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恨み辛みのさようなら。

 何かを殴れば手が痛い。だから人を殴れば手が痛い。

 蹴ったならば足が痛むのは当然のことで、つまり何かすればそれだけの何かが返って来るということだ。良いものにしろ、悪いものにしろ。

 だから、心が痛むだなんて吐かすつもりは毛頭ない。心なんてそんなもの何処にあるのか、それすらもわからないんだ。痛む筈がない。故に良心が咎める、だなんてそんな綺麗事の筈もなく。

 本能的に忌避するのだ、と言ったところで所詮それは、その行為に付随する痛みを嫌うだけだろう。その行為自体に何か特別な感情を持っているわけではあるまい。




 きっと、殺人を忌避するのは同じ理由であろう。

 人を殺せばそれは確実に根付いてそのヒトを縛るだろうから。

 例えば、罪悪感。

 これは実際、単なる恐怖に過ぎないのではなかろうか。いつか、ろくな死に方も出来ない、とかどこかで思ってしまったり、いつか誰かに殺されるのでは、と怯えてみたり。

 単なる恐怖、と軽く括ってしまうのもよろしくない気はするが。


 実際はあり得ないことに怯えるのもこれが原因なのだろうな、と思う。恐るべし恐怖。


 だから、きっと誰かを殺してしまったなら、もうそれを想定させるような物なんて握れなくなってしまうのだろう。

 人を殺した感触が蘇るだろうから。こう、ぞわぞわっと。そして、今度は自分が殺される側に回る恐怖に襲われて、はいおしまい。そこまで来たらもう手遅れだ。


 一応、そんな拒否反応が出るのを先延ばしにすることは可能でも、絶対に出ないようにするなんて到底ヒトの出来ることじゃあない。

 逆にそんなこと出来るヒトがいたらそれは壊れているとしか言いようがないのだろう。


 そう考えると、彼女は普通だったのかもしれない。感情はかなり穴だらけになっていたしヒトを簡単に殺してはいたけれど。


 だって、そうだろ?そうじゃなきゃこうはならんだろう。

 戦場のど真ん中で膝を付き、顔を覆ったまま。きっとその手に握っていたであろう片刃の剣はそこらに落ちていて、だなんて。


 そう、つまり彼女は。目の前の彼女は案外壊れてはいたものの普通のヒトだった、ということだろう。

 そして、結局のところ、ヒトを殺したヒトの行く末がこのようにして示されたわけだ。


 なんて、無様(可哀想)なんだろうね。


 ◆◇◆


 甲高い音が響いていた。金属を金属で打つような、そんな音。強いて言うならフライパンにおたまを力一杯叩きつけたような。

 勇者様とお別れして平民の皆様が生活なさっている町を歩きながら、私はそれを聞いた。


 子供が虐げられながらも平和な町で唐突に響いた音に私は心当たりがなかったけれど、どうやら町の人たちからすればそれは耳馴染みの深い音だったのだろう。一瞬、誰もが動きを止めたかと思えば皆様同じ方向に駆けていく。建物からもヒトが飛び出してきて人の流れに合流して駆けていく。まるで照らし合わせたように。

 途切れなく響くその音と、何も言わずにひたすら同じ方へと駆けていく住民。それはなかなか異様な光景だった。強いて言うなら、そう。まるで濁流。

 その濁流が向かう先は街の中心。お城がある方角。


 道のど真ん中に突っ立っているのは邪魔だったのだろう。誰かにぶつかられるし突き飛ばされるし大変だった。

 仕方ないから誰かの家の上に避けて、一目散に駆けていくヒトの群れを観ていた。何かに急かされるようで、何かから逃げるようで、酷く不思議で。誰かにこれは何だと聞きたくてしょうがなかった。


 観ていると、小さな子供が転んだのが見えた。食事もろくに取っていないのだと思わせる程に痩せこけて哀れなその子に差し伸べられる手はなく、寧ろ踏みつけ蹴り飛ばし我先にと駆けていく方々。


「見よ、これが現実である」


 だなんてひとり呟いてみたものの聞く人がいない独り言はなかなか虚しかった。



 洪水のようにお城に押し寄せるヒトの群れを観ているのにも飽きてきて、皆が背を向けた街の外に目を向ける。何かが見えた。土埃と、黒い影。

 遠く、という程でもなく。けれど近いわけでもない。そんな距離に見える何かが物凄い勢いでこちらに迫って来る。確かにもう少し高いところから見ればもう少し早く気付けるのかもしれない。

