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灰色の街より  作者: kusyami
第一章 喫茶Paradiso
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喫茶店へ続く道

 そんな風にして私たちが歩いていくと、駅前のこじんまりした繁華街に差し掛かる。K駅に向かうメインストリート。この路地のちょうど中央にあるドラッグストアを左に曲がると「仲通り商店街」がある。上面が屋根で覆われた、典型的な歩行者専用のアーケード商店街。随所にある天窓は、それぞれ勝手気ままにくすんでいる。それは見る者に数世代分の時間の経過を嫌でも意識させ、何とも言えないワビサビを感じる仕上がりになっていた。


 ケイが通りがかりに「仲通り商店街」の入口をじっと見ていた。

――彼女は大分“ちっこい”。なんだかその姿を見ていると、下校途中の小学生が通学路から逸れようと画策しているみたいで、不安にさせられる。やがて無事に彼女がそこを通り過ぎると、少ししてから気だるげな声で言った。

「ああいう商店街ってさ。好きとか嫌いとかじゃなしに――なんか、見てるとフクザツな気分になるんだよね」

「フクザツ、ってどうフクザツ?」

 私が要領を得ないでいると、ケイが眠たそうな顔をこちらを向けた。

「――()()()()()()()()説明できないから、フクザツって言うんじゃん?」

「より意味が分からなくなったよ」と、私が普通に文句を言うと、彼女は唸った。

「なんていうか、懐かしいとか落ち着くとかとは、ちょっと違くてさ――」

 ケイは説明を試みる為に、ぽけーっとした顔つきで空を見上げた。が、上手い表現が見つからなかったのか、彼女は「ワカンナイや」とすぐにさじを投げた……ナンダソレ。

 それから先はしばらくの間、お互いに何も言わなかった。


 私たちは小さな横断歩道を渡り、向かいの歩道を引き返すようにして歩いていく。目当ての雑居ビルはすぐそこだった。4階建ての「小さな」、「古い」、「くたびれた」、「今にも崩れそうな」、「改築待ったなしの」、「建築物の耐用年数に関する法令のグレーゾーンを熟知してそうなイメージのある」、「1968年における3億円事件の真犯人をその当時、肉眼で目撃していそうな」、そんな雑居ビル。この近辺では古めかしい景観のビルがいくつもある。そこまで珍しいものではない。が、そのビルはとりわけ印象的だった。シミだらけの壁、亀裂とくすみのエレクトリカル・パレード。

 要するにとりわけ()()だった。もちろんエレベーターなんてものは無い。階段もなんだか細くて通りづらい。入口の階段脇にある「2F 喫茶paradiso(パラディーソと読む)」という看板がやや右に傾いていた。字体が何とも色鮮やかでポップな感じなので親しみやすさを感じるが、その反面、裏に潜む言いようのない“ものかなしさ”も同時に表現されている。調和の取れた見事な芸術品。競売にかけたら、きっと良い値段で売れるだろう。


 私はそのようなしょうもない事を考えながら、もう何度目になるか分からないくらい上った階段に足をかける。相変わらずありえない角度の階段だった。まるで宗教上における何らかの受難のようだった。その恐るべき一段目に足をかけた瞬間、私は突然思いついてゆっくり振り向いた。

「――()()()()?」

 ふいに声をかけられたケイは、首を傾げる。私はかまわず続けた。

()()()感と、それに自分が含まれてる感覚?」

 ケイはすぐに思い至り、「あ~」と納得したように口を開く。

「そう、それ。そんな感じ」

 私は一段一段をかみしめる様に、じわじわと一歩ずつ進みながら、ケイの言う“フクザツな気分”についての考察を続ける。

「ああいうアーケードと――」

 六段目。

「歴史ある個人商店とを見ていると――」

 七段目。

「このY市で生まれ育った自分もこの一部に――」

 八段目。

「含まれているんだなあ、みたいな――」

 九段目。

「安心感とか納得感を抱くよね!」

 九段目。

「――同時に、がっかり感も!」

 九段目。

遅々として進まない私のせいで、ケイがひとつ下の八段目でつっかえている。


「それがどういう意味を持つかは、今回の授業では触れません!」

 十段目で私がそう締めくくると、ケイがその感覚の比率について質問してきた。十二段目で私は「個人差がある」と答えた。ケイもそれに同意しつつ、行き過ぎたケース(承認欲求や顕示欲の拡大がもたらす有害性――例えばバイクによる暴走行為や往来における集団示威行為、傷害・損壊事件など)について触れてきた。私はようやくたどり着いた喫茶店の500kgくらいある木製ドアの取っ手に手を触れながら、それは”がっかり感”に付随したり、含まれたりして語られる事が多いと述べた。また、更に深く追及したければ、発展的な要素を扱う別の授業があるので、ぜひそれを選択して欲しいという旨も彼女に補足した。


 私が最後の力をふり絞って、この建て付けが悪すぎる入口の扉と格闘している間に、安心感と納得感とがっかり感の比率に関する議論が、ケイと私との間で交わされた。紆余曲折を経て、結局は個人差ではあるが、おおむね1:1:8の割合であるという事で決着がついた。

参考資料

・Pat Metheny「From This Place」,2020年

・くるり「There is (always light)」,2014年

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