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雛はその名を食む

作者: 月暈まの

――名前というものは、人間が二番目に貰う贈り物だと聞く。一番目は命で、その次に値する価値を有しているのだと。私たちは自分で決めることができない数少ないもののひとつだ。生まれる場所と、産む人と、自分の名前は決められない。

親というものは生まれる前から、あるいは生まれた姿を見て、名前を考えるだろう。いくつもの候補が挙がる場合もあれば、一つしか決めていない場合もある。どちらにせよ、適当に考える親などめったにいないはずである。


「ひーちゃん!今日晩御飯は?」

「いらない。泊まって帰るから。」

「また?あまり友達に迷惑かけちゃあだめよぉ。いってらっしゃい。」


いってらっしゃいと、おはようと、いただきますは思春期になって子供が無視したがる挨拶ベスト3に入ると思う。私は「ひーちゃん」と呼ばれたことに朝から苛立ちながら、パンプスを履いて自宅を足早に出た。


私の家はいまだに一軒家も買えないような一般家庭で、家族4人でマンション暮らしである。父も母も姉も、とても普通で、そんな家族のカースト下位に属する私も、とても普通だ。『副崎雛実』という画数の多い名前を貰った私は、家では皆から『ひーちゃん』と呼ばれている。ちなみに姉の名前は『風香』だから『ふーちゃん』だ、というのは繰り返す理由もないだろうか。



いつものバス停で、10分ほど遅延しているバスに乗り込みながら携帯電話を開く。通知がたくさん来ていたので、一つずつチェックして、返信していく。相手を間違えないように、丁寧に行う。その中で一つのメッセージで指を止めた。

『おはよ♪今日ヒナもカラオケ行くよね?』


クラスが一緒で仲良くなった、ユリからのメッセージに私は微笑む。

すっかり慣れた、笑い方だ。



学校につくと、いつものメンバーが既に私の机に集合しており、私も混ざってあれこれと他愛もない話をチャイムまで続けた。グループでは皆で愛称をつけており、二文字で共通したものを決めた。私は皆からヒナと呼ばれていた。


放課後になって、少し電車に揺られて生き慣れたカラオケへ向かう。フリータイムにしたけれど、高校生だからオールすることはできない。今日は親が寛大なエミの家に泊まることになっている。ユリの隣に座って、デンモクを見つめた。

「チカうまあー!」

私はあまりカラオケがうまい方ではない。音楽自体をあまり聞かないからレパートリーもないし、音楽の時間もおなかから声を出せと先生からいつも注意される。興味のないことはいつだって本気を出せない私は、チカが歌うバラードを黙って聴いていた。


「てかヒナさあ、うちのクラスにもう一人男子がいるって知ってる?」

「何それ、オカルト?」


トイレやドリンクなどで歌が止まった時、ユリが突然身に覚えのない話題を投げかけてきた。

「実は体が弱くて、ずっと入院してる男の子がいるんだって。出席名簿にはないけど、先生の名簿には名前のってたもん。授業でなくて卒業とかできるの羨ましいよねー」

ふぅん、としか言いようのない話題だ。確かに意外性はあったけれど、だから何という話。明らかに興味のない顔をしても、女子高生というのは話したがりなのだ。


「それで、今度会いに行ってみない?」


「は、なんで。」

「面白そうだから!友達になりたい!」


ユリはいつもたくさんの友達に囲まれている。そんな彼女がいたから、私は今のグループにいるのだ。本当に優しい子で、これも本心からで決して茶化してはいないのだ。ユリという行動力のある子といることで、面倒事に巻き込まれやすいがそのことにも私は感謝していた。というのも、あの家になるべくいたくないからだった。


「いいよ、行く。いつなの?」

「いつでも。場所は教えてもらったから、ヒナがよければ明日行こうよ。」

大勢で行っても、ということで私とユリはこっそり約束をして、カラオケに戻った。



カラオケがおわってエミの家で一晩騒いだ後、着替えをしにいったん家に帰ってから再びユリと落ち合うことにした私は帰りたくない家に、一時帰宅した。平日の朝だというのに、母の靴がまだあった。


