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灰色の街より  作者: kusyami
第三章 うろんな人たち
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直感に従って

《ここまでの話》

黒猫レヴナントが喫茶Paradisoから姿を消した。

偶然出会った黒人の、声帯の無いろうあ者のおばあさん、「ミセス・ウィークエンド」の占いに従って、「私」たちは猫を探し始める。

魚釣り、ペットボトル・ロケットの打ち上げ、ニトリでのバグ技じみた行為――色々あった末、占いが示す「すべき事」はこれで完遂した。

黒猫は見つかるのか。そして端々で見え隠れする、ミセス・ウィークエンドの本当の姿とは。


主な登場人物

・私(語り手) 

Y市の高校一年生。新作ゲームにうつつを抜かし、年末の中間テストで散々な結果を残した。

・ケイ(長良 景子)

Y市の高校一年生。「私」のクラスメイト。くせ毛気味の黒髪ショートヘア。ちっこい。いつもやる気の無いジト目と平坦な声をしていて、何を考えているのか分かりづらい。

・サキ

Y市の高校一年生。「私」たちのひとつ隣のクラス。良く下校時に二人に置いていかれる。長い金髪をポニーテールにしている。スラッとしていて、朗らかな笑顔と目の持ち主でクラスの人気者。喫茶店Paradisoの店主の娘で、忙しい時は店の手伝いをする。喫茶店で黒猫レヴナントを飼っている。

 私は自分の置かれた状況を把握できないでいた。タチの悪い冗談に付き合っている気分だった。

 ひとつずつ頭の中で、今起きたことを順序立てて整理する。


――サキちゃんが道路に踏み込もうとした。信号は赤だった。見間違いなんかじゃない。彼女の周りには信号待ちで立ち止まる人も大勢いた。サキちゃんが歩道に向かっていたのも、確かにこの目で見た。

 だから私は走ったのだ。走っていって、彼女の右手を捕まえて……


「大丈夫? 何かあったの?」

 サキちゃんは路上で息を切らす私を見て、ひどく慌てているようだった。白のダッフルコートに、黒のズボン――私服だった。さっきまで下校途中だったはずなのに――どうして私服のサキちゃんがここにいるのか、まるで分からなかった。


「もう、大丈夫」と、私は自分が冷静である事を示すように、乱れた髪を手で整えながら言った。

「サキちゃんは大丈夫?」

 私がそう訊ねると、サキちゃんは力なく「あはは」と笑った。

「うん。ちょっと体力は持ってかれちゃったけどね。でも熱も無くなったし。今日ゆっくり休んで、問題無さそうだったら明日から学校行って良いって、お医者さん言ってた」

 彼女の言葉の端々から、衰弱の様子が伺えた。いつもと違う弱々しさで響く、聞き慣れた声。

 私は俯きながら彼女の言葉を聞いていた。意を決して彼女の顔を上目遣いで捉える。やつれた目元の彼女が心配そうに私を覗き込んでいた。バツが悪くなった私はまた俯いてしまう。


……そうじゃない、と私は思った。サキちゃん、さっきのは? あのLINEは? 学校にいたはずだよね?  私の頭に次々と訊きたい事がやってくる。

 もう一度、彼女の顔を見る……私は何も言わないことにした。

 私は「……良かった!」と、思い切りの良い笑顔を作った。

「なら明日は一緒に帰れるね!」

 私がそう言葉をかけると、サキちゃんはもったいぶるような、わざとらしい不満顔を作って、掠れた笑いを見せた。

「病み上がりなんだから、明日は置いてかないでよね!」


 サキちゃんは近くの薬局で薬を貰ってから帰るらしい。私も付き添おうとしたが、風邪が移るからと、サキちゃんの方からそれを断った。

 言う通りだ。それに病み上がりの人間に気を使わせるのも止めたかった。私は先に帰ることにした。

 帰り際、私とすれ違う瞬間、サキちゃんが私の耳元で囁いた。

「もうすぐ誕生日だよ」

 まるで別人に聞こえた。あまりにも無機質で、血の通わない冷たさを帯びた声。私は初め、誰に話しかけられたか分からなかった。声の主がサキちゃんだと私が思い至った時、息が詰まった。信じられなかった。