 つまりあのフライパンをおたまで叩く音はあの、何かが迫ってきている、ということを伝える音だったのか。


 皆が挙って背を向ける何か。

 警告音。

 ここは、勇者様のいるの国。


 手を打った。


「成る程、あれは恐らく魔物さんですね」


 よく見れば第一陣第二陣とふたつに分かれているようだ。いや、それがわかるくらいにまで近付いてしまった、というべきなのか。


 先にいる異形の化け物がもうすぐ街に到達するのだろう。

 後にいる群れにはヒトの形をしたものが多く見える。そこにいる方々の周りの透明などろりが渦を巻いて何かを形作るのが視えた。


 その中に、彼女がいた。


「なんということでしょう。これは運命でしょうか。逢いに行こうと思った矢先彼女の方から逢いに来て下さるだなんて」


 いや、運命な訳ねぇし。そもそも逢いに行くってなんだ。恋人か。愛人か。好きなのか。誰も突っ込んでくれないと寂しい。


 けれど丁度いい。会いに行こうと思っていた事に違いはないし、そんなのが向こうから来て下さったんだ。喜ばしいことに違いないだろう。たとえそれが彼女にとって喜ばしくないとしても、私にとって喜ばしいからそれで良い。


 カエシテあげます、だなんて言っておきながらまだ何もしてあげてなかったし、有言実行、そろそろカエシテやる頃だろう。用意が出来た、とも言うが。



 膝を軽く曲げて、足に力を込めて。跳ぶ。



 だんだん近づいてきているとはいえまだ遠い何百という距離を翔ぶ。

 途中で、向こうも気付いたのだろう透明どろりでできたらしい矢が飛んでくるけれど、そんなもの大したものでもない、と飛び越える。

 こちらを見上げてぽかんと口を開けた間抜け面の彼女。着地点の辺りに丁度いる。いや、狙ったのだけれどね。

 歩みを止めた彼女に呼び掛ける。


おじょーさん(ヒナさん)、あっそびっましょー」


 ◇◆◇


「あなた……何してるの!?馬鹿なの?ていうかどこから来たのよ、そもそもどこから……

「まあまあ落ち着きましょう。高血圧で死にますよ」

「そんな簡単に死んでたまるか!」


 それもそうか。ヒトという生き物は中々脆かった筈だが案外丈夫らしい。知り合いの中にはイライラとストレスで頭の血管破裂させるわ胃液により、比喩でなく腹に穴空けるわ忙しい奴がいたのだが、まぁそいつとは違うのだろう。


「頭破裂しません?知り合いはそのせいで三回くらい死んでましたけど」

「いや、その友達可笑しいでしょ、三回ってなに、三回って」

「ストレス性頭部破裂症候群です」

「そんなものあってたまるか!適当に言ったでしょう!ていうか怖いわ!」

「まぁ気にせずに」

「気にするわっ!」


 息を切らしてこちらを睨み付ける彼女。うむ。まだまだだな。ところで私は何を基準にまだまだだなんて言っているんだ?

