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しんせかい  作者: 日陰四隅
第一章 リンネ
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記憶喪失の魔王①

「いやぁ助かったよ、本当。目が合ったあと迷っていた辺りで見捨てられるかと思ったけど、助けてくれて」


 木陰に座り、枝に括られていた男は後頭部を掻きながら感謝の意を示した。


 男はパンイチだった。


「で、こいつ何よ。ねぇちゃんのお店で金払えなくて身ぐるみ剥がされたとかそういう?」


 ぐるぐる巻きのロープを切って木から降りてきたカズヤは俺に向かって聞いてきた。


「身ぐるみ剥がされたのは違いないけど、如何わしいお店ではないかな? なんていうか、男の人達に?」


 男は考え込むように顎をさすりながら言った。


「…………衆道であったか。や、個人の嗜好は自由である故、見境がないわけでなければとやかく言う筋合いはなかろうて」


 落ちてきた男を受け取り、地面に置いていたアオエは神妙な面持ちで、くわばらくわばら、と謎の言葉を口にする。というか。


「君達、話が進まない。というか、身ぐるみ剥がされたって何、アンタ追い剥ぎにあったの?」


 ともあれアルストロで追いはぎとは珍しい。首都ということもあり、治安維持部の連中が街全体を警戒にあたっている。絶対に出来ないという訳ではないが連中の目が行き届いている中で犯行に及ぼうとする気がしれない。


「まぁ、なんか気付いたらここにいて、偶々通りがかった三人組がいたんだけど、話を聞いていたらあれよあれよという間に身ぐるみ剥がされて、つい今し方まで枝に括られていたのサ」


 などと話すがこの男、あれよあれよとされるがままにしていたのか。少しぐらい抵抗しても良さそうなものだが、どうにも掴めない男だった。


 それよりも。


「ん? ちょっと待てアンタ。今、なんか気付いたらいたって言ってたけど、アンタどこ出身?」


 何やら聞き覚えのあるフレーズに思わず確認をした。聞かれて男は考えこんだ。


「んー、なんとなくだけどこことは違う場所じゃないかな。もう少しいうとどうやらここは知ってる場所じゃないと思う。なにせ、後ろの二人見たいな格好の人今までで見た覚えがない、気がするからねぇ」


 "アザーズ"かぁ、と案の定の結果に揃って頭を抱える。


「ところでちょい気になるんだけど、さっきから自分のことを曖昧に話すが、アンタがいた場所ってそういう文法な世界な訳?」


「そういう文法があるかどうかと言われればそうかも知れないし、そうじゃないかも知れないし、正直なところよくわからないんだ。何せ今一番信用ならないのは自分自身だからね」


「その心は?」


「実は僕、記憶がないんだ」


 立て続けに面白い事を言った。


「アンタ、それ冗談で言ってる? そうだとしたら質悪いが。いや、冗談じゃなくても質悪いんだけど」


 男の言葉に眉をひそめて言った。どっちにしたって笑えない話ではある。


「いやぁ、これが冗談じゃなかったらどれ程よかったか」


 声音にまるで危機感を感じないがどうやら本気っぽい。


「それじゃあ、どの程度記憶している?」


「どの程度記憶していると言われても難しい。何せ先の話の通り自分が住んでいた場所はわからないし、そこで何をしていたのかも思い出せない。なんだったら自分の名前さえわからないんだから」


 などとあっけらかんに言っているがかなり深刻な事態だった。


「招集!」


 俺は他の2人にいい、男から少し離れて顔を見合わせた。


「アレ、どうするよ?」 


「どうもこうもねぇぜ、どうにもならねぇ。病院か、治安維持部に押し付けるしかねぇんじゃねぇの?」


「しかし"アザーズ"であることに相違ないのであれば管轄は我々であろう」


「いや、まだそうと決まった訳じゃねぇ。大体、記憶がねぇんだからどっちか、なんて断定できねぇだろ? なら厄介事は押し付けるに限る」


「だが、どっちにしたって記憶が戻って"アザーズ"でした、なんて事になったらそれはそれで面倒だ。いや、俺だって押し付けたい気持ちは満々なんだが、後のことを考えるともう少し話を聞いてみるのは、どうだ?」


「「異議なし」」


 アオエとカズヤは俺の言葉に同意し、再びパンイチの男を囲った。


「それで、他に何か思い出せることないか」


 座り込む男に視線を合わせ、再び聞いた。男は顎を触って考え始める。


「えーと、うっすらとだけ思い出せるんだけど、どうやら自分は〜、その、魔王で〜、世界を、滅ぼしたっていう、事?」


 聞かなきゃよかったと更に頭を抱える俺達。凄く頭の悪い内容だが、これが笑えない。


「あ〜、そういう系かぁ」


「え、何、そういう系って? 前例があるの?」


 あるのだ、前例。しかも、結構ザラに。


 その後、再び二人を集め、顔を見合わせた。


「どうする? これ、記憶そのまんまの方がいいやつじゃねぇ?」


「いやしかし、勇者の類よりか幾分ましかと。魔王達の方が話は通づるところが多い」


「けど体感半々だぜ、暴れ出すか泣き出すか。前者だと質悪いのが魔王だし」


 魔王と呼ばれる存在が現れた際に起きる状況は大体2パターンであり、友好的であるか非友好的であるかのどちらかだ。


 前者の場合には何ら問題ないが、後者に関しては更に分かれ、なんか世界を滅ぼすとか言ってたり、人類は敵だったり云々理屈をこねてくる。そして、強いのがたちが悪い。なんだよ魔王って。


 そうなった場合出くわした人は可哀想だけど、になってしまうのだが、野生の魔王がいれば野良の勇者もいる訳で大抵魔王が暴れ出すと察して現れ勝手に戦い出す。なんだよ、野良の勇者って。


 という事で我々はどうやらそんな貧乏クジを引いてしまったようだった。


「話を聞くにしても暴発したら厄介であろう。ここは一つ抑えが効く者達がいる場に行くのが最善と思われるが、如何か?」


「「異議なし」」


 アオエの提案に俺とカズヤは同時に答えた。三度男を囲う。


「よしわかった。とりあえず河岸を変えよう。腹も減ってんだろう。丁度うってつけの場所がある」


 そう言って親しげに肩を叩く。都合よく今は日が傾いた夕暮れ時だ。


 この街で"魔王"と呼ばれる存在の話を聞くに適した場所はあそこしかないだろう。頼むから着く前に暴発するなよ、と祈りつつこの哀れな自称魔王を連れ添った。

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