不愉快のケーキ。
「わぁシン君久しぶりですねー」
何故だろう字面的にはとても明るいかつ紋切り型のなんの問題もない言葉なのに。
「どうしてましたか?まさかお元気にしてたなんてこたぁありませんよね」
平坦に温度のない言葉では駄目だというのか。
はたまた
「ていうか、なんでこんなところにいるんですかぁ?」
私がテンション低く恨むみたいに吐くからでしょうか。
……あれ、なんでこんな険悪な雰囲気なんだ?
◆◇◆
「あ、×××××は先に行っといて。こ、この人はど、うきょう?の人……な、んだよ」
しどろもどろ、目線を彷徨わせながら隣に侍らせていた金髪ボンキュッボンの如何にも気位のお高そうな美少女に声を掛けるのはこの世界でお目に掛かるのは二人目の黒髪黒目のイケメン。
そして、この前会ったばかりの他人様である。
可笑しいなぁ、しっかり首を刎ねたはずなのに。
隣の目に優しくない素敵な金髪をお持ちの美少女様は不満気に、けれど仕方がない、とでも言うように黒髪なイケメンの腕に絡めていた自分の腕を外してお高そうなお召し物の裾を払って一礼、私を睨み付けて此方に背を向け去っていった。
「もってもてですね、羨ましい限りです」
……いや、訂正。女の子にもてても私は特に嬉しくもない。
親しみ易さと取っつき易さを醸し出すべく言ってみたもののあまり上手くなかったようだ。
「……えっと、確かユゥイさん……だったよね。俺の名前覚えてたんだ……えっと」
「立ったままなのもあれです。積もる話も……私は特にありませんがなんか、あるでしょう」
瞳の奥に恐怖が滲んでいた。
これだから……。
「ちょっと、話したいことがあるんですよね」
◇◆◇
「なんで、君がここに」
「それは私が聞きたいですねぇ。なんであなたがこんなところにいるんですか」
目の前で目を伏せたイケメンはこの世界において異常としか言えない力で満ちていた。それは魔王様についていた彼女と同じか、はたまたそれ以上かという程の異常。
普通に、召喚者に付与されるとしても頭ひとつ飛び抜けた力だった。
どう贔屓目に見ても異常。
ふと、その異常のかげに縊り殺してやりたい程に愛してるヒトの力が見えて溜息を吐きたくなる。
「……ていうか、私確かにあなたを殺しましたよね?」
「……首は刎ねられた。そのあと神様から説明を受けて……力と記憶とを回収されて普通の生活に戻されたんだ」
このイケメンに説明をした神様とやらがちゃんと説明を出来たのか少し心配になりながら目をテーブルに落とす。目の前の白いテーブルの上には綺麗で可愛いケーキが置いてあった。ほんの少し和んだ。
カツン、とそれにフォークを突き立てる。陶器と金属が打ち合わされる音に目の前の彼は少し怯えた。
首を刎ねられるという経験は中々刺激的かつ衝撃的で、まだまだ彼はその時の余韻覚めやらぬまま、という感じらしい。
「じゃあなんで、今あなたはこんなところで、記憶を保持したまま、前よりも強い力を持って、勇者紛いのことをしているんでしょうねぇ?」
「そ、れは、なんかきっと偶然召喚されて……」
「可笑しいですねぇ。偶然の召喚はその世界を守る神様がすぐ元の世界に返しますし、能力の付与なんてあり得ないんですよ。なのにあなたはまた、こちらの世界で勇者で、その力で戦っておられる。可笑しいですねぇ」
彼は口を噤んだ。
けれどその目は雄弁に語っていた。何故お前がそんなことを知っているのか、と。
そもそもなんで知らないと思ったのかが謎だが。
「しかも前よりずっと沢山の呪いがついてますねぇ。ソレ、如何したんですかぁ?誰につけてもらったんです?」
突き立てたフォークを動かしてケーキを崩す。
生クリームの白が汚らしく白い皿を汚した。
最早目の前の彼の顔は真っ青だった。何も言わない。
「だんまりですか。私は寂しいです」
そのまま彼を見つめて、手元のフォークを動かす。
ぐちゃりぐちゃりと、甘ったるいそれが形を崩してフォークに纏わりついてほんの少し、重たかった。
「寂しくて寂しくて、今度は間違いなく消去してしまいそうですよ?」
ぐちゃり、と真っ赤な果実が潰れて赤い汁が散った。
「まぁ、冗談ですがね」
手元に目を落とせば見るも無惨なケーキの残骸があった。