 けれどこういう特に意味のない話にきっちり反応してくれるあたり魔王様にしろこの子にしろ似ていて面白い。私の周りには反応してくれそうな方なんていない。


「そういえばるっくんは如何してます?」

「るっくん……?……ああ、ルクのこと」


 キョトンとした顔、そして不意にその目に宿る鋭い光。かちり、と切り替わる音もしそうだった。


「そういえば、ルクに、あなたのこと殺すように言われたの。同郷のよしみで、見つからなかったらそのままにしておいてやろうと思ってたのだけれど……」


 腰に差した剣を、ゆっくりと彼女は抜く。緩く曲がった片刃の剣。即ち、刀。


「見つけたから、殺す」

「んな簡単に殺されてたまるか」


 その目にもう優しさはない。盲信する魔王様から殺せと言われたから同郷でも殺す、そういう意思が読み取れる。馬鹿馬鹿しいなぁ。


「一応、苦しまないようにサクッと殺してあげるから安心して。……遺言とか、あるなら聞くわよ」

「一応、聞きますけど見逃してくれたりは?」

「しないわ。……あと、逃げようとしない方が良いし、きっと此方に来たばかりのあなたよりわたしの方が強いから」


 あれ、なんだか見下されてる感が半端ない。

 あ、そっか。同郷(ジャパニーズ)だと思われているのか。平和ボケのほほん、ぽやんと思われているのか。


 彼女は周りに先に行くように言って、残ったのは私と彼女の二人。


 それにしても構えた剣が決まってる。超格好良い。やっぱり欲しいなぁ。

 帰ったら貯金下ろして買おう。……貯金とか殆どないや。


「魔王軍一の将、陸平(ろくひら)雛理。この名において、あなたを殺します」

「御丁寧にどうもありがとう」


 なんで名乗るかねぇ。面倒くさいのになぁ。それより名乗ると見せかけてばっさりとか、そもそも私がここに来た時点で切ったりそんな方が絶対良いだろう。騎士道か。ジャポニズム的に言うならブシドーか。ときめくが戦場では愚かだな。


 それとも、驕りか。


 きっとそうだ。ならば私もそれに則り名乗るべきか。


「世界管轄統制局世界軌道修正課雑用……じゃなくて庶務、シシィ。……もといシシバユウイ。舞台進行阻害因子(陸平雛理)を確認致しました。最早軌道修正は不可と判断、切除を開始します」


 仕事道具(相棒)を構える。かの世界においては死神が持つとされている大きな草刈り鎌を。


「さぁ、はじめましょう」


 ふと、切りかかってくる彼女にほんの少しの既視感を覚える。最近見たものではない。

 ふわりふわりと剣を避けながら考える。

 寧ろ、もっと昔。まだ、名前があった頃。そう、確か。


「ろくひら」


 ぽつり、と、自分で言った言葉で思い出す。


「ろくひら、って、大陸の陸の字に平らの平ですか?」


 避けるのをやめて剣を握る手を切り落とし、足を払ってバランスを崩したところを、勢いよくその背を踏み付ける。

 足元から蛙みたいな声が聞こえた気がしたけれど気にしない。足の下でもがくものだから足に力を込めてやる。静かになればそれでよし。


「質問に答えてください」

「……そうよ」

「へぇへぇ成る程ですねぇ」

「何が!」

陸平(むつひら)さんちの分家の出ですね、あなた」


 その瞬間、彼女の動きが、呼吸ごと止まる。


「なんで、あなた……」

「ちょっとむかぁし、縁がありましてねぇ」


 そう、何処かで既視感を覚えたあの剣捌きは陸平さん家の流派だ。昔散々相対してたんだ、忘れるわけもないか。なんていうか、その、大したことではないが、ただちょっと、私がまだ神々廻だった頃に色々あっただけで。


