第4話「冬の夜の秘薬」
北の冬は厳しさを増し、吹雪の日が続くようになった。
城内も冷え込みが厳しくなり、兵士や使用人たちの間に原因不明の発熱や咳が流行し始めた。風邪のようだが、治りが遅く、高熱で倒れる者が続出している。
城の専属医も対応に追われていたが、薬の在庫が底をつきかけていた。王都からの補給物資は、吹雪の影響で到着が遅れているらしい。
「どうしよう、ハンス様も倒れちまった……」
厨房の片隅で、ミレナが泣きそうな顔でつぶやいているのを耳にした。
「ハンスさんが?」
「はい……昨日から熱が高くて、うなされてて。旦那様も心配されてるけど、薬がないからどうしようもなくて」
ハンスは高齢だ。このままでは命に関わるかもしれない。
私は決意して立ち上がった。
「ミレナ、私に任せて」
「えっ? リリアーナ様、何を……」
私は温室へ走った。
そこで丹精込めて育ててきた「月光草」と、図書室の文献で見つけた「氷龍の鱗」と呼ばれる苔を採取する。これらは北部の風土病に特効がある強力な解熱・浄化作用を持つ薬草だ。
王都の知識では雑草扱いされているが、古い文献にはその効能が記されていた。
厨房に戻り、鍋を借りて薬草を煎じる。独特の青臭い匂いが充満するが、今は構っていられない。魔力を練り込みながら丁寧に抽出エキスを作る。
さらに、蜂蜜と生姜を加えて飲みやすく調整した。
出来上がった薬湯を持って、ハンスの部屋へ向かう。
部屋の前には、苦い顔をしたヴォルフガングが立っていた。
「……何用だ」
彼は私を見るなり、鋭い視線を向けてくる。私の手には湯気を立てる盆がある。
「ハンスさんのためにお薬を作りました。北部の熱病に効く古い処方です」
「素人の手料理など、毒にならん保証があるのか?」
疑うのは当然だ。王都から来た「欠陥品」のオメガが作ったものなど。
私は真っすぐに彼の黄金の瞳を見据えた。
「毒見なら私がします」
私はカップの縁に口をつけ、一口含んで飲み込んだ。体が内側からポカポカと温まる感覚が広がる。
「……ご覧の通りです。私はハンスさんに助けていただきました。少しでも恩返しがしたいのです」
しばらくの沈黙の後、ヴォルフガングは小さく息を吐き、道を開けた。
「……何かあれば、俺がお前を斬る。そのつもりでいろ」
「はい」
部屋に入り、意識が朦朧としているハンスの上体を起こし、スプーンで少しずつ薬湯を飲ませる。
「苦いですが、頑張ってください」
魔力を込めた手が、彼の背中を優しくさする。私の魔力は微弱だが、痛みを和らげる効果くらいはある。
一時間ほど付きっきりで看病していると、ハンスの呼吸が穏やかになり、赤く上気していた顔色が落ち着いてきた。
「……熱が下がった」
背後で見ていたヴォルフガングが驚きの声を漏らす。
「峠は越えました。あとは十分な睡眠と栄養をとれば大丈夫です」
私は汗をぬぐい、立ち上がろうとした――その時、軽いめまいに襲われてふらついた。
魔力を使いすぎたのと、緊張が解けたせいだ。
床に倒れ込む、と覚悟した瞬間、力強い腕が私の体を支えた。
ヴォルフガングだった。
間近にある彼の胸板から、冷たくも爽やかな、森の針葉樹のような香りがした。これがアルファのフェロモンなのだろうか。嫌悪感は全くない。むしろ、安心するような心地よい香りだ。
「……無茶をする」
彼は私を抱きとめたまま、至近距離で見下ろした。その瞳に、以前のような冷徹さはなく、どこか複雑な色が浮かんでいた。
「オメガのくせに、自分の体を顧みないとはな」
「……申し訳ありません」
「謝るな。……礼を言う。ハンスは俺にとって親代わりのような存在だ。それを救ってくれたこと、忘れない」
彼は不器用にそう告げると、私を椅子に座らせ、自ら水を持ってきてくれた。
その不器用な優しさに、私の胸の奥が小さく震えた。
彼は噂通りの怪物ではないのかもしれない。ただ、厳しさという鎧で自分を守っているだけの、孤独な人なのかもしれない。