 しばらくして背後を振り返ると、彼女の後ろ姿はもう、薬局の自動ドアの中に吸い込まれていく所だった。店内の大きなガラス越しに、私に向かって小さく手を振る彼女の姿が見えた。私が手を振り返すと、彼女は背を向けて座った。

……帰ろう。心の底からそう思った。


 帰路に着き、駅のホームで電車を待っている間、私はサキちゃんとケイとのグループLINEを開いた。

 そこには今朝の私たちのやり取りが記録されていた。私はあの時「謝らなくても、大丈夫。無事で何よりだよ」と送った。その次にケイが、横山光輝の三国志に出てくるモブキャラの「ウム!」というスタンプを貼り付けていた。

 確かにそれらは存在した。代わりに、サキちゃんから送られてきたはずのメッセージは、影も形も無かった。送信取り消しの痕跡すら、見受けられなかった。ケイに電話したが、不在だった。


 何が起こっているのだろう。初めに喫茶店から猫が消えた。次にサキちゃん自身に奇妙な事が起こり始めている。

 彼女の体調不良も長引いている。黒猫レヴナントの喪失、その捜索――その疲れや心労が原因だとしても、引っかかるものがあった。


 不自然だ、と私は思った。何だか普通じゃない気がした。まるで彼女や彼女の身体は治りたがっているのに、何かがそれを阻害しているような、そんな印象を受けた。

 サキちゃんから目を離すべきではない。私の直感がそう告げた。私はそれに従ってみることにした。

()()()()()()()」と、さっきケイが言っていた事を、私は無意識に思い出した。 


 翌日の金曜日、サキちゃんが行方不明になった。彼女のお母さんから私に電話がかかってきてそれが分かった。


 今朝、体調不良から快復したサキちゃんは、いつものように朝食を食べ、いつものように制服に着替え、いつものように玄関扉を開けて家を出ていったらしい。

 しかしその後、一時間ばかりして担任から連絡が来た。ホームルールに姿が見えず、連絡なしに欠席したのを心配した電話だったらしい。

 サキちゃんのお母さんは彼女が、今朝学校へ行くといって出ていったはずだ、と伝えると、担任は動揺した。

 サキちゃんのお母さんはすぐに本人に連絡を取った。サキちゃんのスマホに電話をいれると、リビングのソファ脇から着信音が鳴り響く。彼女はスマホを家に忘れていた。


 そこで私とケイに白羽の矢が立った。サキちゃんと私たちが親しい事は本人からも、父親からも彼女は聞いていた。何か知っているかも。幸い連絡を取る手段はあった。サキちゃんのスマホ。母親はこれを使って、私とケイに連絡を入れたのだ。