見るだけで食欲を無くしそうなそれは散々な有様だった。最早ケーキ原型はない。そもそもそれがケーキであったなんて、思えそうもない。そこに有るのは白と薄紅と赤が斑に混じり合って崩れたナニカでしかなかった。
食欲とかそういう問題ではなくて、食べ物には見えない。こういうものは寧ろ吐き気を催すのかも知れない。
目の前の彼もそれを見ていた。
そして何処か蔑む様な目で私を見る。
「……汚いね」
「そうですね」
「しかもまだ口もつけてなかったね」
「そうですね」
冗談だから安心したのか、それとも相手の欠点に似た物を見つけてつついて優越感に浸っているつもりなのか。彼はほんの少しの優越感を滲ませて口を開く。
「食べ物を粗末にするなんてどんな教育を受けたんだろうね。この国では今日食べるものにも困るような人が大勢いるのに」
そしてついに偉そうな講釈垂れるまでに回復なされた。さっきまで青い顔でしょんぼりしてたくせに凄まじい回復力である。
彼の頭の中では形勢逆転でもしたのだろうか。
「君がそれを捨てるってことはその人たちを馬鹿にしてるようなものだよ」
それにしてもこの全てを知った気になっているのか、自信満々に可哀想な人とやらの食生活について語ってる彼は何様のつもりなのだろうか。ちょっと気になる。
まるでネットやらなんやらでちょっと齧っただけの言葉をこれ見よがしにひけらかす子供のようだ。
彼は気付いているのだろうか。
道を歩く人やら隣のテーブルやらからの冷たい視線に。実感を伴わない言葉はどうしようもなく薄っぺらで空っぽな“言葉”でしかないということに。
空気が冷めた気がした。
「この前だってそうだよ。おれは困ってる人を助けようと思って力を振るってたのに。それに最初は偏見もあったけどそれを乗り越えてあの立場にいたんだ。なのになんでこっちの言い分も聞かずに一方的にあんなさ……」
いや、気付いていないのだろう。
そして前の世界であの、ビビットファンキーで幼女な神様が説明したことの意味も、理解していないんだろう。
そうでなければこんな台詞が出てくる筈もない。出て来て良いわけがない。
勿論私だって人のことを言える立場ではないだろう。
相手の言い分なんて聞いたことはない。他人の恋愛事情なんて三流メロドラマ以下の駄作だ。暇潰しにもなりはしないと思ってる。
「だからこっちの世界では……」
まだまだ彼の話は終わらないらしい。面倒だし意味なんてないから聞く気なんて最初からなかったけれど。
ぶっちゃけ、個人の思想も主義も愛も恋もなんでも意味なんてないと思う。
ひとりがどれだけ声を張り上げたところで私みたいなのがくれば、そんなものまるでないみたいに壊される。
世界を変えるには足らない。
私の心に響くには足らない。
私の耳に届くには足らない。
まだ、まだ、まだ。全然だ。全く足りていないのだ。
身を切るような、魂を削るような叫びでさえこの私には届かないというのに中身の伴わないそんな言葉が届くものか。
そんなもの、ただの雑音だ。
「それに、本当はおれは今から孤児院に……
「あ、すみません、その話まだ続くんですか?」
言葉は届かない。けれど鼓膜を揺らすというのなら、それが雑音だというのなら、五月蝿いことに変わりはない。
強いて言うなれば耳元で延々と黒板をひっかく音を聞かされるのに匹敵する不愉快さだ。
「そろそろ飽きました。いや、もともと聞いてませんがね?」
フォークでケーキの残骸を掬って食べる。
目の前の彼はぽかんと口を開けて間抜け面を晒している。
「長ったらしい自慢話はもう結構です。他人の不幸自慢なんて聞いてても楽しくもなんともないんですよ、寧ろどっちかってーと不愉快の部類ですね」
零さないように気をつける。細切れにしたのは私だけれど食べにくいことに変わりない。
それでもテンポよく口に運ぶ。
美味しくもなんともなかった。
「そろそろ本題に入りましょう。あなたが目を逸らした本題に」
甘ったるい香りも。
口の中でどろりと絡まる甘味も。粘つく酸味も。
「いい加減現実に目を向けましょう。独り善がりも自己満足も、自分の中だけで完結してくれませんかね?」
私にはそれを美味しいと受け取ることなんて出来ないんだから。