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灰色の街より  作者: kusyami
第三章 うろんな人たち
18/24

週末と週日

《ここまでの話》

黒猫レヴナントが喫茶Paradisoから姿を消した。

偶然出会った黒人の、声帯の無いろうあ者のおばあさん、「ミセス・ウィークエンド」の占いに従って、「私」たちは猫を探し始める。

魚釣り、ペットボトル・ロケットの打ち上げ、ニトリでのバグ技じみた行為――色々あった末、占いが示す「すべき事」はこれで完遂した。

黒猫は見つかるのか。そして端々で見え隠れする、ミセス・ウィークエンドの本当の姿とは。


主な登場人物

・私(語り手) 

Y市の高校一年生。新作ゲームにうつつを抜かし、年末の中間テストで散々な結果を残した。

・ケイ(長良 景子)

Y市の高校一年生。「私」のクラスメイト。くせ毛気味の黒髪ショートヘア。ちっこい。いつもやる気の無いジト目と平坦な声をしていて、何を考えているのか分かりづらい。

・サキ

Y市の高校一年生。「私」たちのひとつ隣のクラス。良く下校時に二人に置いていかれる。長い金髪をポニーテールにしている。スラッとしていて、朗らかな笑顔と目の持ち主でクラスの人気者。喫茶店Paradisoの店主の娘で、忙しい時は店の手伝いをする。喫茶店で黒猫レヴナントを飼っている。

 その日、私はまた夢を見た。

 夢の中で私は「オーバーウォッチ」をプレイしていた。


 無音だった。

 普段、音を聞かないでFPSをプレイする事なんて無かった。にも関わらず私はこの時、その事実に疑問すら抱いていなかった。

 マップは「ウォッチポイント・ジブラルタル」。こちらのチームは防衛側だった。

 私はキャラをラインハルトにして防衛位置に着き、カウントダウンを待った。


 試合が開始しても、相手チームは一向に攻めてこなかった。相手側のリスポーン地点まで見に行くと、皆その中で固まっているようだった。


 自分のチームも同じだった。私以外の全員が、自らのリスポーン地点に籠もっている。試合が始まっているのに、制限時間が一向に減らなかった。ペイロードは一度たりとも前に進まず、キルログは沈黙し続けた。

 やがて無音のウォッチポイント・ジブラルタルにボイスチャットが流れてきた。いつからかは分からなかった。試合開始のカウントダウン前には無かった気がする。


 誰かのすすり泣きのようだった。男の人だった。

 遠く離れた所から聞こえるような、かすかな音量。かすれた嗚咽。

 その悲しげな声は、音を失ったゲーム世界の底の方から聞こえる、何かの訴えにも近い唸りに聞こえた。

 それはいつまでも止まなかった。やがて私が目を覚ます、その直前まで――



 月曜日の早朝、投稿中にサキちゃんからLINEがあった。体調不良で学校を休むらしい。

 私が心配していると、少しして、元気そうに「!」マークを大量に付けたメッセージが彼女から送られてきた。

 文章だけなら何とでも言えると思ったが、少なくともそういう素振りが出来る余裕はある、という事が分かっただけでも良かった。


 各授業ごとに、先週の中間テストの答案が返ってきた。その度に先生が熱心そうにテストの解説をしたが、その内容はほとんど私の耳に入らなかった。


 私は授業中ずっと、スマホでこそこそとネットサーフィンをしていた。

 私の席は一番後ろの、入口から数えて二番目の席――その事実が私の行動を後押しした。

おまけに右隣の席の望月クンがどの授業でも寝ていて、しかもそれが毎回ちゃんと先生にバレてくれた。体の良いスケープゴートだった。

 そんな訳で、私に先生の目が及ぶ事は無かった。ありがとう、望月クン。君は成し遂げた。


 私が調べていたのは、ミセス・ウィークエンドの事だった。彼女がどのような人物なのか知りたかった。

 占いの事は一旦置いておくとして、ミセス・ウィークエンドには不可解な点や真偽が疑わしい点が多かった。

 例えば、彼女は呪術師だという。少なくとも、K街の商店街ではそういう噂が立っているらしい。


 そんな物が本当に存在するのかな? 私の疑問はそのようなシンプルなものだった。アニメやゲームのような、限定された世界でしか存在できない――そんな珍妙な人物が実在するのか。私は 呪術師というキーワードで検索をかけた。

 結果は微妙なものだった。伝説、小説、噂話、アニメ、ゲーム――あらゆる創作物が検索にヒットした。大真面目に呪術の存在について検討するサイトも見つかった。

 それでも(当たり前の話だけど)そういった事を行える人物が本当にいて、まじないや呪いが実在するという確証は一切存在しなかった。ましてや「占い」に至っては、恐ろしく生真面目な調子でこう書いてあった。


「占いは科学的には何の根拠もなく、恐らく人類が死滅するその最後の日までその正当性が証明されることはないでしょう。空想の産物とすら、まあ言ってよいでしょう。

 ただし、その有用性については話は別です。占うことで人に警告を与えたり勇気づけたり、影響を及ぼしたりといった、いわば誰かに行動の指針を与える、そのきっかけとなる装置としては大いに役割があります。

 オカルトを信じる信じないに関わらず、占いを受け、その結果に多少なりとも思案を巡らせた時点で、人は根源的にこう考えざるを得なくなります。


 つまりこうです。

 “さて、次の行動はどうしようか?”そこには既に、自己意識による自由選択の中に、大なり小なり“占った”という事実が混入しています。

 言われた通りにしよう? それは決定権の譲渡に他なりません。

 馬鹿馬鹿しい? それなら、あえて占いとは反対の決断を下すかも?

