第八話「保留世界」
ゴォォン……
その音は、もはや進行でも停止でもなかった。
ただ「保たれている」という状態そのものが、音になっている。
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世界は変わっていない。
だが、固定もされていない。
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駅は動いている。
人は歩いている。
神社は崩れたまま存在している。
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すべてが“途中”にある。
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青年は気づく。
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これは安定ではない。
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保留だ。
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白い影が、静かに言う。
「選択は未確定のまま維持されている」
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青年は鐘を見る。
未完成のままの鐘。
確定しかけて、止まっている存在。
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「こんなの……続くのか」
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影は答える。
「続いてしまう」
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ゴォォン……
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音が鳴る。
しかし今度の音は、どこにも着地しない。
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駅のアナウンスが一瞬だけ途切れる。
人の動きが一拍だけズレる。
だがすぐに戻る。
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“戻る”のではない。
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戻された。
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青年は理解する。
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この世界は自律しているのではない。
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誰かが“維持している”。
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白い影が言う。
「あなたが観測をやめない限り、この状態は続く」
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青年は眉をひそめる。
「俺のせいか」
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影は少しだけ間を置く。
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「あなたの責任ではない」
「しかし中心にはいる」
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ゴォォン……
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鐘が鳴る。
今度は強くない。
弱い。
だが確実に存在している。
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その音は、青年の“視線の動き”に同期している。
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彼が見ると、世界は続く。
彼が見ないと、世界は崩れそうになる。
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青年は息を吐く。
「監視してるのと同じじゃないか」
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白い影は否定しない。
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むしろ、それが構造そのものだと認めている。
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そのとき、鐘の奥から声がする。
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『まだ終わらせるな』
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青年は目を細める。
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その声は以前よりも弱い。
だが消えていない。
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ゴォォン……
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音が一度だけ深くなる。
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その瞬間、世界の“端”が見える。
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ここで終わる世界
ここで壊れる世界
ここで分岐する世界
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それらがすべて、同時に存在している。
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青年は気づく。
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今この世界は、
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「決めないことで全てを含んでいる」
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白い影が静かに言う。
「それが保留の本質だ」
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青年は鐘を見る。
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手はもう伸ばさない。
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ただ見ている。
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その行為が、世界を維持している。
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ゴォォン……
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その音は、もはや問いではない。
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ただの継続だった。
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— 第9話へ続く —




