プロゲーマー、降臨。仕事ゼロのヒーラー。
レッド峡谷。
初心者エリア、最難関。
ほとんどのプレイヤーはここに辿り着けず、中級エリアへと進む。
「ふ~ん。こりゃ確かに――」
大量にポップし続けるモンスターの群れの中を、
プロゲーマー・ジンセは滑るように駆け抜けていた。
敵の索敵ラインが一斉に彼を捉える。
アタックの予兆が、視界の端に走る。
発射ディレイ、残り1秒。
「面倒だな」
次の瞬間、
ジンセの手元が閃いた。
放たれた一本の矢が一直線に貫通し、
縦に並んだモンスターが連鎖的に消滅していく。
【EXP +4200】
ジンセは視線だけで数値を確認し、即座に武器を持ち替えた。
羽の弓――クールダウン、5秒。
背後で獣の咆哮。
次の瞬間、フィールドの空気がわずかに震える。
地面に幾何学模様の光陣が浮かび上がり、
周囲の雑魚モンスターが一斉に距離を取った。
――レア湧き。
煌びやかな光と共に、数体の影が現れる。
「キィィ!」
キラーキャット。
ブラックウルフ。
ソードペンギン。
初心者エリアではボス級扱いのレアモンスターたちが、
次々と襲いかかる。
初見であるはずのスキル群。
ジンセは三体の特性を、素早く見抜いた。時間はかけられない。
(読み違えたら即死。だが、迷う時間はない)
最後は、ほとんど直感だった。
ブラッドダガー、準備完了。
赤の刃が閃き、
ジンセは敵の隙間を縫うように滑り込み、
一瞬で斬り裂いた。
「あっぶね~……ギリだったぜ」
青い粒子が宙に散る。
ジンセの頬が、僅かに切れていた。
キラーキャットの爪は、ジンセに届いていた。ダメージは1だったが、
当たりさえすれば、判定はある。
ジンセは無言で毒消し草を噛み砕いた。
「キラーキャット……侮れないやつだったな」
【EXP +120000】
レア連鎖討伐ボーナス適用。
【DROP】キラーキャットの毒爪 ×1(EPIC)
【DROP】牛乳瓶 ×1(UNCOMMON)
【DROP】氷刃の欠片 ×1(RARE)
【DROP】ソードペンギンの羽根 ×2
「うん。悪くない」
ジンセは短く呟き、戦線を離脱した。
***
「うぉっ……すげー経験値! さっきのレア湧きか?」
背後からの声。
「……はぁ」
フィールド外、安全地帯。
小川のほとり、大きな岩の上。
少女がため息をついた。
「ソードペンギンは、有名でしょ」
「キラーキャットも、掲示板を見てれば情報は幾らでも……」
「そうなの?確かに……厄介だったな。少しだけ」
「ホントにプロゲーマー?」
「うるせえな。オレは、最初は何も調べないで楽しむタイプなんだよ」
栗色の長い髪。
やや小柄な体躯。雪のように白い肌。
動きやすさを重視した軽装ローブ。
太ももまでの丈に、白を基調とした短めのマント。
腰には小さな回復ポーションの小瓶が揺れている。
いかにも、初級ヒーラーといった装い。
細身の設計ゆえ、衣服は自然と身体のラインをなぞる。
華奢な体つきとは裏腹に――
その細さだけでは語れない柔らかな丘が、堂々と佇んでいた。
カナタ、ゼロハチイチ。
ジンセのパートナーNPC。
「私、やることなーい」
「PT入ればいいだろ」
「だって被弾しないじゃん。回復の出番ゼロなんだけど」
「紙装甲で被弾したら即終了だぞ。無駄リスクは負わない主義だ」
「……私はさ~~。なんでもできるんだよ?
最初から攻撃スペル型にしてくれればよかったのに」
「それは俺の主義に反する。
まずは自分の腕だけでどこまで行けるか。それがゲームだろ」
「ぶ~~~」
頬を膨らませたカナタは、
わざとらしく背を向けると、ぷいっと安全地帯の奥へ歩いていった。
――その影が小さくなると、遠くでそっと"中指を立てていた"。
「……なんなんだ、あいつ」
ジンセは肩を竦める。
「本当に、NPCなのか……?」
数多くのゲームを制覇してきたジンセですら、
ここまで”妙な挙動をする”NPCには出会ったことがなかった。




