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はじめに

 暗闇に目も眩むような光。

 ゆっくりと目を開ければ其処は。



 戦場でした。



 鉛玉の代わりに魔法が飛び交い、硝煙の香りの代わりに気が狂いそうになる異様な死臭が漂う。


 東の空には宵闇を切り裂く真っ白な光が突き刺さり、西の空には黒い火を吹くドラゴンが空を舞い、南の空にはビリビリと空気を震わせ幾つもの人の形を既にしていない何かを吹き飛ばす巨大な剣がちらりとのぞく。


 そして北の空からは……真っ赤に燃え盛る炎の塊が降り注ぐ。


 呆然と突っ立った私に向かって。


 けれど慌てるには及ばない。

 やっとの思いでもぎ取った有給で念願の極東(キョクト)に行き、其処で買った日本刀(ジャパニーズソード)を取り出す。

 場末の土産屋で買った“蒟蒻”とやら以外は何でも斬れるという触れ込みの、税込六百四十八円の日本刀(ジャパニーズソード)を。

 残念な事に私には“蒟蒻”という字が読めないのでなにが切れないのかわからない。


 けれど今飛んで来ているアレが斬れないことはないだろう。……多分。


「……てい」


 結果。

 炎は真っ二つ。

 剣も真っ二つ。


 手に残った柄の部分を呆然と見つめる。

 え、こんなことってあって良いの?


 周りでは被弾したらしい知らない誰かたちが痛みに呻き喚き、右往左往している。転がっていた死体たちが焼け焦げ、判別すら不可能になっている。


 けれど、大したことではない。

 それより折れてしまった剣のほうがよっぽど大変だ。大事件だ。



 誰かが此方に這って来て助けてくれだなんて呻く声が聞こえた気もしたけれど、きっとそれは気のせいに違いない。

 足に縋り付く誰かの頭を蹴り飛ばした。


 どうしよう。日本刀(ジャパニーズソード)は、とても、脆かった。


「あれ、あなた、日本人?」


 一言ずつゆっくりと区切られた声が呆然とした私に届く。

 綺麗な、アルト。


 顔を上げる。


 其処には真っ黒な髪を結い上げ風に流した、ひとりの少女。

 真っ直ぐに私を射抜くその目の色は、黒。

 やだな、私とキャラが被る。その髪をほどくか切るかパーマでもかけて欲しい。


「あなたは此方側(魔王側)?それとも向こう側(勇者側)?それとも……どちらでもないのかしら」


 そんな私の内の声なんて聞こえていないらしい。

 無造作に私の足元に這い蹲る誰かを殺していく彼女。その目は私から離さないままに。


(ひずみ)か何かで偶然巻き込まれちゃっただけかしら?……それにしては、ただの一般人には見えないけれど」

「何処をどうとっても誇り高き一般人ですよ、私は」

「どうかしら?わたしの知ってる“黒髪黒目(同郷)”の一般人は飛んで来る炎を斬ったり足元の助けを求める人間を足蹴にするなんて、出来なかった筈よ?」


 否定を否定された。それに対する否定ができなかった。

 不思議そうに、でも警戒心は損なわず、楽しそうに彼女は私を追い詰めていく。


「何より、普通の人は戦場なんて来たら、倒れるわよ?」


 にこり、と彼女は笑う。

 完封かなぁ。見られてるとは、思わなかった。


 というフリをする。

 実際欠片程の動揺も無い。どうせ色々な悪意のない思惑で狂ったこの世界は近い将来壊れる。

 なら、気にすることでもない。彼女が見たという記憶すら、何も無いに溶ける。


 あれ、これじゃあ私が悪役みたいだ。

 今更だけれどね。


「……まぁ、いいわ。どっちにも付いてないトリッパーさんなんて珍しいもの。同郷者ってことに免じて助けてあげる」


 勝手に完結したらしい彼女がいきなりぽつりと呟いた。


 同郷だなんて、一言も言っていないのにね。


「代わりに、此方の役に立ってくれないかしら」


 彼女が手を差し出した。

 きっと彼女は私に彼女の手を取る他の選択肢なんてないと思っているのだろう。

 ここが何処かさえわからないまま、差し伸べられた手に縋るのは、きっと当たり前だから。


「わたしは 雛理。こっちではもっぱらヒナとか呼ばれてるの。よろしく」


 なら、その手を取った上で捨ててやろうじゃないか。

 だって私、こういうひと(・・)嫌いだから。


 手を取る。


「私はユゥイです、暫くお世話になります」


 彼女の手は、暖かかった。

 世界を狂わせた、今回殺さなきゃいけない彼女の手は。


「よろしくお願いします」


 欠片もよろしくするつもりなんてなかったけれど、まぁ構わない。


 私があなたを殺すまで、よろしくお願いします。


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