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灰色の街より  作者: kusyami
第二章 猫を探す
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公園での出会い

 ソラールの紋章を胸に刻んだその黒人のおばあさんは、しばらく私の座るベンチの前で何も言わずにこちらを見下ろしていた。ガン見だった。私はキョロキョロしながら、どうしようか考えを巡らせた。彼女と彼女のセーターに刺繍された太陽、合計2人分の視線がもどかしかしい。いい加減気まずかったので、私は意を決してAirPodsを外して、おばあさんに「こんにちは……」と遠慮がちに声をかけた。ついでに微笑も添えたつもりだったが、恐らく不自然で不格好だったと思う。 

 いくら待っても、おばあさんからの反応は無かった。「こんにちは」の以前と以後で、何ら歴史が変わることはなかった――いや、何かが変わりつつあった。彼女は私から視線を外すことなく、肩にかけた大きな藤のバッグからタブレット端末を取り出したのだ。おばあさんは少しの間それを操作し、やがて私の方に画面を向けた。そこには真っ白な画面の中に、ただ一言だけこう書いてあった。

【黒猫の行方について、心当たりがあります】


 私は突然の事に内心うろたえていたが、それを表に出さないように努めた。わざとらしいゆっくりした動作で手に持ったAirPodsをケースの中に戻し、それを上着の中綿パーカーのポケットにしまった。それから私はどう対応すべきか考えた。あれこれ考えた末に、自分のスマホを取り出してメールアプリを起動する。そこに文字を打ち込んで彼女に見せた。

【Nice to meet you(はじめまして)

 それを見たおばあさんはまた自分のタブレットを操作し、画面を私に見せた。

【はじめまして(日本語で大丈夫ですよ。もう何十年も日本に住んでますから)】

 あ、日本語通じるんだ。自分の英語の成績を呪うような事にならなくてホッとする。続けておばあさんはこのような文を打って私に見せた。

【いなくなった黒猫を探しているのでしょう? どうやら私が些細ながら力になれそうです。どうでしょう、ご友人のお二人を加えて4人でその事について少しお話しませんか?】

……結構怪しかった。私は【少し待ってくださいね】とスマホに打ち込んで彼女に見せてから(彼女は二度うなづいた)、少し離れた位置まで移動する。


 どうしてレヴナントの失踪の事を知っているのだろうか。どうして猫の居場所について目星が付いているのか。どこかで猫を見かけたのであれば、どうして今その場所を伝えてくれないのか。そもそも心当たりがあるのなら、どうしてビラやポスターに書いた連絡先ではなく私に直接伝えたのか。どうしてタブレットで対話しようとしたのか。私がイヤホンしてたから? 日本語は話せないのかな? 読み書きは出来るのに? まあそんな事もあるかぁ。などなど、疑問が湯水のごとく湧いてくる。


 私はおばあさんに背を向け、ケイに電話をかけた。事情を伝えると彼女も怪しがった。あるいは私達の弱みにつけ込むような、何らかの提案をされるかもしれない。そのような結論にたどり着いた。ただそれと同時に、この話自体が魅力的である事は疑えなかった。解決の決め手になるかもしれない。事実、私はこの話を聞いて少し安心していた。日に日に大きくなる閉塞感や、このまま見つからないのではという不安――そんな暗く湿ったトンネルを手探りで進む私たちを、一筋の光が照らし出したのだ。

 ケイに駅前での成果を確認する――成果はゼロ。有益な情報はひとつも手に入らなかったようだ。正直、この状況を打開するための情報もアテもこれといってない。賭けてみる価値はあった。私とケイは、この分かりやすく()()()()()()()救済の手を、とりあえず掴んでみることにした。「太陽万歳」、とソラールさんの名台詞が頭の中に響いた。願わくばあのイケてるセーターの上で光り輝く太陽が、私たちの太陽でもあらんことを。


 電話を終え、私はおばあさんに二人と合流する事をスマホで伝えた。彼女はにっこり笑って頷いた。話は喫茶Paradisoで、という事でお互い合意し、再び私は駅前へと向かった。サイケデリックで太陽賛美なセーターを着た、無口な黒人のおばあさんと一緒に――

参考資料

・Pat Metheny「From This Place」,2020年

・くるり「There is (always light)」,2014年

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