早々に帰りたい。
事の発端は例に漏れず今回のお仕事にある。
△▼△
この仕事はこれまでの仕事の中で恐らく最も面倒臭いだろうと思う。
どういう風の吹き回しか知らないけれど、今回私は、対象に接触直後の処分を禁じられてしまった。
面倒臭くて仕方ない。
何故だろう。
いつも説教じみたことした挙句正座させてすぱーんと首を狩るのが悪かったのか。さっさと仕事済ませて他の仕事に回れっていう無言の圧力なのか。
「何かぐちぐち考えてるらしいが無駄だぞ。今回のは誘き出すための餌も兼ねてるからな」
「別に何も考えてませんよ、……で、それどういうことですか」
「しっかり気になってるんじゃねぇか。そのままの意味だよ。お前を送り込んで向こうを誘き出す」
「そんなことわかってます、向こうって、誰ですか」
目の前の上司は呆れたように煙を私に吹きかけてきやがった。
「何しやがっ
「ホントにわかんねぇのか?毎度毎度俺らの仕事増やして下さるありがたぁい方々だよ」
ありがたくねぇ。そして仕事が増やされて困ってるのは私だ。上司じゃない。
「きっと奴らは干渉した世界にお前が行けば釣れるだろ、と上の方々の判断が降りてな。釣れなかったとしてもトリッパー等から奴らの情報を搾り取ってこい、以上!」
「彼らが関与したという確固たる証拠があるんですか?」
「無いとでも?」
返事が出来なかった。
「それに、あろうがなかろうがお前の仕事は変わらねぇよ。……良いか?忘れるなよ。何度も言うが考えるのはお前の仕事じゃない。いい加減、わかれよ」
「……そんなこと、とっくにわかってますよ、……失礼します」
踵を返した。
とっくに、わかってる。のに。
ふと、私の背中に声が掛かる。
「そういえばお前、さっき一瞬だけ素が出たろ。変わってねぇのな。……とりあえずちゃんと隠しとけよ?」
「っ!よ、余計なお世話です!」
羞恥で顔が熱くなる気がした。
▲▽▲
「……んー、どうしたの?眉間に皺、寄ってるわよ」
「これがデフォルトです、気にしないで下さい」
おっといけない。他人にも分かるくらいに眉間に皺がよっていたみたいだ。気を付けなくては。この顔はただでさえ取っ付きにくいと言われているのに。
それ程までに上司への殺意が抑えられなかったようだ。
「ただちょっと、上司への恨みつらみが、こう。溢れまして」
「その格好もその上司さんとやらのおかげなのかしら。コスプレ?」
「……そうですね。コスプレとやらではありませんが」
真っ赤なリボン、くすんだ赤のスカート、コルセット、黒の腕章。髪を結った長い結い紐もどれもこれも、彼女のよく知る極東人の格好としてはそぐわなかったのだろう。
確かに極東の国ではこう言う格好をしている人は少なかった。
一応これは仕事における制服であり一応正装でもあるのだが。まぁ、別にわかって欲しいわけでもない。
「でもだからって日本刀なんて持ち歩くのはやめた方がいいと思うわよ」
粗方周りにいた人間殿を殺し終えた彼女は私がさっき折ってしまった剣の刃の部分を足先でつつきながら呟き、そして驚いたように声を上げる。
「ちょ、これ刃物ですらないじゃない!プラスチック……?アクリル?どっちにしろこれ玩具じゃない!?」
愕然としたように。
「税込六百四十八円でした。それに私が銃刀法に違反するわけないじゃないですか」
「問題はそこじゃないわよ!?」
「えっ」
彼女は呆れたように額に指を当てて息を吐いた。
「元々、あなたがさっき真っ二つにした火の玉は魔法でも物理的にも防げないようになってるのよ?それをこんな玩具で真っ二つにしたのが問題なのよ。……普通の日本刀でも無理でしょうし……」
「そんなこと忘れてましたよ。そんな火の玉ありましたっけ。そんなことより私の剣が……」
