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 ここに来てから、早くも15年が過ぎた。


 鏡の中に映る俺の姿は、もはや這いずり回っていた赤ん坊ではなかった。適度に引き締まった筋肉と鋭い眼差し、そして魔力で顔の筋肉を押し固めて作った冷徹な表情。名付けて、『魔力ポーカーフェイス』! 前世の道化師のような面影は微塵もない。今の俺は、誰が見てもハエルトン家の高潔で寡黙な後継者、ルヒーグ・ハエルトンそのものだ。


 ……あ、今の表情、ちょっと重すぎたか? もう少し目を細めた方が強そうに見えるかもな


 何はともあれ、今日はより完璧に『無口系』を演じきらなきゃな。


 今日はついに、エルハイム王立アカデミーの入学式の日だ。


 ここは家門の力がなければ足を踏み入れることすら叶わない場所。総定員100名、平民や下級貴族たちは0.1%にも満たない難関テストを突破してようやく入学を許される、名実ともにこの大陸最高の教育機関だ。まあ、俺は公爵家の坊ちゃんだから、家門の名前だけでフリーパスだったけどな。


 アカデミーの正門をくぐるやいなや、貴族たちの華やかな馬車と傲慢な視線が降り注ぐ。その群衆の中で、ひときわ目を引く存在がいた。


 まずは、あちらで華美な護衛を引き連れて歩いてくる青髪の少女。ビエール伯爵家の令嬢、カイ・ビエールだ。我がハエルトン家とは、過去に血で血を洗う宿敵同士だった。今は俺の親父も「ビエールの奴らも、まあ、ああいうこともあるわな」と流してはいるが、依然として家門間の空気は刺々しい。カイも俺を見つけるなり、目を細めて敵対心を隠そうともしない。


 そしてもう一人。学生たちが道を開ける中心にいる人物。第2王女にして、無能な第1皇女や皇子たちを凌駕するこの国の実質的な権力者、クララ・エルハイム。彼女の眼差しは、まるで全てを見通しているかのように傲慢で、かつ静かだった。


 だが、俺は彼らの視線など軽くいなして講堂へと向かった。今日、俺は特別選範の合格者代表として演説を任されているのだから。


 実際、笑える話だ。俺は公的には魔法を使えない無能力者として知られている。世間の連中は俺を指して「見掛け倒しの後継者」と揶揄するほどだ。そんな俺に演説を任せたのは、おそらく王室の嘲弄か、あるいは我が家の影響力を確認するための試練だろう。


 ふぅ……ここが講堂か。宮殿並みにデカい建物だな……


 講堂に入り、席で待機したあと、人々が集まったところで俺は壇上に上がった。数千人の学生と貴族、そして国王代理人たちが俺を注視していた。さて、始めようか。


 「……」


 俺は口を開かなかった。『無口系』の美学は、やはり沈黙に宿るものだからな。


 予想通り、学生たちがざわつき始める。「なぜ何も喋らないんだ?」「やはり噂通り、魔力の暴走で舌まで固まったのか?」といった下劣な推測が聞こえてくる。クララ王女は興味深そうに頬杖をついて俺を見ており、カイ・ビエールは嘲笑を浮かべながら俺の醜態を待ち構えていた。


 フフッ、観客も十分に集まったし、雰囲気も整った。さあ、公演開始だ!


 俺はゆっくりと懐から家門の紋章が刻まれた金属牌を取り出した。ハエルトン侯爵家の家門牌。貴族にとってこれは家門の全権限と地位を示す、命も同然のものだ。俺はそれを空中に軽く放り投げた。


 人々の視線が虚空に浮いた家門牌に向いた瞬間、俺は魔力運用でその牌を握りつぶした。


 宙に浮く家門牌。さあ、力を込めて……!


 バキバキッ!


 金属音が静寂を切り裂いた。俺は魔力運用によって、頑丈な金属牌を粉砕し始めた。


 蒼白い紫の炎のような魔力の残滓が家門牌を包み込み、やがて「ドォン!」という音と共に金色の破片が四方に飛び散った。


 「……!」


 「……これは宣言ね。ハエルトン家の名の陰に隠れるような真似はしないという……面白い男だわ」


 流石は王女。一瞬で意図を見抜くとはな!


 クララの言葉を聞いた観衆たちが騒ぎ出す。


 「正気か……?」「あれを壊すなんて……」「ありえない……」「それより、さっきのは一体どうやって……」


 そろそろ退場どきだな。


 俺は砕け散った家門牌の破편を踏みしめながら、そのまま踵を返して壇上を降りた。カイ・ビエールの驚愕に満ちた視線が、心地よく後頭部をくすぐった。


 よし、今の退場シーンは完璧だったな。10点満点中……9点!


 内心で快哉を叫びながら、俺は再び自分の席に戻って立った。


──────────


 混沌の中、入学式が終わり、寮の部屋に戻ってベッドに横たわるなり、我慢していた息を吐き出した。


 あー、マジで緊張して死ぬかと思ったわ……


 効果はてきめんだったはずだ。これでアカデミーで俺を侮る奴はいなくなるだろう。目立ちすぎて絡まれるのさえなければ、俺としては万々歳だ。


 「ルヒーグ坊ちゃま、中にいらっしゃいますか?」


 部屋の外から聞き慣れた声がする。セストだ。あいつはもう、すっかりおじいちゃんになったというのに、未だに俺に付き従って執事役をやると言い張り、結局アカデミーまでついてきた。


 俺は慌ててベッドから起き上がり、再び『魔力ポーカーフェイス』をセットした。そしてトーンを落とし、極力感情を排除した声で答える。


 「入れ」


 扉が開き、セストが入ってきた。彼の手には、先ほど俺がぶち壊した家門牌の破片がいくつか握られていた。


 「坊ちゃま……。閣下が見れば気絶なさるようなことをしでかしましたな」


 「……」


 「流石は坊ちゃまです。実に強烈な宣言でございました」


 セストは感激したように涙を拭った。この老人は時々、俺を過大評価しすぎるんだよな。まあ、悪い気はしないが。


──────────


 セストが去った後、俺は机の上に置かれたアカデミーの教科書を開いた。


 [ 第1章:魔力の循環と術式の基礎 ]


 相変わらず、俺にとっては無用の長物な理論たちだ。俺は本を閉じ、自分の手のひらを見つめた。


 とりあえず……明日の授業中も寝ずに格好良く座っている練習から始めなきゃな。


 俺は鏡の前でもう一度クールなポーズを練習し、異世界での本格的なアカ데미生活に備えた。


 これからの生活がどう転がるかはまだ分からないが、確かなことが一つある。


 今世では絶対に、誰かの観客にはならないということ。


 俺がこの舞台の主人公であり、俺なりのやり方で、この世界の常識をぶち壊してやる!

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