汚い公衆トイレの匂いと、男と女の本当の匂いが混ざり合う空間。



そんな中でも永遠でも幸せだった。


快感の中に引きずり込まれ、頭が狂いそうになるまで、綺麗だ、誰にも壊させたくないと唱え続けた。



快感の中の彼女は、絶えず美しかった。


声には声で、わかった、壊させない、と返してくる。



そして新しい声。



貴方も、壊れては駄目、私を手放さないで、壊させないで、他人に触れさせないで。



反響。



わかった。

壊れないし、壊させない。




愛してる。


愛してるわ。




そのまま二人で眠りに落ちた。


時間はわからない。



朝日が朝を告げた。



彼女を俺の住処に連れていく。



行く道に会話はいらなかった。



住処には魔物が住んでいた。



「お前、学校から連絡があったぞ!!俺は仕事で忙しいんだよ!お前の手間なんて焼いてられねえんだよ!ふざけんなよ!」



俺の頬に、魔物の攻撃が刺さった。



吹き飛ぶ。


魔物の叫び声、俺への攻撃が刺さる音。




その中でも、彼女は美しかった。



汚くなっていく俺を、何も言わず、見つめていた。



色々な罵詈雑言の中、一つの言葉が耳を激しく刺激する。



「この女は、」



持てる限りの殺気を目から放つ。



「んだよその反抗的な目は、で、この女はお前の女か、どれ、」



美の産物に手を伸ばす、愚かな手に掴みかかり、近くに落ちているナイフを突き刺した。



何度も、何度も。



美の産物にこんな汚物が触れることは、罪だ。



その父親という魔物の動きが止まる。


彼女が口づけを交わしてくる。



「もう駄目、いいよ、壊れちゃ駄目って言ったじゃない。」



「壊れてないよ。」



「本当?」



「あぁ。」



「ねぇ、一緒に壊れちゃえば、ずっと永遠に二人で絶対の世界にいられると思わない?」



「俺も同じこと思った。」



口づけを交わす。





最期の口づけ、最期の涙、最期の求愛。





人間とは、儚いものである。

ないものに縛られ、ないもので縛る。

そんな中で努力をして、生き続けてもふとしたことで、その努力が無になる。

だが、それが美しいとも言えるのだろうか?

花が散る様子をみんはは綺麗という。

それならば努力の末に、仲間の花を見つけて散っていく俺達は綺麗だろうか。




目の前の花を見つめて、茎の最高部に紐をかけながら、ふと、そんなことを考えた。

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