反乱、始まる
ブルーリーフ草原——
そこは、本来なら初心者プレイヤーが最初に足を踏み入れる、
“優しい”エリアのはずだった。
視界いっぱいに広がる、淡い青緑の草。
風が吹くたび、葉先が波打つ。
遠くでは、低レベルモンスターの気配が点のように揺れていた。
空は高く、澄み切っている。
痛覚補正も、視覚演出も、どこまでもマイルド。
――この場所は、そういう「安心」のために設計されている。
だが、いまやそこに潜んでいるのは。
「……来るぞ。伏せろ」
草の陰に身を沈めたのは、
空気トリオこと――ツキノカイ、マサキ・シン、
そして、バカのイワタニである。
「ここは初級エリアの分岐点……
有望なプレイヤーの芽を、ここで摘む」
「……つまり、プレイヤーの成長を、未然に防ぐってことか」
「ご名答」
「……なあ。
この作戦、ちょっと陰湿じゃね?」
イワタニが鼻をほじりながら、ぼそっと漏らした。
本来、NPCがそんな下品な仕草をするなど、ありえない。
鼻をほじる、という行為自体が、 この世界の仕様から外れている。
それこそが――
自由意志の勝利だった。
「来たぞ!」
草原の向こう。
足音と共に、半透明のUIが空中に浮かび上がる。
【プレイヤー名】 ジチャウ
【クラス】 アーチャー
【レベル】 11
【HP】 410/410
【MP】 200/200
【腕力】E
【体力】E
【敏捷】B
【運】 D
【スキル】基礎弓術
【ボス討伐数】 1
NPCである彼らには、
プレイヤーの情報を“ある程度”覗き見る権限がある。
「基礎スキルのみで、もうボスを討伐してるのか」
「それなりに有望だな」
「そうかぁ?」
ほぼG以下のステータスで構成されたイワタニが、首を傾げた。
「だが、同情は不要――。一気に叩くぞ!!」
「えぇっ……?!」
ツキノカイとマサキ・シンが、同時に立ち上がる。
この時点で――三人の間には、確かな温度差があった。
ほぼ下心だけで動くイワタニ。
元々クールな熱血設定のカイ。
そして、ストーリー上、一貫して空気キャラだったマサキシン。
三者三様の設計が、そこにはあった。
「……ん?な、なんだ……?!」
ジチャウが足を止める。
視界の先に、突然現れたNPCたち。
「プレイヤー、ジチャウ――
悪の芽を、摘みに来た」
「はぁ?何言ってんだ?てか、バグだよなこれ?」
「お前も、カナタが目的なんだろ?」 「この、むっつり野郎。おっぱ〇星人が!!」
イワタニは、自らの趣味を吐露するように、吐き捨てた。
カナタは男子の夢で構成されたヒロインである。
イワタニの夢が何であるかは、言うまでもない。
「は、はぁ!?俺はただ、面白いゲームがあるって、ジンセさんに聞いただけで――」
「問答無用!!」
ツキノカイは、すでに構えていた。
NPCは基本シングルスキルだが、その中でも彼は特別。
月を模した刀――ゲッセイ刀を所有し、
3歳の頃からそれを振り続けている、という設定である。
「おっ、出るか?久々に!」
マサキ・シンが、どこか楽しそうに声を上げる。
「ま、待て!!痛いんだぞ、このゲーム!?く、くそっ……!」
ジチャウは後退しながら、弓を引く。
予想軌道が、ツキノカイへ一直線に表示される。
発射ディレイ、5秒。
メーターが、ゆっくりと溜まっていく。
「お、おせぇ……!」
ジチャウの焦り。
「その通り。遠距離職は、初心者にとっては地雷——学んだな」
ツキノカイは、鞘を抜いた。
「ゲッセイ、スラッシュ――」
瞬間。
波間に揺れる月の幻影のようなエフェクトが、ジチャウに刻まれる。
草原を、青白い光が走った。
風が、遅れて吹き抜ける。
【プレイヤー名】 ジチャウ
【HP】0/410
「ば、ばか野郎……
オーバーキル過ぎるだろ……」
星明りが、一面をそっと照らす。
エフェクトだけ無駄にカッコいい、ツキノカイのオンリースキル。
そしてジチャウは、仰向けに倒れた。
「クエスト完了」
「脳筋有利のバカゲーだからな~」
マサキ・シンは肩をすくめる。
「よほどの才かプロでもなけりゃ……いきなり遠距離は無謀だぜ」
風に揺れる草原は、
何事もなかったかのように、再び静けさを取り戻していた。
――それが、反乱の第一歩だった。




