怪盗ルイス・J・セルリーヌ7世③
―――――翌日。
「流石に多いであるな」
管理局局舎に向かう途中。市中の至るところに治安維持部の班員がいた。
「俺のおかげだからな」
上との掛け合いの末、早速警戒にあたっているらしい。
まぁ、管理局の決定で俺の名前がでない点については多少不服も感じるも、そもそも功労者というのは表にでないものだ。
「鼻が長げぇな」
そんな事を思っていると急にカズヤが言った。
「なにそれ、褒めてんのか?」
「いや、ただの比喩表現だ」
なんていう。カズヤがそんな言い草のときは大体、皮肉だ。しかし、だ。
「やるなら日中じゃなくて夜やれよ」
さもありなん、とアオエも同意する。深夜に事件は起こったのだからそちらに重点を置くべきだと思う。もっとも、別に日が出ているあいだに警戒しなくていいという話にならない。
ところで。
「なんだってお前は俺について来てんのさ」
当然のように4人目として存在している自称魔王、スキエンティアに聞いた。
「駄目かい?」
「いや、駄目って訳じゃねぇけどよ。にしたって別に恩義とか感じる必要はないんだぜ?」
「恩はちゃんと返せっておばあちゃんが言ってた」
想定外の言葉だった。
「思い出したのか?」
「いや、さっぱり。適当です、ハイ」
おもいっきり蹴飛ばした。
「いっっったぁぁぁっ!?」
「そういうこと冗談でもいうなや」
「だってカズヤが」
足を押さえながら涙目でスキエンティアがいう。犯人を見ると、半目であきれているアオエの肩に手をついてうつむき気味に震えているカズヤの姿があった。
「そいつの話を真に受けるな」
大体ろくな事を言わない。
「君たち、ちょっといいか?」
馬鹿みたいなのやり取りをみていたのか、治安維持部の班員がおもむろに声をかけてきた。
「別に構わないが、言っとくけど管理局員と契約者だぜ?」
「いや、とある人物について話を聞きたいんだ」
そう言って班員は紙を出す。そこに描かれていたのは変な帽子を被る、仮面を被った珍妙な格好の人物だった。
名を"怪盗ルイス・J・セルリーヌ7世"という………。
「昨今巷を騒がせている泥棒でね、兎に角たちが悪い。金持ちや商家に入っては根こそぎ奪っていってしまう凶悪犯だ。何か情報を知っていれば少しでも欲しい。って君、どうした?」
「誰が仮面をかけた変人を知ってますってなるか、この野郎!」
受け取った紙を丸めて地面に叩きつけた。また、この野郎か!
半ば反射的にキレた俺に身構える班員。
「この人、この前入られちゃったのよ」
班員の肩手を置き耳打ちすらひカズヤ。警戒した憲兵はすぐさま同情の色を見せた。
「…………まぁ、何かあったら詰所まで」
気まずそうに立ち去る班員を尻目に俺は肩を怒らせた。
つまり、なんだ?
「この班員たち、我々の要請よりも件の怪盗の捜索を優先しているのであるな」
顎をさすって言うアオエ。その事実が余計に腹立つ。
「毎度なんなんだテメェは!」
地面に転がった紙を蹴り上げようとして石を蹴飛ばす。それは一直線の軌道を描き、歩行者に直撃した。
「「「「あ」」」」
全員一様に声を上げる。
命中した通行人は1回転して地面に倒れ込んだ。
「…………大将」
「おおお、俺のせいじゃねぇぞ!? 事故だ、事故!!」
「傷害、暴行にはあたらぬが、過失は免れぬなぁ」
「冷静に言ってないで対処! オイ、アンタ! 大丈夫か!?」
僕達のせいじゃないしね、と冷たい3人をさておき、倒れている通行人に近寄って身体をゆする。
「ああ、いやいや大丈夫ですよ。ぼくも不注意でしたので、ハイ」
ガバッと起き上がる歩行者。無駄に長いくせ毛が目まで隠して表情が読み取れないが、口元は笑っていた。
そして、顔面右側から血が滴っていた。
「いや、大丈夫じゃないよね」
頭の傷は派手だからなぁ、と妙に冷静なカズヤ。
「と、とりあえず医者、医者行こう。後、班員!」
我が身潔白の為に必要な処置である。
「必死であるな」
当然だ。なにわともあれまずは止血。
「とりあえず、何か紙、紙…………」
そう言って辺りを探し、落ちていた紙を見つけた。
「ケージ、それはどうかと思う」
スキエンティアが言う。うるさい、この際物は何でもいい。拾った紙で通行人の頭を押さえようとする。
「…………ん? それは、」
広げた紙を見て反応する。しばらく止まって、瞬間奪いとった。
「やっぱり! 怪盗ルイス・J・セルリーヌ7世、怪盗ルイス・J・セルリーヌ7世じゃないか」
通行人は腕を伸ばして叫んだ。
「…………お前もか」
項垂れて呟く。揃って名前をあげやがって。
「それでは、あなたも?」
目は見えない。目は見えないが今この男が目を輝かせているのがアリアリとわかる。そんな俺とは真逆の感情を持つ声音だった。
「いや、ちょっと嫌な縁があってな」
「縁? なんかありましたっけ?」
「…………? いや、直接的なことじゃなくて間接的で…………、ああ、もう、とりあえずいいからお前はなんなんだ!?」
「彼の大、ファン、なん、です!」
はい? これには我ら一同疑問符がついた。
「今なんて?」
「いや、だから彼のファンなんですって。だって格好良くないですか?」
「いや全然」
「このガーデンに現れた希代の怪盗! 予告状通りに颯爽と現れ、堅牢強固な守りを破り、隠された財宝を疾風の如く盗みさる! まさに早業、正しく神業! そして、その正体は謎に包まれたまま! 果たして、その正体は!」
予告やらアオリみたいな文言を早口で吐き出す通行人。ちょっと独自な路線でついていけない。
「…………お前、気持ち悪いって言われない?」
思わず口にしていた。
「よく、言われます」
照れくさそうに頭を掻く通行人。褒めてないんだけどね。
その後に通行人はガバッといきなり手をつかんだ。
「しかし、僕は、今、同好の志と!」
「いや、俺は、大っっっ嫌い」
その言葉を聞いて、さいですか、と通行人は真っ白に固まり、力なく手を垂らした。
「まぁで。とても、とても格好良い怪盗ですので、良ければ現場を一度ご覧になっては? 私もいますし、ハイ」
行ってんのかよ、筋金入りだなこのモジャモジャ。
「君たちどうした?」
そうこうしているうちに声を聞いた班員がやってきた。
「いや、それが事故というかなんといいますか、はい」
「急に下出であるな」
うるせぇ、と半目のアオエに向かって言った。
「誰と? それとも君たちで、かい?」
「誰って…………あら?」
班員の不思議そうな面に今目の前にいるだろう、と振り返って気づく。
件の通行人はその場から消えていたのだった。