真世界 - ③
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何処ともわからない薄暗い室内。床は敷かれた石材のままで、壁や天井は見えなかった。
その暗闇の中に一人の男が座っていた。その彼は男というには幼い、少年のような外見をしていた。
彼の座る椅子はどうにも場違いな物であった。それはサソリのような形をした椅子であり、彼の目の前にはPCのモニターが吊るされていた。さらにその少年を囲うように頭上に複数のモニターが設置されて、青い光を放っていた。
そして彼の周りには様々な機器が並んでおり、床の至るところに大小複数の配線が伸びていた。
その様子はさながら研究所のようであった。
「いやはやまったく、大変、大変、と」
不意に生き生きした声が聞こえた。その声は丁度、少年が座る椅子の背後のから聞こえ、暗がりからフードを被ったマントの男が現れた。
「おかえり〜、"商社マン"。君は二十四時間働けるタイプ何かい?」
棒付きの小さな飴玉を咥えたその少年は寄りかかった椅子の背もたれから頭をずらし、逆さでフードの男を見た。
「あ、いたんですね"ブレイン"。いえいえ、私は先人のようには。精々二十時間程度ですよ。他の皆さんは?」
精巧なレンズのような瞳の少年の視線を受け、"商社マン"と呼ばれた男は親しげに尋ねた。
「十分働き過ぎだよね〜。よくやる。みんなは相変わらず好きなことやってるよ」
そうですか、と彼は少年、"ブレイン"に返した。
「まぁ、相変わらずといったようですね。重畳、重畳」
どうやら2人の他に仲間がいるらしく、しかし、協働意識の薄い集団のようであった。
「でさぁ、君はいいの?」
"ブレイン"は"商社マン"に尋ねた。
「はて、君はいいの? といいますと?」
「だからさ、"商社マン"。君は好きなことしないのかい?」
"ブレイン"はそんな事を尋ねられ、顎に手を当て考えた。
「そうですね。皆さんが趣味を優先しているように、私も同じですよ。私、ここで働くの好きですし。何より皆さんと働けるのは楽しい」
「皆さんというけど僕を含めて皆ただ勝手して、君が後始末や調整やらをしているだけのようにしかみえないけど?」
「私はそれが楽しいんですよ。面白いと思いません? この仕事も、我々の立場も」
その言葉を聞いた"ブレイン"の表情は理解しがたい、と語っておりそれを見た"商社マン"は苦笑して肩を竦めた。
「あ、そうだ。お土産いります?」
そう言って彼は思い出したかのように手に持っていたものをかざした。それは商人シュッセとパトリックの頭部だった。
「いらないかなぁ、そういうの。趣味じゃないし」
かざされた物を目にした"ブレイン"は顔色1つ変えずに言った。それは残念、と"商社マン"は言うとその頭部をその辺の機材の上に2つの首を並べた。
「いや、その辺に置かない…………、あーあー、汚れた」
"商社マン"を止めようと腰を上げた"ブレイン"だったが、置かれた頭部から直ぐに機材に血液が垂れるのをみて腰を落とした。そしてまさかと思い、彼が立っていた場所を見て床にも血痕が伸びているのを見て呆れた。
「汚れたならば掃除すればいいじゃないですか?」
"商社マン"は人ごとのように言った。
「そもそも原因作ったんだから君がやってよ。大体そういうのって"傀儡師"の趣味でしょ?」
人に汚されたものを己で、しかもその原因に言われたものだから流石に"ブレイン"は顔を顰めた。
「どうなんですかね。首だけ貰って喜ぶんでしょうか、彼?」
さぁ、と"ブレイン"は"商社マン"に返した。
「死体を弄くり回して悦に浸ってるような奴のことなんて理解できないよ」
"ブレイン"の興味がなさそうな声音に若干の嫌悪感が入り交じっているのを感じた"商社マン"はその事実に口元をつり上げた。
「ま、私達の常識では死人は語る口を持たないはずなんですけど、この世界では語る口があるというのだから厄介ですよね」
「あ、ゴメン。僕の世界でも死人は喋るよ?」
えっ!? と"商社マン"が思いの外驚いた声を上げた事に"ブレイン"は驚いた。
「過程的には魔法よりも気になるんですが、後生の為に享受をいただいても?」
「後生何をどのように使うかは甚だ疑問だけれども、まぁ、脳の神経回路も電気信号なんだからそれを受容したりすれば人の記憶を見れるかなぁ、と。結果は何よう生体部品だから全て確認する前に腐るわ、電流で焼けるわ、記憶は点でバラバラだわでお察しだね。過去の映像を写真にっていうなら有効だったよ」
