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 セストに字を教わることになった。


 俺が持ってきた本ではなく、別の本でだ。


 後で知ったんだが、あの本は禁忌魔法に関する禁書だったらしい。あんな物騒なもんが、なんで当たり前のように本棚に並んでいたんだか……。


 まあ、おかげでセストに字を教わることができたんだから、結果的には得したわけだ。


 こうして俺は、異世界の言語を習得し始めた。


──────────


 文字を覚える過程は思ったより大変だった。


 前世の知能があるとはいえ、この体は正真正銘、生後八〜九ヶ月の赤ん坊の体だ。少し集中すれば瞼が重くなるし、よだれはどうしてこう垂れるのか……。


 だが、諦めるわけにはいかない。


 二度とピエロのように振る舞って他人の顔色を伺う人生なんて送りたくない。この世界で力を得るには、まず文字からだ。


 「坊ちゃん、真似してみてください。これは『ア(A)』、これは『ルン(Run)』です」


 セストはやはり素晴らしい教師だった。彼の忍耐強い教えに、俺は前世の受験生モードを起動して知識を叩き込んでいった。


 実は日本語とは文字の形式も文法も全く違っていたが、試験のために英単語を数千個も覚えた経験は伊達じゃない。


 約四ヶ月が過ぎて一歳になる頃には、基本的な文章を読んで解釈できるようになった。セストは俺を『神の才能』だの『さすがヒエルトン家の後継者』だのと、驚愕の眼差しで見つめている。


 まあ、一歳の赤ん坊が字を読めばそうなるわな。もちろん、俺は字を読んでいる時以外は一言も発さなかった。寡黙で冷徹だが強い者、それこそが俺の理想だからな。


──────────


 文字をマスターしたことだし、次は魔法でも学んでみるか?


 セストが親父の呼び出しで一時的に席を外した隙に、俺は図書室の隅にある魔法書籍コーナーへと向かった。


 禁書なんてものじゃない、初級魔法の本を手に取った。


 『初心者のための属性元素魔法:第一巻』という本で、ちなみに著者は……書いてない。


 まさか別の言語で書かれてるなんてことはないよな……?


 俺は慎重にページをめくった。

 幸い、セストに教わった文字で書かれていた。


 魔法とは簡単に言えば、魔力で物体を作り出すことらしい。つまり水や火、風、岩などを生成するのが魔法だ。


 魔力は魔法で作った物の大きさに比例して消費量が増え、物によっても消費量が違うという。


 また、人の魔力総量は生まれつき決まっていて、修行で増やすことはできるが微々たる変化だそうだ。


 ちなみに、魔力で物を動かすのは魔法ではなく『魔力運用』と呼び、魔力運用で防御膜を作ることも可能らしい。


 おや……? この魔法陣は何だ? 『魔力測定』?


 手をかざしてみるか?

 ウゥゥン。


 何かが抜け出して、また戻ってくる感覚。それと同時に魔法陣の色が変わり始めた。


 黒かったインクが白い光を放ち、黄色、緑、青、紫へと輝く。それから再び青、緑に戻り、最後は黄色になった。


 しばらくして手を離すと、再び光を失い黒に戻った。


 ふむ……どういう意味だ?


 次のページを開くと、ある表が載っていた。最初に輝いた色が、別段の訓練なしに成人(十五歳)になった時の魔力総量を表し、最後に輝いた色が現在の魔力総量を表す、か……。


 表には、黄色は0〜100で一般人、緑は100〜1000で初中級魔導師、青は1000〜10000で上級魔導師……。


 あれ? 俺、紫だったよな? 紫ってどういう意味だ?


 「ルヒグ様! ルヒグ様! お食事の時間ですよ!」


 あ、乳母か? 授乳されるのはどうにも慣れないんだが……仕方ないか。


 俺は素早く本を棚に戻した。万が一見つかったら面倒なことになりそうだからな。


──────────


 授乳の後、俺は再び図書室へと這っていった。紫色の光が何を意味するのか確かめなきゃな。


 さっき読んでいた本を広げていくら探しても、紫に関する記述は見当たらなかった。


 まあ……関係ないか。じゃあ、魔法を使ってみるか?


 ページをめくると、四属性の基礎魔法が四つ載っていた。水、火、土、風。典型的な基礎魔法だ。


 右手を掲げ……魔力を集める!


 ビリビリとした感覚が指先を伝わってきた。魔力が集まっている! ならば……!


 「ウォーターボール!」


 ……。


 あれ? なんで魔法が出ないんだ? 魔力も確かに集めたし、呪文もちゃんと唱えたのに。


 俺はもう一度集中した。今度は全身の魔力を振り絞り、魂まで込めて叫んだ。


 「ウォーターボーォォォル!!!」


 ……。


 静かだ。賢者タイムが波のように押し寄せてくる。元クラスのピエロだった本能が蠢き、「なぁ、これ大爆笑もんじゃない?」と囁いてくる気がしたが、俺は必死にその考えを抑え込んだ。


 ダメだ、笑いに走っちゃいけない。俺はもう、真面目でクールな貴族の坊ちゃんとして生きるって決めたんだ。


 なのに、なんでできないんだ? 魔力総量が足りないからか? 仕方ないことなのか?


 「坊ちゃん? ここで何を……初級魔法書?!」


 やべっ。見つかった。ここで動揺したら疑われるのは明白だ! とりあえず平然と読みふけるフリをする。


 俺が何食わぬ顔でページをめくると、セストはその場で固まった。


 「ルヒグ様……まさか、内容を理解していらっしゃるのですか?」


 コクン、と頷く。もう隠す必要もないだろ。むしろ親父が知れば、誇らしく思うかもしれない。


 セストの顔色が変なことになった。


 セストが両手で俺を抱き上げ、図書室を飛び出して当主の部屋へと駆け込んだ。そのまま俺を降ろして叫ぶ。


 「シュ、シュ、シュタイクト様! ルヒグ様は天才であらせられます!」


 「ひゃあぁっ!? セスト、お前か!」


 親父が机に突っ伏してよだれを垂らしながら寝ていたが、セストの叫び声で飛び起きた。


 「申し訳ございません! ですが……!」


 「うちのルヒグがどうしたって……」


 「坊ちゃんが魔法書を読んでいらしたのです!」


 「何だと!? 魔法の本を?!」


 一歳児が本を、それも魔法の本を読んでいれば驚くのも無理はない。実際は十八歳だけどな。


 親父は驚いて呆けた顔をしていたが、すぐに威厳ある表情を取り繕って言った。


 「ルヒグ、魔力測定はやってみたのか?」


 「……はい」


 またしても驚いた様子の親父。だが質問を続ける。


 「色は?」


 「黄色と、紫色でした」


 「何? 紫? そんなの聞いたことないぞ。セスト、何か知っているか?」


 「いいえ……」


 まさか俺、特別なのか!?


 その時、親父がおどけて言った。


 「お前に分かることがあるか?」


 「なんですって!? あなただって知らないくせに!」


 えっ!? セスト、そんな口利いていいのか?


 すると親父がニヤリと笑って立ち上がり、セストの髪を引っ張る。


 「この野郎、生意気な!」


 「痛っ! 痛つ! 誰が育ててやったと思ってんだ!」


 セストが親父の頬を引っ張り、二人は取っ組み合いを始めた。


 ふむ。今なら抜け出せそうだな。


 俺はこっそり部屋の外へと這い出した。

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