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灰色の街より  作者: kusyami
第一章 喫茶Paradiso
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致命的な落とし物

 私とケイとサキちゃんは珍しく三人で下校していた。高校の正門を通り過ぎ、私たちが良くパーティを組んで遊んでいるFPSゲームの最新調整パッチについて意見を交わしあっている時、サキちゃんのスマホに一本の電話がかかってきた。

「お父さんからだ」

 彼女は一言だけそう告げて電話を取り、歩きながら通話を始めた。私はそんな彼女の横顔を見ながら、注意深く耳を澄ませた。もしかしたらあの無口な店主さんの声が聴けるかも――そんな事を呑気に考えていた。


 サキちゃんの様子がおかしい事に気が付くのにそこまで時間はかからなかった。彼女はさっきからしきりに「え?」とか「いつ?」と言った疑問を繰り返している。次第にその口調にあせりが混じり出した。明らかに動揺していた。電話相手に口を開いたり相槌を打ったりする度、次第にその度合いが強くなる。顔色も悪かった。ただならぬ気配を察した私は、同じように察したらしいケイと目線を合わせた。

 やがてサキちゃんの動揺は仕草にも現れだした。スマホを握る手は固く強張っていた。フリーだった左手も挙動不審になる。胸の前で苛立ったように指同士をこすり合わせたり、複雑に絡ませたり、口元に持っていったかと思えば今度は耳たぶをいじり出したり――彼女の左手は存在可能な空間のあらゆる場所を次々に移動し、緊急性の高さを絶えず示し続けた。通話が終わるとサキちゃんは、黒猫のレヴナントが店からいなくなった事を私たちに告げた。

 彼女は電話で分かったことを、どうにかして私たちに伝えようと躍起になった。その結果、支離滅裂な、ほとんど単語の羅列に近い言葉の奔流が私たちに襲いかかった。主語は抜け落ち、時制は不一致を起こし、ワードの組み合わせが断絶し、文章は崩壊した。私はとにかく落ち着くよう、何度もサキちゃんに言い聞かせた。彼女の手を取って状況が好転するのを待つと、少しずつそれが収まってきた。


 辛うじて落ち着きを取り戻したサキちゃんから聞き出せた話はこうだった。

 店主さんいわく、正午にはまだ猫は店にいたという。一人で喫茶Paradisoを運営する彼は、昼食のために30分だけ店をクローズにする。今日もその時間が来たので、店内の音楽を自分好みの曲に変えてから昼食を食べていた。するとレヴナントが机に飛び乗ってきて、前足を店主さんの額に当てて「ニャァー」と否定の鳴き声を上げ、音楽の変更を要求してきたとのことだ。つまりこの時は、彼はまだ店内にいたのだ。

 しかしそれから数時間後、レヴさんの姿が何処にも見当たらない事に彼は気が付いた。不安に駆られた店主さんはあちこち探したり、戸棚から猫のおやつを取り出してこれ見よがしに音を立てて封を開けてみたり、店内ラジオを彼の嫌いなものに変更してみたりした。それでも彼は一向に姿を見せない。昼食以降、一度として入口の扉は開かれていないはずだった(それはそれで喫茶店として問題だ、という点は置いておいたとして)。出入り可能な箇所はそこだけ。窓も閉め切っていた。

-――正確には扉は二度開かれた。昼食前に入口のプレートを「CLOSE」にする時と、休憩が終わった後それを「OPEN」に戻すための計二回。二回目の開閉が怪しかった。しかしプレートを「OPEN」に戻した後、カウンターの上にいたレヴにさっきと似たような事をされて、また店内ラジオの音楽を変えたという事があったようだ。少なくともその時までは健在だったという事になる。いつ、どうやって彼がいなくなったのか全くの不明だった。


 私たちは喫茶Paradisoに走っていた。道中の交差点で信号待ちになったので、サキちゃんはこんなこともあろうかと、黒猫の首輪につけてあったGPSの所在をスマホアプリで確認しようとしていた。しかしすぐに信号が青に変わったので、彼女はそれを後回しにして再び走り出す。私とケイはサキちゃんがあらぬ方向に飛び出して行かないよう、注意深く見守りながら彼女の後をついていった。

 Paradisoの入っている雑居ビルに私たちがたどり着いた時、サキちゃんは再びアプリを起動した。私もそれを横から覗き込む。ケイもそうしようとしたがサキちゃんがスマホを持つ位置が高く、彼女は上手く画面が覗き込めないでいた。

 サキちゃんのスマホ画面を覗くと、アプリの地図上に青い点がぽつりと表示されていた。GPSはこのビルを指していた。

――なぜ? 私は一瞬、思考が停止した。するとケイが「ねえ」と声を上げ、入口にあるA看板を指さした。何かがそこに落ちていた。サキちゃんは近づいてそれを拾った。銀色の小さなコイン状のアクセサリー。私はこれに見覚えがあった。そしてその時、何が起こったのかを理解した。


 それは黒猫レヴナントの首輪についていたものだった。GPS付きのアクセサリー。首輪のベルトという主の元から引き剝がされた、黒猫のかつての同居人の姿だった。

参考資料

・Pat Metheny「From This Place」,2020年

・くるり「There is (always light)」,2014年

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