それは喋ると言わないのでは、と"商社マン"のつぶやきを"ブレイン"は聞き流した。
「ま、お陰で口をなくすためにここまでしないといけなくなるのが少々手間ですが。それより貴方も大変でしょう。せっかく貸し与えた"ニューマン"が6体全部潰されるなんて」
そう言って"商社マン"は頭上に浮かぶモニターの1つを仰ぎ見た。一面青色の画面に定期的に鋭角の波線が浮かぶ中、そこだけ真っ赤になり、直線が延々映し出されていた。
「いやぁ、別に。あれは初期も初期の仕様だからねぇ。ゴミみたいなもんだよ。有意義に使えたと思うよ。それよりあの魔王だよ。何アレ? 反則じゃない?」
少年が虚空に手をかざすと、目の前の青色だったモニターに映像が映し出された。それは誰かの視点であり、その先には魔王ゲーデ、エドモン・ダンデスと思しき人物が映され、彼が腕を上げ指を鳴らしたと同時に映像は途絶えた。
「私からしてみれば貴方も十分反則なんですが、まぁ、ファンタジー世界の住人なんて兎角存在が反則ですからねぇ。しかも魔王ときている。弱い理由がない」
"商社マン"の謎の自信に、何だそれ、と"ブレイン"は返した。
「魔王なんて役職でしょ? 強い奴が魔王を名乗っているだけで、別に魔王だから強い訳じゃないでしょ?」
「いえ、魔王だから強いんですよ。これは決定的な事実であり、そしてロマンだ。いいですか、そもそも魔王というのは魔界の王であり、人類の敵で人類は魔族と戦う運命にあり…………、」
急に早口になる"商社マン"に白い目を向けた"ブレイン"。彼は時々"商社マン"が熱弁している内容が理解できなかった。
「ま、そういう設定話いいけどさ。それより"社長"の計画は順調かい?」
話の腰を折られて少し不服そうにしていた"商社マン"だったが、気を取り直したように話を続けた。
「ええ、万事滞りなく。彼、元々優秀ですからね。あんまり私のやる事はありませんよ。貴方の趣味の方は? 今回の件で予定が遅れるようであれば"社長"に相談しないと」
「いや、"社長"のオーダーにだけ絞れば拘る必要はないからね。第一、必要最低限の数は揃っている。後は余剰でそれは僕の趣味用。それより困っているのは"傀儡師"じゃないかな?」
ああ、と"ブレイン"の言葉に"商社マン"は納得する。
「彼は素材を多く使いますからね。今ごろ文句の1つや2つ垂れているかもしれない」
「素材調達にパニックホラーなんて起こさなきゃいいけど」
やりかねませんね、と"商社マン"は苦笑した。
「それじゃあ今後の方向性は変わらずになるのかい?」
「いえ。その点については"社長"からお言葉を頂いておりまして。盤面を動かす、と」
"商社マン"の言葉を聞いた"ブレイン"は三日月のように嗤った。
「…………へぇ。それで、どうしろ、と?」
「"遊べ"、だそうです」
「はっ! それって好きにしていいってことかい!」
「おそらくは」
アハハハハハハ、と"商社マン"の言葉を聞いた"ブレイン"は嗤う。
「思い切った事を! それって"社長"の計画もうっかり破綻してしまう可能性もあるというのに!」
「彼はそれはそれでいいと思っていますよ。最前ではないにせよ目的が達成できればって」
"商社マン"の言葉を聞いた"ブレイン"は、やっぱりどうかしている、と言った。
「まぁいいさ。好きにしていいって言うんなら好きにするさ。もっとも、僕は目立って何かするわけではないけどね。ああ、でも。後で邪魔になりそうな奴は消しておきたいな。他の連中は何をしでかすか…………。君はどうする気だい、"商社マン"」
「私は私でここの仕事をしつつちょっと"人間観察"をば。場は成熟していますからね。結果がどうなるか確認してきますよ」
"商社マン"の言葉に"ブレイン"は相変わらず嫌な奴だと思った。
「それでは"ブレイン"。私は皆さんに"社長"の言葉を伝えに行きますのでこれで」
"商社マン"は暗がりへ消えていく。
「じゃあね、"商社マン"。またいつか」
それを見送る"ブレイン"。ええまた、と去り際に振り返った"商社マン"。彼はそのままこの部屋から去り、再び一人"ブレイン"は取り残される。
「…………いや、持って帰れよ」
改めて"商社マン"の置き土産の並んだ首2つを見て"ブレイン"はため息をこぼした。




