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しんせかい  作者: 日陰四隅
第一章 リンネ
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リンネ管理局③

 あの後心の底からの侮蔑と、見下したような視線をロゼッタ殿から受け、一方でメアリー殿は頑張って、と主殿の肩を叩いて見送ってくれた。


 しかしながら、某が思うに呼び出し即クビを言い渡されたらそもそも頑張るも何もないと思うが、もはや後の祭りではあるのでここは一つ素直に主殿には諦めてもらう他ないであろう。


 となると、我々の雇用ははてさてどうなるやら。そんな事を考えているとあっという間に局長室の前にたどり着いた。


「失礼します」


 扉を叩く前に一度深呼吸をした主殿。その神妙な面持ちは中々に拝めない。以前拝んだのは確か二日酔いの時であったか。


 戸を叩く音に続いて、どうぞ、と穏やかな中年男性の声がした。


 室内に入ると荘厳なデスクで瑠璃色をした羽根ペンで執務に勤しむ局長の姿があった。


「ご苦労様。かねがね噂は聞いているよ」


 デスクの男は手に取っていた羽根ペンを置き、目の前に佇んだ我々に労いの言葉を掛けた。


 彼こそがこのリンネ、はてはガーデンにおける異世界からやってきた存在を保護、管理、記録をするリンネ中央官庁の一つ、一般に言われるリンネ管理局のトップ、アレイル管理局局長であった。


「それはどうも」


 素っ気なく返すケージに微笑む局長。その姿は気の優しい親類の叔父にも似ていた。というのもこの御仁、威厳とはとんと無縁の容姿であるからだ。


 きっちり分けられた七三の髪、集めの黒ぶちの眼鏡。垂れ目は穏やかな印象を覚え、口元はやんわりと笑みをたたえていた。


 人の好さというものが表情に現れているこの御仁は机に肘をつき、手を組んでそこに顎をのせた。


「なかなか面白い人物だね。でもまぁ、できればみんなが困るようなことは極力避けてもらいたいな、私としては」


 アレイル局長はやんわりと窘めるように言った。


「十二分に考慮しています」


 そう切り返した主殿に局長は肩を竦めた。


「それじゃあ今の会話を加味した上で今後は考慮してほしい」


「善処いたします」


 その言葉を聞いたアレイルは、噂通りだね、と苦笑を浮かべた。


「それで、ご用件というのは?」


「ああ、そうだね。ちょっとお願いしたいことがあるんだ。これ見てもらえる」


 どうやら要件とは暇を言い渡される事では無かったらしい。


 そういって彼は重ねてあった書類の一番上の紙を主殿に手渡した。受け取った主殿はその紙面に目を走らせる。我々も覗き込んだが、書かれていたのはどうやら何かの統計だった。


「…………これは、“アザーズ”の統計?」


 紙面を見て主殿が呟く。成る程、アルストロの地図があり、その近郊の村々を描かれ、箇所ごとに数字の推移が書き込まれていた。そして、その推移がある時を境に急激に減少していたのだ。


「アルストロ近郊における“アザーズ”発見統計の報告書だね。数字を見てもらえるとわかるけれどもここ最近の報告件数が著しく減少しているのが分かる」


「それはいい事では?」


 というのも近年リンネでは流入してくる“アザーズ”が問題視されているという。まぁ、抑制も出来ずにどんどん人が増えていくのは確かに脅威である。それが、減少したことは彼らにとっては喜ばしい話だろう。


 ちなみに“アザーズ”とは異世界からの住人を指している。


「そうだね。だが、原因が分からない」


「それこそ我々“管理局”の日々の業務の成果ではないでしょうか?」


「そうだとうれしいね。しかし、組織としてはその原因を追究する必要がある」


 そこまで言われて彼が何を言いたいのか理解した。それは、主殿や傭兵殿も同じだったらしく。


「…………まさか」


 そう呟いた主殿に局長はニコッと微笑んだ。


「理解が早くて助かるよ。ケージ君、今君が思った通りこの減少の理由を調べて欲しいんだ」


「ちょ、ちょっと待ってください局長!! 原因の追究ってそもそも勘定に入っていない数字をどうやって数えるんですか!?」


 はっきりといわれて慌てて切り返した主殿。それはそうだ。たった今、幽霊が消えた理由を探して来いと言われているのに等しいのだから。


「現に我々もこうして登録外の“アザーズ”を数字として出している。同様に減った原因も追及できるのではないかな?」


「何をどう調べればいいか分かっている話であればおおよその見当はつけられます。そもそもこの話はその見当をつけるという話ではないですか!?」


 見知らぬ人間が増えた、ということは勘定は出来よう。しかし、見知らぬ人間が消えた、なんて一体どうやってそれをはっきりとさせるのが。今、主殿が局長より無茶ぶりされていることはそういうことである。


「その通りだね。"門"の減少が原因か、流入自体の減少か、はたまたこちらの人的な問題か。エトセトラエトセトラ。とにかく今我々は可能性を考慮する段階でしかない。それを明確にしてほしい、それが今回のお願いさ」


「それこそ“調整”の仕事じゃないですか!? "内部"、"外部"の仕事じゃないですよね?」


 主殿は必死で抗議する。


「現状、減少しているという数字だけではそれが自然由来なのか人的由来なのかは一切不明だ。それに"調整官"は君ら"保護官"と違って"契約者"を伴ってないからね。何か起きた時に対処出来ない」


 そういわれて反論できなくなる主殿。彼らが言葉にしている“調整”とか“内外部”というのは管理局の部署を指し、“調整”は発見、登録された“アザーズ”の保護や管理を行っている部署であり、“内外部”というのはそれぞれリンネ国内、国外に発生もしくは現れた“門”ないし“アザーズ”への対処、もしくは保護を行っている部署である。


 そして、業務内容として“内外部”については常に身の危険が伴うため、某達のような“アザーズ”に協力を求める。それが“契約者”と呼ばれている存在であった。


「実は課長クラスには事前に話をしていてね。バクスター君から是非君が適任であると進言を貰っているんだ。彼、優秀だよね」


 あのハゲ! と主殿は小声で吐き捨てた。


「という訳だ、ケージ君。リンネ管理局局長アレイルより君にアルストロ近郊の"アザーズ"発見報告数の減少の原因調査を命令する。まぁでも、今日はもう遅いし、明日からでいいよ」


 後に正式に事例を出すから、とついでのように言うアレイル局長。


「…………あの、アレイル局長。その、始めお願いって」


 聞いてた話と違うと言いたげな主殿。


「そりゃ僕からのお願いだから業務にあたるでしょ?」


 それじゃあ頑張って、とほほ笑んだアレイル局長。


 それを見て主殿は引き攣った笑みを浮かべて佇んでいた。

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