 半分くらい言われた事に従う? 結構!

 あなたに良き助言、良き理解者があらんことを!」


……私は昔テレビで見た、コマーシャルによる刷り込み効果と陰謀論を思い出した。呪いと占い、刷り込みと陰謀――


 ミセス・ウィークエンドの噂は人によって微妙に異なる。商店街のトラックに飼い猫が轢かれた話。宗教勧誘の話。ビル火災の話。

――どれが“噂の尾ひれ”か判断できない。

 はっきりしているのは、交差点前で変な儀式をしていたのは多分、事実だろうという事。それからその直後に誰かが死んだということ。だとすればミセス・ウィークエンドは、“人を呪い殺した”という事になる。


……いや、ならないか。

 単なる偶然。

 ワタナベという人物が“ぽっくり逝った”のがどのタイミングなのか分からないし、別々の事実を面白がって繋げただけかも?


 そもそもそれが本当なら、こういう想像だって出来てしまう。


 飼い猫が脱走して精神的に弱ったサキちゃんがいた。昔、商店街にひどい仕打ちを受けたミセス・ウィークエンドが憂さ晴らしの一環で、商店街の一員であるサキちゃんに呪いをかけた。

 彼女は何も知らない私たちにそれらしい素振りで取り入って、呪いの儀式を代行させた。

 サキちゃんが体調不良なのはそのせい?

 私が学校でやった儀式の事を知っているのは、本当にミセス・ウィークエンドが呪術師で、私はいつの間にか彼女に操られてしまっていて、自分が9月にやった“バグ技”の事を無意識の内にペラペラしゃべってしまったから?


……馬鹿馬鹿しいと思った。

 どうも悪い事ばかり続いたせいか、良くない方向に考えがまとまりつつある。こんなの普通じゃない、と思った。全ては黒猫レヴナントが見つかれば解決する。

 そう、それだけの話だ。

 ()()()()じゃない。


 そんな考えとは別に、私は()()()()Google MAPのアプリを開いていた。

 燈火岬

 N東公園

 ニトリ

――私たちがミセス・ウィークエンドに言われるがままに訪れた場所。

 それぞれに“何気なく”マークを施すと、どの場所もほとんど等間隔に位置していた。 

 三つの地点を線で繋げると、きれいな三角形が出来上がった。どの辺も長さが等しい、正三角形。そして、その中央には喫茶Paradisoがあった。

 それが何を意味するのか。私は考えないようにした。


 続けて私は()()()()、「ミセス・ウィークエンド」というキーワードでネットを漁った。ミセス・グリーンアップルの楽曲が数件と、チェッカーズの両A面シングル「ミセスマーメイド/誰もいないweekend」がヒットした。

 私はキーワードに「呪術師」という文章を追加して、再度検索を試みた。


 取り留めのない検索結果の下の方に、怪しいオカルトサイトが現れた。タップしてそのサイトにアクセスする。どうやら個人サイトのようで、かなり古そうだ。

 都市伝説、怪談話、恐怖を煽る体験談――そんな類の話をまとめているようだった。いくつかページを覗いてみると、その中に霊能力についての欄があった。

 その項目をタップすると、更にいくつかの細かい項目が現れる。

 霊能力者・霊媒師とは?

 霊能力の歴史

 霊媒と霊能の類似性・違和性……などなど。


 その中には「実在したとされる霊能力者」というページがあった。リンクを踏むと、何人もの霊能力者(あるいは霊媒師)と呼ばれた人物のリストが目に飛び込んできた。

「青森のイタコ」「宜保愛子」「エマニュエル・スウェデンボルグ」「ホセ・アリゴー」

――その中に「()()()()()()()()()()」という項目があった。こんなだった。


「『()()()()()()()()()()』はごく最近、2000年代に活動していた霊能力者だ。彼女は正体不明の霊媒師。

 招待制の秘密のウェブサイト上で交霊術を行い、亡くなった人間との交信を望む人物の依頼を受け、霊を降ろし会話したという。

 依頼者の一人だった、とある女性の証言によると、その力は本物だという。依頼者は若くして交通事故で亡くなった息子を、彼女に頼んで呼び出したそうだ。

 ()()()()()()()()()()は、その息子の情報をほとんど与えられていない(その年齢さえも)にも関わらず、彼の好物や好きな音楽、贔屓の野球チームに果てには靴のサイズまで、見事に言い当ててみせたという。更には(中略)

 そんな凄腕の霊能力者だった()()()()()()()()()()だが、彼女はある日、忽然とインターネットから姿を消してしまう。

 その後の詳細は不明。噂では呼び出した悪霊に食い殺されたとか何とか――」


 私は読むのを止めて、履歴からそのページを消した。


 昼休みになると、今度はミセス・ウィークエンドが所属しているという、『Y市 散文詩同好会』と『Y市シニアサークル ロマンス小説 友の会』についてネットで調べた。

 どちらも存在した。いずれも代表者の電話番号が記載されていたので、私は電話をかけた。

 分かった事は、どちらの会にも黒人のろう者は所属していないという事だった。


 サキちゃんは次の日も、その次の日も学校を休んだ。

参考資料

・Pat Metheny「From This Place」,2020年

・くるり「There is (always light)」,2014年

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