幕間
ケージがもたらした調査結果をもとに緊急会議が執り行われた。私、バクスターは奴の報告書を読み上げた。
「以上が内部調査部北方管理課第一係ケージ職員による報告になります」
報告は簡素なもので、保護したアザーズが被害にあった追い剥ぎを探した結果、犯人はない誘拐犯であり、似たようなアザーズ誘拐が目下繰り広げられている、という内容だった。
「統計記録からおよその推察はなされていたが、実際に証拠がでてくるとは」
以前の課長会議でアザーズ失踪は人為的原因の可能性が高いという結論にいたった。今回奴はそれに証拠を突き付けた形となる。
「だが、あくまで一例の話。実際に拘束された者の証言に信憑性があるかは疑問だ」
犯人が嘘をついている可能性であろうが、今更誘拐犯がそんな嘘をついて何になるか。
「しかし、だ。現に門の出現頻度は調査を開始してからその数を減らしていない。であれば、嘘と切り捨てるのも早計でないか? 我々は今、この話を肯定もできなければ否定もできない」
話を聞いた何人かが唸る。そう、門は変わらず出現しているのに人が減ったのだ。
「50年祭の準備を控えているというのに」
「早急に対処すべきでは?」
それについては同意であった。目下問題がはっきりしたのだから早々に対処すべきだ。
「治安維持部に協力要請を。流石に我々だけでは手に余る」
なるたけ人の数が多いにこしたことはない。
「場合によっては魔王城の協力を得る可能性はどうか?」
「現時点では判断しかねる。が、情報の共有は必要だろう」
「各国への注意喚起は?」
「今はっきりしているのはあくまで国内に限る。各国の現状はあらためて各地駐在員に確認をとる必要があるだろう」
問題が問題だ。慎重に動くにこしたことはない。
「しかし、危険性がある事について警戒するように喚起するのは間違ってはいないのではないか?」
「どちらにせよその問題は議会を通し、外務局より伝達させるのが適当だろう。国内に関しては各部所に通達し、尚且つ専門の部所をたてる必要性があると考えるが、いかがか?」
異議なし、全員が同意した。
「しかし、なんだってこんなにもアザーズを集める必要があるのか」
情報から察するに片端からだ。少し異常である。
「登録外のアザーズは一定数の需要が確認されている。規制が進んでいるとはいえ秘密裏に商売することについては何ら疑問ではないだろ?」
これについては昔からある話だ。認識されていない人間というのは色々と都合がいい。
だが、今回はコチラからも逸脱していると思えなくもない。
「それにしても数が多すぎる。例の追い剥ぎ、ないし推定人攫いについても同様の指示を受けた組織、ないし集団が複数存在すると考えられる」
今回、拘束されたものも末端も末端。似たような連中が数多いるのだろう。大本は誰だ?
「彼らの何処かの国が離反を考えている可能性は?」
最悪、としては考うる話である。アザーズが我々に同調する必要性は彼らに特別存在していない。
「馬鹿な、と言いたいところではあるが、否定できないのが我々の実情だ」
「であれば、このリンネでリスクを負ってまでアザーズを誘拐する意味がわからない」
「我々は脅威とさえみなされていないのでは?」
重い沈黙。実際に彼らにとって我々は取るに足らない存在であることにちがいない。
「この国にいる魔王達が裏切るとも考えずらいが」
「それは楽観が過ぎるというもの。実際、いざとなったら我々は我々の手でこの国を守ることを考えねばならない」
どうやって、参加者の一人がそう声を上げた時、アレイル局長が手を挙げた。
「議論がそれているね。今はあくまで行方不明になっている未登録アザーズの捜索と誘拐をしている組織ないし存在の調査だ。現時点では他国がどうだこうだは関係ないよ」
それと、と続ける。
「僕としてはもう一つ、その現場にいたアザーズと思われる人物についても懸念材料と考える」
「報告にあった"銃"を使う者ですか?」
そう、とアレイル局長は頷く。ケージ達が追い剥ぎ犯のアジトで遭遇したという4人目の仲間であり、銃器を使うアザーズと思われる人物だ。
「しかし、脅威としてはそこまででもない」
「普通に民衆が傷つけられるなら脅威だよ。何も街を壊したりするだけが危険要因じゃない。特に、ほかの悪い人達と一緒になっちゃうのは避けたいよね」
参加者の何人かがため息をこぼした。大戦期から続く亡霊達の姿が脳裏を過ってのことだろう。
「しかし、弓矢と同じように銃にも弾があり、この世界では容易に手に入らないという。いずれ枯渇するのでは?」