 ふと見下ろした彼女の腕はまるで壊れた蛇口みたいだ。血が溢れて止まらない。私にはもうない、真っ赤な血。

 ついでにそこらに転がってるであろう剣は私が貰ってしまってもいいだろうか。


「……シシバって、まさか……」

「あ、多分思ってるので間違ってないですよ」


 足の下で彼女が暴れ出す。


「ちょっと動かないでくださいよ」


 さっきの倍以上の力を込めても彼女は動くのをやめない。普通の人なら内臓が破裂して酷いことになっているにも関わらず、だ。


「なんで!なんで“神々廻”がまだ生きてるの!ていうかこんなところにいるのよ!」

「えー、そんなこと言われても困りますよ。勝手に殺されても困るっていうかぁ……」


 勝手に殺されても困る。

 しかし如何してこの子は生きてるんだろう。逆に此方が聞きたい。その昔、ちゃんとこの一族は根絶やしにした筈なのに。


「ていうか、なんであなたこそ生きてるんです?陸平の家は間違いなく消した筈なんですけど……何でこんなところに残党が?」

「あんたには関係ないじゃない!」

「ていうか、陸平さん家ってことはあなた極東人(ジャパニーズ)じゃないんですか?」

「わたしは生粋の日本人よ!」

「あ、そっか分家の陸平(ろくひら)は鏡向こうの日本に住んでるんでしたねぇ、其方は神々廻の管轄じゃありませんからねぇ……漏れがありましたか」


 しかし、何で一族皆殺しなんていう事態になったんだったかな?いまいち思い出せなくて困る。


 ほんの少し意識して見れば足の下の彼女はこれでも感情を食われているらしい。食われて、それでもすぐに湧き上がってくる激情に敬意を払うべきか悩むところだ。


「なんでまた、わたしの前に現れるのよ!もう、何もしてないのに……!」

「そんなこと言われましても……今回は別件ですし……運がなかったのではありませんかね?」


 それより、燃え尽きないのかな、この感情。逆に凄いというか。


 カエシテあげる、と言ったことだしそろそろ良いか。両足で彼女の背に乗ってしゃがみこむ。鎌を持った手と逆の手を彼女の頭の中に(・・・・)突っ込んだ(・・・・・)。そこにある見慣れた式(感情を食う式)を掻き回す。


「いっ、」

「ちょっと静かにしてて下さいねー」


 叫び出しそうになった彼女の口に布切れを詰め込む。そのせいで相棒は倒れたけどまぁ仕方ない。相棒かふんわり空気に溶けるのを感じた。

 ていうかこれなんて悪役?


「あー、やっぱりこれ、どっかで見たことあると思ったらあいつ(・・・)の式ですか。相変わらず雑な式ですねぇ、効果範囲にむらがありすぎるというか、何というか……ま、いっか。私もさして変わりませんしねぇ」


 式を取り除いて、整える。

 式と頭の中身との癒着があんまり酷いものだからちゃんと調整してやらないと一気に廃人コースだ。だからあいつの式は駄目だって言われてたんだよ。


「よし、完成ですね!」


 手を頭から抜く。ついでに彼女の口に詰めていた布も抜き取る。

 背中から降りた。それでも這いつくばった彼女は立ち上がろうとしない。荒い呼吸と欠けた手から溢れてやまない血。私のせいできっと内臓やらなんやらも酷いことになっているのだろう。