「ただいま」

「…おかえり。ひーちゃん、お母さん今日会社休むけど、学校だっけ。」

「今日は代休だっていったじゃん!なんで覚えてないわけ、年なんじゃない。」

「そうだったわね、ごめんなさい。また遊びに行くの?」


返事も面倒になって、無言でうなずいて部屋に戻った。あの芯のないような気の抜ける声で『ひーちゃん』と呼ばれるだけで嫌気がさす。ユリたちからヒナと呼ばれるのは別に我慢できるのに、どうしてこんなにイラつくのだろう。理由はわからないままに、適当なワンピースを着て化粧をして、パンプスを履いて家を出る。鍵はどうせいるのだから開けっ放し。入った時のローファーは、向きが揃えられていた。


「――ッ、」


いってきますは、心の中で言った。





駅前でユリと落ち合って病院につくと、受付の女性に慎重に名前と事情を説明すると快く部屋を教えてくれた。何でもクラスメイトが来るのは初めてなのだとか。高い階の一人部屋のクラスメイトはどんな人なのか、この時私も多少の興味を抱いていた。

ユリは大きくノックをして、声がきこえると勢いよくドアを開けた。彼女の次に顔を出すと、意外にも体格の良い、病人らしくない少年が座っていた。


「やっほー初めまして!幽霊クラスメイト君!」

「幽霊じゃねえよ、和田悠理だ。始めましてなのにうるさい女子だな。話は聞いてる。」「じゃあユウって呼んでいい?決定ね!」

「勝手にきめんなよ…別にいいけど。」


だるそうに背伸びをすると、袖口からたくさんの管が見えて、思わず息をのむと和田君と目があった。

「で、お前、名前はなんていうんだよ。」

「私は副崎。よろしく。」

「下は?」


雛実、そう答えると彼は何度か私の名を繰り返した。ご丁寧に漢字まで聞かれて、スルーされたユリは賑やかに彼に話し、私たちは少しの間にかなり打ち解けることができた。

彼の病については、詳しくは教えてくれなかったが、少なくとも高校までは復帰することはできないのだという。年齢と共に免疫がついて治ることも考えられるので、大学に向けてすでに勉強を始めている彼の机には難しい参考書がたくさん乗っていた。




3人で喋っていると、私の携帯がマナーモードにしていたはずなのにバイブで震えた。着信が姉からだと知ると切ろうとした。

「出ろよ、俺はいいからさ。」

「…じゃあ、」

和田君に言われて通話ボタンを押すと、いつもキンキン声で怒る姉の声がどこか違うように上ずって、焦っていた。



――母さんが、倒れて今救急車でO×病院に運ばれてるから。ひーも来て。


窓の空いた病室の外で、救急車の音が聞こえた。姉の声が電話口から聞こえていた二人も顔を青くして、私の背中を押してくる。


「行けよ雛実、母親が倒れたんだろ!?」

「たまたまこの病院でよかったじゃん、早くいきなよヒナ!」


しかし動こうとしない私に、二人はどこかおかしいと感じたのか、押す手を緩めた。

下の方は騒がしく、携帯からは姉の事情説明が忙しなく聞こえ続けていた。

「おいどうし……、」

「私、行く必要ないよ。私が行っても母さん嫌ってるのバレてるし、向こうも嫌じゃん。だって私、あの人の顔見ただけでイライラするのに。」


普段私が言わないようなことをきいたユリは、少し唖然としていたが、和田君が何か言いたそうなユリより先に私に向かって叫ぶ。

「――それは生きてんだからイライラできんだろ。そんで生きてるんだからその原因の改善も可能なんじゃねえのか。何がお前を家族から遠ざけてんだよ。」


和田君の言葉は私に対するものだけでない重圧があった。カッターの音が聞こえてくるようだった。

「…名前だよ、」

「は?」

「名前を、『雛実』ってつけたのはあの人たちなのに、あたしのこと『ひーちゃん』って呼び続けて。呼ばれたこと一度もないよ、名前。学校で仇名は全然いいのに、そこに気づいてから家族に呼ばれるたびにキレそうになって。」

キモイよね、としゃがみこむと、背中に温かい体温を感じた。耳元でユリの声がする。


「そんなこと考えてたなんて知らなかったし。確かに呼ばない名前じゃなくて呼ぶ名前つけとけよって思うよね。」

私の求めた同意をくれる、女友達はいつだって反抗期の味方だ。瞼が熱くなるけれど、目の前の少年からは冷や水をかけられたような気分にさせられた。


「んじゃ雛実は親のことを何て呼ぶんだよ。」


「それは、」


お母さん、と言ってから、私は固まった。

「だろ。家族なんて一番近いのに、一番名前で呼び合わない変な関係だと思うぜ。悩む必要もない、どこの家だっていつだってそうだろ。」

――でもそれに悩めるくらいには、雛実は家族のことが好きなんだな。



和田君の言葉をきいて、私は気が付いたらお母さんの病室にいた。既に姉も到着しており、父は仕事が終わり次第くるのだそうだ。幸い命に別状はなく、に三日で退院できるのだそうだ。