「そのいずれを待つのは得策じゃないね。それはそれとして手に入らない訳でもないらしい。少なからず、"マキナ"と"コンセック"では銃を使う兵士が確認されている。それに、最寄りだとM&Aだね」
聞き慣れない単語だった。
「そのM&Aとは?」
「"マジックアンドアーム"。魔法と兵器を掛け合わせた武器を取り扱う商人、だそうだ。なんでもカズヤ君と同じ世界の住人と魔法使いの共同経営だそうだ」
参加者が一斉にどよめく。そんな物騒なものがこの国にあったのか。というか、ケージのやつ知っていたな。
「で、そこのメインが銃器。当然ながら弾薬も生産、販売している」
「直ちにその店の営業停止命令を出し、店主の拘束を」
出席者の一人がまくし立てる勢いで言った。
「待った待った。一体何の根拠があってその命令を。リンネは武器の販売を禁止していない」
それを慌てたように制止するアレイル局長。
「しかし、その店はリンネを害する危険性が高い」
「危険性が高いだけじゃお取り潰しなんてできない。明確な理由がないと。それに君はこの国の村一つを戦場にしたいのかい? この村は他にもトカゲの亜人も住んでいるという話だ」
何がどうしていったい国内にそんな地域が出来上がっているのか。話を聞く限りでは明らかに危険地帯だった。
「幸いに反抗的でない人達だという。理由を説明すれば協力してくれるさ。カズヤ君いわく"髭のおっさんにマグナムを使う奴に警戒しろ"って言えば意味を理解するって」
「協力というのは何を?」
「護衛の配置と逮捕協力かな。デブったけど動けないわけじゃない、だそうだ」
局長はあくまで危険人物は件の銃を持つ人物であり、M&Aの彼らではないと言う。無駄に敵を増やす必要はない、そう言いたいのだろう。
「それじゃあ、管理局としてはこの事件を起こしている元凶の調査と現在逃走している犯人の捜索、未登録アザーズの保護、同時に治安維持部に協力要請を行い、他国に関しては議会に報告の後、外政局を通して注意を喚起、現地駐在員にはあらためて現状の調査を行うよう伝達する、でいいかな?」
異議なし、と全員の同意があり会議は終了となった。
◇
「まったく厄介だ」
会議を終え座っていた椅子に背中を預けてため息をこぼす。報告を聞いた時、思った以上に大きな案件になりそうな気配で陰々滅々として、実際にその可能性は多いにありそうだった。
立ち去る局員達を見送り視線を移した先、偶々中央管理課長パトリックと目が合った。
「そちらは大変ですね」
社交辞令で言った。
「ええ、まあ。しかし、部下が優秀ですので」
素っ気なく返ってくる。
今目の前にいるパトリックという男がつかめない。冷静で寡黙。かつ優秀。他人よりも飛び抜けて秀でている訳でないものの、安定した業務を取り仕切る仕事人といった人物だ。
ケージがよく仏頂面で何考えているか分からないと悪態をついているのを思い出す。正直な話、私も似たような感想を抱いており、率直に言えば苦手の部類だった。
「事前に調査を進めていたという話も伺っております」
この緊急会議が始まる前にたっていた噂話だ。何せ場所が場所であり、あのパトリックという点を考慮して早い段階で調査をしていた、と。
「話をする、程度です。少なからず、そういうきらいがある、という」
あながち嘘ではなかったらしい。そうなると、流石の先見だ。
「ではアナタは事前に予見していたと?」
「そんな大層なものではないですよ、バクスター。ただの数字の問題だ。それに可能性を考慮して判断した結果、というだけです。そして、その事実を貴方の部下が見つけてきた」
綿密とは対極に位置する男のアホ面が脳裏を過った。
「いや、偶然ですよ。アイツは昔から運だけはいい」
「その偶然、運っていうのが厄介なんですよ。どれだけ準備、計画立てたところでその不確定要素でご破産になる。彼らも寝耳に水でしょう」
少し驚いた。そういう事をいう人物には思えない。
いかがしました? とパトリック。
「いえ。失礼ながら私の認識ですが、アナタはそういう事を仰られるような方とは思えなかったもので」
「よく言われます。ただ、今回あらためて認識した
、というだけです」
パトリックの言葉に私は、はぁ、と生返事した。
「ともあれ、今回の件は早々に手を打たないと。後で致命的になりうる可能性がある事柄だ」
「それは同感ですな」
彼の言葉に私は同意した。この件を放置することはあらゆる方向にとって都合が悪くなる。ともあれ、我々はやるべき事をこなすだけであり、2人は揃って席を立った。