 ……よく考えるとここまで痛めつける必要はなかったような。なんだか申し訳なくなってくるというか。


 顔も涙やら鼻水やらなんやらで綺麗な顔じゃない。元が美人なだけに申し訳なさが溢れてくる。

 後悔はしないけれど。


 ……それにしても反応がないのはどうしてだろうか。急に反応がなくなって逆に困る。亡くしてた分の感情も一気に戻る筈なので、もっと叫ばれるかと思っていたのだが。

 ほら、食われてながらでもあれだけ叫んでいたんだし。


 それとも、感情に呑まれたか。


 体を起こして、膝をついた彼女が顔を覆う。


「なに、これ。こんなの。ちが、いや。わたしは、わたしは、……何?」


 さっきよりずっと静かで、それが何故か酷く不安を掻き立てる。


「なんで、こんなこと、わたし……ひと、が」


 まるで壊れる直前のような。

 私は、これに似た状態を何度か見たことがある。酷い後悔に襲われているやつだ。昔、家にいた時にヒトを殺した事に堪え兼ねた人と同じだ。



「壊れたか」


 ポツリと響く、無駄に良い声。いい加減聞き飽きてきた魔王様の声。


「重役出勤お疲れ様です、るっくん。本日はどのような御用で?」

「お前が現れたという話と、コレ(・・)が壊れた音がしてな」


 コレ、ね。そういえば最初からこいつは人としてみてはいなかったな。


 彼女が彼を見上げる。


「お前、何をした?」


 魔王様は彼女を無視して私に問う。


「彼女にかけられていた魔法を解いて差し上げたまで」

「余計な真似をするな」

「可哀想だとは思いませんでしたか?」

「思わんな。異界の民は此処での生活を約束される代わりに兵器として使われる、初代のモナルクからの決まりだ。……どうせ知っているのだろう」

「そりゃあ、まあ。初代様に伺いましたからね」


 取り敢えず、縋るような目でお前を見上げる雛理ちゃんをなんとかしてやれよ。

 そんな思いが通じたのか否か、彼は彼女と目を合わせる。酷く、冷めた目だった。


「……お前はもう、用無しだ」

「……なに、言って」

「じゃあ、お前はまだ人を殺せるのか」


 無理でしょうねぇ。彼女の言えなかった言葉を心の中で代弁する。

 食われている最中ですらあれだけの激情を孕んでいたのだ。人を殺すことに何も感じない筈があるまい。

 そして、目を背けていたそれが一気に帰ってきてしまったのならば、もう彼女は戦えない。


 貧血。青い顔の彼女は更に顔を青くして、俯く。噛み締めた唇から赤の筋が伝う。


「……無理、でしょうね」」


 それでも、泣き言を言わないあたり彼女は、強いのだろう。


 ふと、彼女は顔を上げた。泣き腫らしたような、腫れぼったい目。


「ねぇルク、お願いがあるの」


 彼女は言った。顔を拭って、微笑んだ。




「わたしを、ころして?」

 ___ルクに必要とされないわたしなんて、要らないから。




 天下の魔王様はその言葉に目を見開いた。真っ赤な目が溢れてしまいそうだ。

 そして、ほんの少し、気付かぬ程ほんの少し顔を歪めた。まるで人間染みた感情の色。苦悩の、色。


 対する彼女は決して綺麗な姿ではないのに凛とした美しさをそのうちに抱き込んだ笑顔を浮かべていた。先程までの悲しみも、全て何処かに捨ててきてしまったようで、何処か寒気がした。

 だってまるで、恋する乙女の顔。如何してまだそんな顔でいられる。私には理解が出来ない。


 そのふたりは、まるで物語に出てくるような美しさを持ったどうしようもなく人間らしい人間だった。


「……すまない。それは、叶えてやれそうもない」

「……うん、知ってた。無理言って、ごめんなさい」


 三流小説のようなラブロマンスが目の前で広がっているようなおぞましさだけが私にはあった。理解出来ないものが目の前で広がる不愉快さ。


「あのね、ルク」

 彼女は先程まで自分を冷たい目で見下していた男に寄り添う。

「わたしは、あなたがずっと好きだったのよ?」


 信じられない光景だった。


「さよなら、もう、二度と逢いたくないわ」


 ◇◆◇


「ねぇ、ユゥイ」

「はいなんでしょう」

「結局わたしは神々廻に看取られて死ぬのね」

「まぁ、そうなりますね。一応助けることは出来ますけど……半人前ですし、仕事の処理もありますし」

「ああ、別に助けてくれなくていいわ。何も出来ないのに生き永らえても、って感じ」

「はぁ、そうですか……」

「ねえ、ひとつ聞いてもいいかしら」

「どうぞ?」


 真っ黒な目が私を見ていた。


「神様は、いるの?」


 ……なんと答えればいいのだろう。


「いることは、いますよ」

 ただし、と続ける。

「人に都合のいいものではないでしょうね。神様と言っても出来ることはあまり多くありませんし、何より彼らも意識のあるモノです。考えることをして生きています。なので、生きとし生けるものひとりひとりに意識を向けることは出来ませんし、どちらかというと、個人の願いなんて気付いていない、という方が正しいでしょうか」

