記憶喪失の魔王③
安全を確保できたところで自称記憶喪失の魔王に現状を伝えはじめた。
「何故とかどうしてとかって質問はなしだ。それは俺達にもわからない。ただ、この世界は他の世界と繋がる“門”というものが存在している。明確に扉とかそういう形をしている訳でない。この世界に現れる空間の歪みをそう形容している」
「いや、アンタらの所為だろう」
俺の説明にカズヤが突っ込む。
「はい、そこうるさい。過去のことは過去ことです。それで、この“門”を通ってアンタを含むその他大勢はこの世界に飛ばされてきた。ぶっちゃけるとこの場にいる俺以外全員なんだけどね。魔王連中とウチの二人とそこのバーテンダー」
「アレ、バーテンダーさんも?」
自称魔王が尋ねる。
「ジーンっていうんだ。よろしく」
グラスを拭きながらバーテンは名乗った。
「ちなみにアイツ、勇者だぜ?」
俺は親指で奴を指しながら言った、聞いた自称魔王が目を白黒させた。
「…………勇者が魔王城でバーテンダー? それっていいの?」
「別に。俺の世界じゃない訳だし、何も悪の魔王を倒す勇者様にこだわる必要はないだろう。それに、ここにいる連中は極悪というより質が悪い連中ばかりだからな」
バーテンダー勇者ジーンはグラスを置いて言った。
「不良勇者が何を言う」
「喧嘩売ってんのか、喧嘩」
しっかり聞き耳立ててる魔王ズはジーンの言葉に管を巻く。
「いいぞ。構ってやるからかかってこい」
そう言って壁に立てかけていたモップを手に取った。瞬間、一斉に押し黙る魔王ズ。
「冗談の通じない勇者様だ」
ぶつくさと魔王達は何か小声で呟くと、再び自分達の会話を始めた。
「強いの?」
「引くぐらい。少なからず、魔王より魔王をやっているよ」
昔、この店の就労条件に"客のゴタゴタを一人で解決する能力がある者"という項目があったらしい。今でこそこの飲んだくれ共が自浄作用をみせて己達で処理する、魔王が魔王を介抱するという不思議な光景を見ることができるが、以前は焚き付け参戦場外乱闘などというのはザラだったという。
その都度管理局やら野生の勇者やらに声が掛かっていたのだが、彼が店員に就任してからは3分以上ゴタゴタは起こらなかったという。つまりはそれ程の実力なのだ。
ちなみに、自浄作用が働くようになったのはジーンが店員になったからではなく、飲む店がなくなる、というシンプルな理由であった。
「まぁ、少なからずこの場所の王ではあるからな」
手に取っとモップをまた壁に立てかけジーンは俺達にいう。
「雇われであろう」
聞いていたアオエが突っ込んだ。確か店長ですらなかった気がする。
「それを言われると立つ瀬がない」
ジーンは肩を竦めた。
「話が逸れた。続き。で、この世界にやってきた理由だが、特にない。何やら使命がなんやかんや言う輩もいるが、本当に何もない。まぁ、歩いてたら落ちてきた鳥の糞にでもあたったと思ってくれ」
「それ、人によっては諦めきれないよね」
ごもっともなことを自称魔王は言った。
「諦めろ。俺達から言える事はそれだけだ。ちなみに戻る手段はないと思われる」
「思われる?」
「未だにかつて"門"をくぐって戻って来たものはいないからな。ウチの住人も外の住人も。以前、神様が試しに紐を取り出して"門"に投げ込んだんだが、連中でさえ引き込まれそうになる力で引かれ、直後にその糸が切れたらしい。そこで神様が"あ、こりゃ駄目だ"と言ったんだから下界の俺達がどうこう出来るものでもない。ま、自殺が趣味なら止めはしないが」
聞いた自称魔王がうへぇ、と嫌そうな顔を浮かべた。
「それじゃあ僕らは」
「生きていたけりゃこの世界で生活するしかない。で、生活した結果がアレだ」
そういって魔王ズを親指で指す。連中はそれに合わせてうぇーい、と杯を掲げた。
「ノリがいいね」
「酔っ払い連中だからなぁ。まぁ他にもこのジーンみたいに普通に仕事したり、この二人みたいに俺に協力したりする“アザーズ”もいる」
今やこのガーデンに“アザーズ”の存在はそう珍しくない。実際、魔王達のような魔族や他の人外以外はほとんど区別がつかない。というか、同じ人類なのだから当たり前なんだけれども。
「普通に仕事するのはわかるけど、二人が君に協力って何するの?」
「端的に言えば荒事だな」
荒事、と魔王様は俺の言葉を繰り返した。
「俺の仕事は"門"と"アザーズ"の管理。発生した"門"の"施錠"とそこからやってきた"アザーズ"の"保護"だ。で、"施錠"は言葉通り"門"を閉めるのが仕事。"保護"は文字通り路頭に彷徨っている"アザーズ"を見つけて近くの管理局の局所に連れてくこと。
ただ、アンタみたく話が通じる奴だけじゃない。会話が成立しない奴やノンバーバルコミュニケーションしか手段を持ってない奴とか化け物相手に助けてくれるアザーズを総じて“契約者”と呼んでいる」
俺もこんな仕事よくやるもんだと思う。やってきた"アザーズ"に突然攻撃されるなんてザラな話だ。ピンキリではあるものの、戦闘能力に関しては圧倒的に"アザーズ"の方が優っている。こちらが力で勝てる可能性はあんまりない。つい先日だって化け物の餌になりかけていた訳だから。
「うーん、でもそれって雇われる側にあんまりメリットはないような。もしかして、何か強力な制約能力を持っていたり?」
なんていうが、もちろんそんな便利な能力は備え付いていない。
「いや、普通に頭下げてお願いするの。後、金の力」
なので、実に現実的な方法をとるしかないのである。
「わー、現金」
「魔王様、何事も先立つものが必要だぜ」
座る自称魔王様の肩に腕を付いてカズヤが言った。こいつの場合は名実ともに"傭兵"であるからなんの支障もない。
「というのが俺達“門番”もとい“管理局員”の仕事なの。ご理解?」
なんとなくは、と自称魔王様は言った。
「すると、僕の保護というのは」
「まぁ、仕事の一環になる訳。それでだ、自称魔王様この間に何か思い出したことは?」
「ん~~~」
尋ねられた腕を組み、自称魔王様は改めて考え直し。
「全然」
実に端的に答えた。
「まぁしゃあない。思い出せないものは思い出せないんだから。そういう時はとりあえず飲んで忘れよう」
そういってジーンに適当に人数分、といった。
「その肝心の忘れるべき思い出が今まさにないんだけどね」
そういって自称魔王様は困ったように笑った。