アンチ・アザーズ③
しばらくすると安全保障局より多くの局員が管理局局舎にやってきた。俺達は事前に管理局内で手帳の情報を元に捜査対象を選定し、そこに送る人員を割り振る作業を済ませていた。
こうして安全保障局、管理局合同の真夜中の捕物は始まった。
暗い通りを埋め尽くす双方の局員達。ただならぬ雰囲気に寝静まっていた街の人々はその異様な光景をただただ見守っていた。
◆
――――対応が早い。
シュッセ邸に怪盗の予告があったという時点で嫌な予感はしていたが、議長が現れたことは完全に予想外だった。
が、幸いにあの手帳の中に私の名前はなかったらしい。しかし、破られたページに何が書かれていたかは気になるところだ。
だが、どのみち遅かれ早かれ私の存在も露呈するだろう。もはやここにはいれまい。
今は職務に徹底し、気を見て逃げる算段を立てねば…………。その時。
「パトリック課長」
破滅を告げる声がした。
◇
管理局局舎は一部職員を残してほとんどもぬけの殻だった。残ったものは筆記人かアルストロに詳しい人員である。当然、第一中央管理課長も残っている訳で。
「パトリック課長」
局舎の廊下を歩いていたパトリックを呼び止めた。
「ケージ。君は出ていなかったんですか?」
相変わらずの仏頂面で振り返り、奴は俺に向かって聞いた。
「別にやる事がありまして」
その言葉を合図に正面から拳銃を構えたカズヤが、後ろは刀を手にするアオエとスキエンティアがパトリックを囲った。
「これは一体どういう事です?」
「少しお話をよろしいですか?」
俺の言葉に彼は無言であった。
「実は局に戻る前にゲオルグ班長と話を合わせていまして。敗れたページにはそれぞれ管理局、安全保障局の関係者の名前も記載されていました。俺達は事前にそれぞれが相手の局の関係者を捕縛するよう話を合わせていました」
当然のように俺達の仲間内からも人身売買に関わっている人物の名前は上がっていた。それをバカ正直に出せば揉めだす事は必死であった。なので、ここはおっさんと口裏を合わせ、事前に割り振りをした際に、それぞれが拘束可能な人員を配置していた。
それぞれの組織を互いに捕縛させようとしたのは仲間内だと迷いが生じる可能性も考慮しての判断だ。後は、そこの取りまとめに情報を通達するだけだった。もしかしたら俺達は後で槍玉に上げられるかもしれないが。
「そこに、私の名前もあった、と」
「いいえ。ありませんでした」
そう。シュッセの顧客としてはパトリックの名前はなかったのだ。
「では、何故このような対応を?」
「元締めの方です」
「元締め? というと、この私が人身売買自体に関わっていた、と」
ええ、と答え俺は話を続けた。しかし、ここから先は賭けのような話だ。
「状況証拠に過ぎませんが。1つは手帳の指示者の名。これは商人シュッセが暗号化していましたが、怪盗が解読しました。それでも明確に貴方と判断できる確証は獲られないものでした。2つ目はあなたは今回の事件に関して局員が調査をしていると上級職会議の時には話し、局員は貴方からこの件について話を証言しています。記憶力のいい貴方がそんな間違いをするかどうか」
あの野郎しっかりと元締めについてはぼやかしていた。尋問でも一切口を割らなかったし、いまだに治安維持部は成果を上げられていない。怪盗自体もぽさそうだなぁ、なんて始末であった。
「私だって神様じゃありません。記憶違いだって起こします。聞いた相手もしっかりと記憶していたかどうか。それに、もしその話だけで私を拘束しているのなら甚だ心外だ」
「俺もそう思います。だから今、バクスター課長と怪盗が貴方の部屋を調べに行っている。あの部屋に何らかの記録を保管していなければいいが、あるならあの怪盗は必ず見つけ出す。それまではどうぞお付き合いください」
まさにギャンブルである。いや、賭けですらない。現時点でアンタが怪しいんで犯人です、と言っているようなもので、これでマジで何も出てこなかったら俺の立場がやばいんだけど!
俺の無理繰りの推論を聞いて押し黙るパトリック課長。これは呆れている反応なのか、蔑まれているのかどちらか。
「…………だから私は嫌だと言ったのだ」
ふと、苦虫を噛み潰したような表情を見せ呟いたパトリック課長。その後はまさに爆発した、と表現しようがない様相であった。
「台無しだよ、全て! 全てだ! 今までの苦労がすべて水の泡! ご破産さ!」
どうやら推論が正解したらしい。仮面が剥がれる。これがパトリック本来の素顔なのか、嫌悪感をあらわに彼は吐き捨てるように話した。
「なんの為に今まで我慢しながら連中の面倒を見て、なんの為にそんな事を進んでやるような頭の悪い連中の相手をして、なんの為にここまでの地位にたどり着いたか! それが今、全て、無駄になった! 笑えるだろ、ケージ。私は今まで一心で奉仕してきた連中に私の計画を台無しにされた! これは何の皮肉だ!」
彼の怒りは何に対しての怒りなのか。
「何故、アザーズを誘拐する必要があった?」
「さぁてね。連中が必要だと話したから集めざるおえなくなった。あんな事、リスクの塊でしかない。憂き目の商人を使ったが結局このザマだ」
そもそも、彼の意思ではないらしい。
「連中? アンタは人身売買が目的じゃないのか?」
「何故そんな事をしなければならない? わざわざ滅ぼすべきアザーズを集めて金にするなんて。アレは口封じだよ。片端からアザーズを連れ去ってまわったら否応にも目に付く。どうあっても共犯者を立てざるおえなくなった」
その怒りはアザーズに向けられている。という事は。
「滅ぼすべき? アンタ、もしかしてアンチ・アザーズか!?」
俺の言葉に彼は何も語らない。
「アンチ・アザーズって?」
スキエンティアが聞いた。
「端的にいやぁ俺らを毛嫌っている連中さ」
そう言って肩を竦めるカズヤにパトリックは反応した。
「毛嫌らう? 毛嫌らうだと!? 勝手に人の家に土足で上がり込んで、さも当然のように我が物顔で居座っている連中がそれをいうか!」
激昂。それは不俱戴天の敵を見つけたようだった。
「否定はしないが、不可抗力ではある」
遺憾ながら、とアオエは言う。
「では死ね。この世界は本来我々の世界であり、貴様らのような存在が一欠片でも存在していい世界ではない」
「勝手いいやがんなこの野郎。大将目の前にしてっから自重してやってんのに、それ言ったらこうなっちまったのは本来誰の所為だと思ってるんだ?」
いい加減腹に据え兼ねたのか、ちょっとこっちにも刺さることを言ったカズヤ。
「愚鈍な先人のツケを清算してやろうというのだ」
「誰がとかじゃないだろ。それはこの世界の業だ」
「だから、我々は世界を真の姿に戻そうとしているのだ」
瞬間、奴の目の前に門が出現した。
「言ってるそばからそれかよ!」
銃を構えたままのカズヤが吐き捨てる。
現れた門から出てきたのは黒い人型の存在だった。