「なんで火の玉の方を気にしないの!?」
間。
ぜーはーぜーはーと。思わず、お疲れ様、と肩を叩きたくなるような程にお疲れっぽい彼女を眺める。
どうして人を殺す時には躊躇わずに当たり前のようにさくさく、まるで疲れも見せずに殺ってったのに今はこんなに疲れ切って動揺しているのだろうか。
非常に不可解である。
それに何より。
「……不可解です。これは何か不思議な何か以外は何でも切れるという触れ込みでした。折れました。詐欺ですか?」
「不思議な何かって何よ……」
「あ、もしかしてあの飛んできた火の玉がこいつなんでしょうか」
上司に渡された資料だけど紙だから良いだろう。
裏の白い部分に書く。
漢字とやらは非常に描きにくい。書くことをあまりせずにいた弊害だろうか。
見せつけた『蒟蒻』の文字。
溜息を吐く彼女。
「そんなに溜息ばっかり吐いてると幸せが逃げますよ」
「余計なお世話よ……。て言うかそれ……こんにゃく、よね?あの火の玉はこんにゃくなんかじゃないわよ!?」
「コンニャクって食べ物ですよね。そんなものが飛んで来るなんてここは不思議な場所ですね。火の付いたコンニャクが飛んでくる世界ですか……。あれ、でもさっき火の玉は真っ二つになりましたし……可笑しいですね」
「常識的に考えて頂戴!戦場で食べ物が飛んで来るなんてどんな状況よ!」
いや、冗談ですよ?流石にわかってますからね?人の血の匂いと肉の焦げる匂い。どれを取ったってそんな平和で可笑しなお祭りじみたものには思えない。
此処は戦場だ。これは虐殺で戦闘で。それでいて恐らく戦争だ。
彼女が魔王側勇者側どうだこうだ言っていたから恐らくそういうものなんだろう。
今回は配布された資料に穴が多過ぎて役に立たない。
上も相当切羽詰まっていたらしい。それならそれでもいいけれど資料くらいちゃんと用意して欲しかった。
追って資料は送るって何事だか。
「わかってますよ。そんなファンキーなお祭りあっても困りますから」
彼女が半目で私を睨む。
それは敵意を込めたものではなく。寧ろ信頼と親しみと、そういった何かが滲む。同郷と勘違いしているからきっとトリッパーたる彼女は何処かに置いてきてしまった青春とかいう何某を重ねているのだろう。こんな状況なのに。
ていうか私結構ずれてるのに。それでも同郷と思いたがるのは……相当こっちも切迫詰まってるのか。
はたまた……そんな事すら気付かない程にこの黒髪黒目とやらは彼女の警戒心などをこそぎ取ってしまったのだろうか。
馬鹿馬鹿しいけれど。
「……まぁ、向こうに取られる前に見つけられて良かったわ。適応力もあるみたいだし強さもあるみたいだし。……それに」
馬鹿っぽいから。
彼女の口の動きはそう言った。
……ふぅん。
何だ。頭空っぽなだけのお嬢様じゃなかったんだ。ひやりと一瞬彼女の目に冷たいものがよぎった気がしたけれど、それは見間違いじゃなかったみたいだ。
彼女は私を利用する気なんだね。
別に構わないけれど。
なら、私も使わせてもらっても良いよね、彼女のこと。
ふと、何処か遠くで高らかに吹き鳴らされるファンファーレによく似た音。
同時に聞こえる大勢の誰かの喜びの声。
「あら」
遠くを彼女は眺める。
音のした方を。
「今回はここまでみたい」
そして私に向き直る。
「今回の戦争はここまでみたいなの。今回は此方側の勝ちだわ。……どうする?取り敢えずわたしは帰るけど」
それをここで言うのはずるいんじゃないかな?隠し切れてない笑顔と上からの感じがどうしようもなく吐き気を催す。
ていうかついて行く以外の選択肢は?
彼女は手を差し伸べた。
私はその手を取った。
「じゃあ私も連れていってくれませんかね、あなたの方の一番偉い方にご挨拶もしなくちゃいけないでしょうから」