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灰色の街より  作者: kusyami
第二章 猫を探す
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彼女たちの捜索

 黒猫のレヴナントが喫茶Paradisoからいなくなって3日が経った。初日から今日に至るまで、私たちはあらゆる場所を当てもなく探し回った。それは店内の(あらた)めに始まり、この喫茶店の他の階(サキちゃん達の住む部屋や屋上)、ビルの周囲にある植え込み、人一人通れるかどうかという狭さの路地裏を経由して、現在はこのK街全体に捜査の手を広げつつあった。

 私、ケイ、サキちゃんの三人は手分けして迷子猫に関する即席のビラを配りながら、それらしい所を探して周った。そのビラはサキちゃんのお父さんが作ったものだった。彼は責任を感じているのか、誰よりも手広く、早く、黒猫レヴナントの情報を募った。近所の動物病院、警察、保健所、迷子猫捜索のためのWEBサイトへの登録――街角という街角に()()()()()()迷子猫のポスターも、サキちゃんのお父さんが作ったものだ。喫茶Paradisoのビルの入口脇に、黒猫愛用の猫ちぐらも置いた(こういう物を目安にして、帰ってくることがあるらしい)。幸いな事に黒猫レヴナントが装着していた首輪の内側には彼の名前と住所が刺繍してあるので、見かけた人物が誤った対処をする恐れは薄そうだった。


 それでも何一つ情報が入ってこないままこの3日間を過ごした。サキちゃんは努めて元気に振る舞っているようだったが、怪しいものだった。クラスが違うので日中は彼女の様子が分からなかったが、それでも噂は聞こえてきた。こういった情報収集は主にケイの役割だった。彼女は妙に耳ざとい。我らが小さき諜報員が、隣のクラスにおける近況を拾ってくるのは造作もない。

 ケイが言うにはサキちゃんはクラスメイト全員に、例のビラを配布し続けているらしい。つまり登校直後に一度、昼休みに一度、放課後に一度の合計3回。もちろんビラは一種類しか作ってないので、内容はすべて同じ。それを2日間続けた。彼女の友達がもう貰ったよ、とやんわり彼女に指摘すると、サキちゃんはその事にいま気がついたような慌てぶりで、めちゃくちゃに謝るらしい。シンプルに挙動不審だった。


 今日は土曜日だったので、時間を目一杯使えた。私たちは朝9時から仕事に取り掛かる事にした。サキちゃんはいつも捜索するにあたって三方向への分散を提案する。しかし私とケイはその度にそれに反対した。サキちゃんを可能な限り独りにしない、という点で私とケイは無言の合意に達していた。そんな訳で、駅周辺の中心街をサキちゃんとケイが担当し、私はそこから離れた学校周辺と海岸沿いを探すことにした。


 学校の近くは、既に昼休みを使ってある程度捜査の手を入れていた。という訳で私は海岸沿いにある大型電化製品店の掲示板コーナーに、迷子猫のポスターを貼ってほしいとお願いしに行った(と、思ったらすでに店主さんが頼んでいたらしい。もう貼ってあった)。次にそこから歩いて10分程の、同じく海岸沿いにあるホームセンターにも同じお願いをしに訪ねる(こちらも同じだった。なのでレジ後ろの袋詰めする台に、それぞれ追加でビラを貼ってもらった)。それから近辺のラーメン屋と定食屋にも頼みに(これも同様。私がいる意味とは)行った。あとはひたすら捜索とビラの手配り。海岸にも足を運んだが、12月のオフシーズンの海岸に人なんてほとんどいなかった。犬の散歩をする主婦が一人、熱心にゴルフクラブを振るおじいさんが一人、それだけだった。一応どちらにもビラは配ったが、二人とも自分が何を渡されたのか良く分かってなさそうな表情をしていた。


 そうこうしていると正午になった。朝から始めて3時間、歩き通しで流石に疲れた。私は休憩のために、海の見える大きな公園のベンチに座っていた。駅前の中心街とは離れた位置にある、市民の憩いの場。広々とした公園だった。かつてこの地に来航した黒船にちなんで作られたらしい。広場の中心には大きな記念碑があり、資料館なんかもあった。私は入ったことがなかったので詳細は分からないが、中にはジオラマなどが展示してあるらしい。


 私はAirPodを耳に付け、スマホでランダム再生をオンにする。シンディ・ローパーの『グーニーズはグッドイナフ』が流れ出す。すこしうんざりしながら、昼食用にホームセンターの小さなフードコードで買ったサンドイッチを食べた。味が薄かったので、あまり美味しくなかった。私はParadisoのサンドイッチの味を思い出しながら、一緒に買ったペットボトルのミルクティ―で無理やり流し込んだ。食べ終わると、いつの間にか黒人のおばあさんが私の前に立っている事に気がついた。


――いや、「いつの間にか」というのは少し違う。彼女は少し前から園内にいた。私はそれを目端で把握していた。彼女は初め、遠くのベンチから私に視線を送っていた。私がサンドイッチを半分食べた辺りでおばあさんは数メートル先のベンチに移動して、やはりこちらに注意を向けていた。そして食事が済んだ今、彼女はいよいよ私の目前にやってきた。おばあさんは非常に()()()な柄のセーターを着ていた。その色調があまりに目立ったので、よっぽどのスルー力がない限り、その存在を無視することは難しい。濃いピンク色を基調として、赤とオレンジ、それから水色の心電図のようなウネウネ模様が所狭しと駆け巡っている。おまけに胸の辺りには、巨大な太陽らしきマークがデザインされていた。その太陽には顔が描いてあって、私はその仏頂面と目が合った。私ははじめ「おや?」と思った。既視感のあるデザインだった。そして彼女との距離が近づき、そのマークの詳細が分かる距離にまで接近した今、疑念は確信に変わった。

――そう、これはアストラからやってきた信心深き放浪者、太陽の戦士ソラールの紋章。名作ゲーム、ダークソウルのNPCのシンボルだった。

参考資料

・Pat Metheny「From This Place」,2020年

・くるり「There is (always light)」,2014年

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