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 「え……っ? あれ、誰だ……?」


 鏡に映っていたのは、高校生の俺ではなく、黒髪の赤ん坊だった。


 高校の制服ではなく小さなベビー服、染めて黄色かったはずの髪は真っ黒に、そして高校生の体格とは程遠い、小さくか細い赤ん坊の姿。


 ……絶対に俺じゃない。


 いや、でも鏡に映っている以上、俺であるはずなんだけどな。


 確認のために左手を上げてみると、鏡の中の赤ん坊も左……いや、右手を上げる。


 鏡は正常、俺の目도正常。


 ……ということは、マジでこの赤ん坊が俺だってことか!?


 「@〜#@%&〜#!」


 金髪の女性が、俺を見て何かを話しかけてくる。


 なんだか心配そうな眼差しだ。


 そんな目で見られても、なんて言ってるのかさっぱり分からないんだけどな……。


 「@%&@#〜」


 さっき俺を抱き上げた男性が、俺をベッドに降ろし、女性を見て言った。


 「@$%#〜」


 金髪の女性が、彼を見て微笑みながら答える。


 目の前の二人が誰かも分からず、初めて見る屋敷の風景、そして何より赤ん坊になってしまった見慣れない自分の姿……。


 ひとまず確かなのは、俺はこの体で人生をやり直さなきゃいけないってこと。


 つまり、同年代の子供より精神年齢が高く、知能も高い状態でスタートしたわけだ。


 それから、この二人と生活していくことになるって点か。


 金髪の女性が恐らく母さんで、黒髪の男性が父さんだろう。


 他人の体に、別の場所でやり直す人生。いわゆる『前世』ってやつだろうか。


 前の人生(高校生)でイジメられていたことを考えると、今世はどうにかそうならないように努力しなきゃな。


 うるさい道化師みたいなタイプじゃなくて、『静かな秀才』コンセプトで行くのが良さそうだ。


 ……と言っても、こんな場所に学校があるのかも分からないし、

そもそもここがどこなのかも分からないんだけど。


 まあ、少しずつ知っていけばいいか。


──────────

 ここに来てから、約一週間が過ぎた。


 ここは恐らく地球ではない別世界、異世界のようだ。


 そして俺はヒエルトンという異世界貴族の坊ちゃんになってしまったらしい。


 それから、やたらと俺の前で耳にする『ルヒグ』という言葉。たぶん、これが俺の名前なんだろう。


 貴族の家だからか、メイドや執事たちが屋敷中を掃除して回っている。


 そして、一番の驚きは――『魔法』が存在することだ。


 魔法。地球にはなかった力、『魔力』というエネルギーを利用して事象を引き起こす技術。


 その魔法を使って、執事たちが数本のほうきに触れることなく、一度に動かして掃除をしていた。


 おおっ! 魔法があるなら、きっと魔法学校みたいなのもあるはずだ!


 俺は貴族なんだから、きっと入学できるだろうし。


 うーん……魔法学校か。魔法学校なら、やっぱり実力が重要だよな。


 だったら、今のうちから魔法の訓練を始めてやる!


 ……で、どうやって使うんだ?


──────────


 さらに三ヶ月ほど経った頃、言葉のほとんどを理解できるようになった。


 メイドや執事たちが部屋でしている雑談を聞いて、言葉を覚えたのだ。


 もちろん、リスニング限定だが。


 赤ん坊の体じゃ、まだ喋ることはできないからな。


 ついでに、親父の名前も判明した。

シュタイクト・ヒエルトン。ヒエルトン家の当主らしい。


 母さんはエリカという名前のようだ。


──────────


 ここに来て四ヶ月ほど経ち、ようやくハイハイができるようになった。


 最初はノロノロ動いていたせいで、執事長のセストに見つかってベッドに戻されてしまったが。


 かなり速く動けるようになると、セストの目を盗んで部屋を抜け出すことにも成功した。


 ふふん、セストさえやり過ごせば、俺を止められる奴なんていないぜ!


 「ルヒグ様? なぜこんなところに?」


 ちっ! メイドに見つかったか!


 「ルヒグ様! なぜこうも外に出ようとなさるのか……」


 結局、追いかけてきたセストに捕まってしまった。


 邪魔者が多すぎるんだよなぁ……。


 でも、収穫がなかったわけじゃない。


 『魔力』というものを感じ取れるようになったんだ!


 セストが近くでこれでもかってくらい魔法を使うからだろうな。


 それと分かったことがもう一つ。


 誰でも少なからず魔力を持っていて、感情によって魔力の流れが変わるということだ。


 嬉しい時は速く滑らかに、悲しい時は遅く穏やかに、興奮している時は速く荒々しく。


 そんな風に。


 自分の魔力も感じられるようになった。


 ちなみに、俺の魔力総量は、セストの魔力を100とするなら0.1程度しかない。


 まあ、修行すれば総量も増えるだろ。


 たぶん。


──────────


 何度かの挑戦の末、ついに図書室にたどり着いた。


 俺が「図書室」とバブバブ言っているのを見て、親父が連れて行ってくれたのだ。


 サンキュー、親父。


 ともかく、俺は今生後八ヶ月くらいになり、喃語くらいは発せられるようになった。


 次は文字を覚えなきゃな。


 でも……文字ってどうやって学べばいいんだ?


 とりあえず、棚から一冊のカッコよさそうな本を取り出してみた。


 その本を開くと、屋敷でたまに見かける文字が並んでいる。


 ふむ、これがこの世界の文字か。


 ……。


 「ぜんっぜん読めねぇ!」


 うーむ、どうしたもんか……。


 誰かに読んでもらわないと、勉強のしようがないな。


 読んでもらう、か……。


 あ、そうだ! 執事がいたな!


 セストに本を読んでくれって頼めばいいんだ。


 俺は本を抱えて図書室を出て、外に立っているセストにそれを見せた。


 「……お読みしましょうか?」


───── セスト視点 ─────


 私の名前はセスト。


 ヒエルトン侯爵家の執事長です。


 14歳で働き始めて現在62年。


 今は当主様のご子息であるルヒグ様の育児を任されています。


 ルヒグ様は、実にお変わりになられたお方です。


 生後四ヶ月ほどでハイハイをして逃げ回るわ、一度もお泣きにならないわ……。


 そして今は、私に本を読んでほしいと仰っています。


 しかもただの本ではありません。


 禁忌魔法に関する『禁書』を、です……。


 あの本は隠されていたはずですが、一体どこでこんな本を見つけてこられたのでしょうか?


 「あ、あの……坊ちゃん。この本は、読んではいけない本なのですが」


 小首を傾げるルヒグ様。


 「……坊ちゃん、もしかして字をお読みになれないのですか?」


 コクン、と頷くルヒグ様。


 「……では、私が文字をお教えいたしましょう」


 その瞬間、ルヒグ様の表情がパッと明るくなったのでした。

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