 先に連絡したケイは、何も知らなかったらしい。何か分かったら連絡する、とも言ったそうだ。で、その次が私。

 以上の事はこの時、サキちゃんのお母さんから聞いた。色めきだった彼女の様子は、電話越しでも充分伝わってきた。

「サキちゃんなら、多分もうすぐ家に帰って来ると思いますよ」

 私が電話でそう言うと、母親は少し落ち着きを取り戻したようだった。

「私もサキちゃん、探してたんです。そしたら今、商店街の方に向かうサキちゃんを見つけまして。

 ええ、そうです。あ、今Paradisoの階段上がってますよ。Paradisoの上の階がお家ですよね? なら――」

……どうやら帰ってきたらしい。

 電話口からサキちゃんの名前を呼ぶ母親の大きな声が聞こえた。私は電話を切った。時計を見ると、9時半だった。


 朝5時に起きた甲斐があったというものだ。私は大きなあくびをしながら、スマホを制服のポケットにしまった。

 シンプルに眠い。よっぽど帰って寝たかった。でもこれで半分だ。ここで止めるわけにはいかない。私は頬を両手でぱしゃりと叩いて、歩き出した。


 私は朝の6時から喫茶Paradisoの入口を見張っていたのだ。サキちゃんがちゃんと登校するか見届ける為に。

 昨日の抜け殻のようなサキちゃんを思い出すと、いつ何時、何を起こすか分からない。いつもの登校時間に行動するとも限らないし、また幻を掴まされるかも。

 私は何が起きても大丈夫なように、予想される時間の2時間前にK街の駅前に着いていた。


 サキちゃんは8時に家を出てきた。昨日見たのと同じ、虚ろな表情をしていた。

 彼女は早速、通学路とは別の、およそ訳の分からないルートを彷徨(さまよ)いだした。私はその後を追い続けた。

 サキちゃんはまず、十字路を直進すべき所を右に曲がった。その先にはイオンがあった。

 まだ開店前。

 彼女はまず一階の、路地に面した入口脇にあるケンタッキー・フライド・チキンの、ガラス壁に描かれた看板を10分間も見つめ続けた。

 それを見ていると、朝ご飯を抜いてきた私の頭の中で、サキちゃんの安否とフライドチキンとが天秤にかけられた。

 私は強靭な精神力でもってこの不純物を撃退――何とか余計な事を考えずにサキちゃんを見守り続ける事に成功する。


 次にその先の交差点を直進して、そこにあるミニストップの前で20分間立ち尽くした。かつてミセス・ウィークエンドが儀式を行った場所。完全に同じ場所かどうかまでは分からなかったが、私はそこがその箇所なのだと直感していた。それが何を意味するのかは分からないけど、とにかくそう感じた。


 最後にサキちゃんは、ミニストップのすぐ傍にある高架下の公園まで歩いていった。小さな滑り台の前で立ち止まり、それをじーっと凝視していた。

 10分は続いた。この時点で、時刻はちょうどホームルームが始まる頃合いだった。


 サキちゃんは道行く先で時々、苦しそうに咳き込んだ。風邪がまだ完治していないらしい。

 それから彼女はふらふらとした足取りで駅前に向かったかと思うと、唐突にこちら側に折り返してきたので、慌てて近くの建物の隙間に入り込んでやり過ごす。

 で、そのままParadiso方面へ帰っていく彼女を見届け、そのタイミングでサキちゃんの母親から電話が来たのだった。


 とりあえず、サキちゃんは無事に家にたどり着いた。私はさっきまでサキちゃんがあるいていた商店街の入口付近、ちょうど彼女が咳き込んでいた場所に立っていた。足元を見ると、小さな茶色のシミが歩道の片隅に滲んでいた。

 大丈夫。大した事じゃない。私は自分に言い聞かせた。


 それにしても、一貫性の無い行動だった。学校のバックレ――ちょっとした反抗期にしては、あまりにささやかすぎた。

 同時に不吉だった。やっぱり何かがある。そしてその疑惑の先には、ミセス・ウィークエンドがいる。いなくなった黒猫、体調不良、現実ではない彼女の影、不審な行動――


 お手上げだった。私は駅前のロータリーに掛かった広い歩道橋の上に移動して、スマホを取り出す。それからミセス・ウィークエンドにこうLINEを送った。


【助けてください】


 これはある種の敗北宣言だった。だがもはや関係のない事だ。私が負けることで何かが変わるのであれば、喜んで敗者になろう、心からそう思った。

 何が起きているのか知りたかった。それから、何が起きようとしているのか、という事も――

 そして知ること以上に、サキちゃんの様子がおかしい事が心配だった。それに比べてみれば、その他の事なんてどうでも良かった。


 私の望みはシンプルだった。サキちゃんが元気になること。それから黒猫のレヴナントが再びParadisoに戻ってくること。それだけだった。

 やれ呪いだの、儀式だの、カサゴの頭だの、ペットボトル・ロケットだの、セフィロスのアミーボだの、ミセス・ウィークエンドだの、霊媒だの、降霊術だの――今やどれも価値の無い事だった。

 チェーン店の紙ナプキンにボールペンで書かれた些末な情報。SNS上で見られる、会ったこともない人物に対する罵詈雑言。あるいは、クレーンゲームにおける最初の100円投入。それらに等しい無意味な情報の羅列でしか無い。

 もしこの対話に彼女が応えないのであれば、例えば私はこのK街を行くあらゆる人々に、迷子の黒猫の事ではなくミセス・ウィークエンドの居場所を尋ねて回り、金属バットをホームセンターで買って彼女の家に殴り込みに行くつもりだった。

――いや、これはあくまで、例え話。そんな度胸は私には無い。


 心のなかで私が()()()()いると、ミセス・ウィークエンドからの返事が来た。

「お願い事があります。10時に駅前のマクドナルドへ」

参考資料

・Pat Metheny「From This Place」,2020年

・くるり「There is (always light)」,2014年

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