「早かったじゃない」

「ちょうど、友達の見舞いに来てたから。ねえお姉ちゃん、ちょっと外で話さない。」


眠っている母にほっとして、姉を病室から連れ出した。中庭は車いすの患者とそれを見舞いに来た家族や、休憩中の看護師や医者が数人談笑していた。私達も空いていたベンチに腰掛ける。日向しか空いていなかったので、姉は日焼けを気にして文句を言っている。私は今までのことを全て話した。

姉は笑わずに聞いていたが、話し終えるとクスクスと笑い出した。


何がおかしいの、そう表情で訴えると、ごめんと前置きをして姉は正面の噴水を見ながら語りだした。


「私もさ、同じようなこと考えてた時期があったんだよね。私はふーじゃないもんって、お母さんにいったこともあったよ。あんたは言ってないみたいだけど。そしたらお母さんなんて言ったと思う?」

「知らない。呼びやすいからとかでしょう」

「違ったんだ。母曰く、『いつかふーちゃんの名前は別の人と結婚して苗字も変わってしまう。お母さんたちはその苗字を知らないけど、その苗字にふさわしい名前を考えなくちゃいけないの。だからその名前は』その旦那様に一生大切に呼んでもらうためにあるんだよって。」


意味わかんないよね、と姉は笑った。意味は分かっているような表情だった。そしてそのことも、姉はわかっていたのだろう、鞄から一枚の写真を見せてきた。


「アンタいつも家に長くいることないから知らないかもしれないけど。これあたしの彼氏。それで、これから旦那になる人。」

「…やっぱりね。」

「わかるか、姉妹だもんね。…あたしは別に、アンタも早くいい人見つけなよとか、そういうことを言いたいんじゃあない。それでもやっぱり今になって、自分の名前が始めて風香だったんだって思えるようになったから。」


姉の横顔は凛としていて、風に揺れる彩度の髪が生き生きとしているように見えた。座ったままの私を置いて、姉は立ち上がり歩き出した。

「母さんのことも気になるし戻ろう。そしたら聞かせてよ」

「…何を」


私が立ち上がったのを見て、姉は先ほどとは違う、悪戯っ子のような表情で笑った。



「ひーのこと名前で呼んでた男の子の話!」

「きこえてたの!?あれは違うんだってば!」



久しぶりの言い合いをしながら病室に戻ると、顔色が少し良くなった母親が私達のやりとりをくすくす笑いながら聞いていた。

「ふーちゃんもひーちゃんも大人になったと思ったのに、変わってなかったのねえ。」



『当たり前じゃん!』



母親の声に、「ムカツク」とは感じなくなっていた。単純だが、家族とはそういうものなのだ。







 

Fin.


これは私の体験を元に書きはじめた小説です。私はずっと家族から〇ーちゃんと呼ばれています。姉からは〇ーです。これに違和感がたまに感じるときがあって、なんで私の名前は違うのにそう呼ぶんだろう家族じゃんってなりました。

でも私は母を「おかーさん」と呼ぶし、父を「父」と呼ぶし、姉を「姉ちゃん」と呼びます。

家族が一番本名で呼び合わないのに一番近い、不思議な構造を持つんだああああと気づいてからこれをかくにいたりました。


今回はなぜそうなっているのかを自分なりに考えて結論を出してみたのですが、これ独身にも適用しないし結構浅い考えかもしれないです。

でもそこが、まだ何も知らない普通の家庭の普通の姉妹の出した結論らしくていいんじゃないかと思って採用しました。


今回も細工はちょこちょこ入れてますがまあわかりやすいものばかりですね。

反抗期の反応とかは自分のと似たのをいれてるのでかなりリアルかなっていう謎の自信がありますし、ベンチの立ち上がるシーンはまあ普通に感情の変化も表してます。

しいて言えば和田君をもうちょっと掘り下げたかったんですが、原稿用にページ量考えてかいたのでもの足りない感はありますね。

和田君と雛実を最終的にくっつけたいんでまあくっついたとおもっといてください。

恋愛要素がもっとかけるようになりたいです。

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