「じゃあ、やっぱりひとりに傾倒したり力を与えたりするのはあまりいない、ってことね」

「そうですね。そんなことしていたらすぐに世界は壊れてしまいますから、“上”から免許の剥奪やらなんやらが来るのが早いでしょうね」


 可笑しそうにいった。


「そりゃそうよね、やっぱり、気付けばよかった」

「というと?」


 そして彼女は薄く笑った。


「気にしないで?……けどひとつ言うならあれかしら」

「あれ?」

「貴方に言うのもあれなんだけど……気を付けて、この世界の神様は……」


 ぽつり、と言葉が途切れる。

 え、この世界の神様の情報とかとても欲しいんですけど。忘れてたが。


「あの、ひなり、さん?」


 肩に手を伸ばした瞬間、彼女の体がぐらりと傾ぐ。

 ゆっくりと倒れた彼女の下からじわりと滲む、赤。


「あれ、ちゃんと止血しなかったから多量出血かなんかで失神ですか?情けないですね、とりあえず、話の続き……

「何言ってるの、馬鹿じゃないの、気づいてるんでしょ、もう、遅いって」


 ざくり、と嫌な音がして軽い衝撃が走る。そして熱さ、痛み。私の胸から生えた片刃の剣。

 よく見れば目の前に倒れた彼女の胸元だ。じわりと広がる血の元は。

 こんな近くに来るまで気付かないとは……私も随分呆けていたらしい。


「それにしても酷い様だね。昔からなら考えられないよ。それとも、こいつに絆されたのかな?昔の綺麗で強い君は何処に行っちゃったのかな?」

「お生憎様、私が綺麗で強かったことなんて今まで一度もありませんよ」

「どうだか」


 胸から生えた刃を掴む。痛いし手は切れる。けれど血は出ないし、大したこともない。


「やっぱり、いましたかぁ、お前らは」

「うん、君が逢いにきてくれることも予想済み」

「逢うだなんて言うなよ。気色悪い」


 このまま剣を引き抜かれたらいくら私でも意識が飛ぶことは免れまい。

 そうなるときっと怒られるし自分でもきっと自分を許せない気がする。それに、何より私の胸から生えたこの剣は私のものだ。私が貰うんだ。


「取り敢えずその手を離せ。その剣は私のものだ」

「違うでしょ?コレは陸平ちゃんのだよ」

「訂正、私が貰うんだ」


 体の芯にある、体の核となるような式が少し欠けた。よろしくない。非常によろしくない。このまま消えるとかは更に嫌だ。


「貰うって……」

「返答に困るなよ。頭鈍ってんだよこの愚弟が」

「それでも弟って言ってくれるあたりに愛を感じていいかな?」

「黙れ他人」

「慌てて言い直すあたり可愛いよ」

「お前に可愛いと言われたところで嬉しくねぇよ」


 少し頑張って振り返る。下手に動くと更に式が欠けてしまいそうなので首だけで。

 振り返った先には思った通りのそっくりな顔。違うのは表情と、髪の長さのみ。私と違って緩く弧を描いた口元が憎らしい。私と同じ顔で喋らないで欲しい。


「今回もやっぱりお前らが?」

「うん、そうだよ」

「イケメン君を助けて力を付与したのもお前らだ」

「正解」

「この雛理ちゃんを此方に引き込んだのも」

「うん」

「この世界の神様をどっかやったのも」

「いいや、それは違う」


 は?


「逆だよ。世界を変えようとして、シナリオを変えようとして僕らを呼び込んだ(・・・・・・・・)のが、神様だ」

「そんなことって」

「あるよ。だって知ってるんでしょう?初代モナルクから教えて貰ってさ。最初に異界人を呼び込んだのは神様って。……まぁそのせいで殆ど力もなくしちゃってたんだけどね、ここの神様は」


 知ってはいた。けれどこんな事ってあっていいのだろうか。だってそれは、神様としては失格だろう。それとも人格のあるものとしては大正解だとでも言うのだろうか。

 世界の延命を望むならば個々の声明に注意を払ってはいけないと、そういう風に叩き込まれる筈だろうに。何故傾倒したのか。


 そっくりな顔が、笑う。


「だから、今回の依頼人は此処の神様。キャストは色んなところから集めたけどね」


 にこやかに、仕事をやり遂げた顔で。


「というわけでユウイ(・・・)。如何する?こっち、来る?歓迎する。ていうか、来て欲しいんだよね。ほら、やっぱり僕って半人前だからさ。君がいなくっちゃ一人前になれないよ。だから、ね?大丈夫。名前も全部取り返してあげる。安心してくれていいよ」

「それって人の背中に剣突き立てておいて言うことか?」

「あ、それはごめんね。でもこうしないと君と世界の接続が切れないでしょ?」

「何処まで知ってるんだか」


 でも、式が途切れかけたらすぐに上司に伝わる。私を後ろから剣でぶっさせるような奴なんて限られているんだ。すぐにこいつらなんか捕まっちまえ。


 意識して笑顔を浮かべる。

 見本は目の前にある。それと、全く変わらない物を浮かべてやる。


「お断りだ、出直してこい、というか二度と出てくんな」


 それに少し、彼は不意をつかれたような顔をする。

 そして、すぐに不機嫌そうになって、呟いた。


「へえ、そう」

 剣を握り直した。

「じゃあ、この世界での君には死んで貰うよ」


 ずるり、と剣が引き抜かれる。式は断裂。視界にノイズが走って、意識が霞む。

 嫌に明瞭な声。

 それすら認識も出来ずに。



 ___後で絶対上司も神様も〆る。


それだけ思った。

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