記憶喪失の魔王⑩
アオエの迫真の演技に笑いつつ、推定追いはぎ犯のアジトについたのはいいが、四人目の仲間がいるなんて完全に想定外だった。
「テメェなにしやがる! 俺達ごと殺す気か!」
マシンガンの弾倉を変えていると、対角線上にいる蹲っていたリーダー格らしき男がブチ切れて叫んだ。
「あんだぁ、まだ生きてやがったのかよ。たく、悪運がつぇぇ野郎だな、オイ!」
奥の男がおどけたように言った。
「ふざけんなこのクソ野郎! 誰が路頭に迷っていたテメェを拾ってやったと思ってんだこのクソ野郎!」
リーダー格は怒髪天で奥の男に向かって叫ぶ。その話の内容から奥の男がアザーズである可能性があるが、倫理的に仲良くできる相手でもない様子が伺えた。瞬間、リーダー格の男は頭を撃ち抜かれた。
「野郎! やりやがった!」
銃身からして、手持ちはマグナム銃だろうか。クソッタレは惚れ惚れするくらいの悪党だった。
「いちいちうるせぇなぁ、オイ。女じゃねぇんだ、いちいちそんな事覚えてられるかってーんだ」
鬱陶しそうに奥の男は言った。
「ところでよ、兄ちゃんねぇちゃん。オメーラつえーな。ひとつ相談なんだが、ここは仲良くって事でどうだ?」
まるで気分を変えるかのように奥の男は気さくに話しかけてきた。
「如何様に?」
アオエが聞く。
決まっている。
「なに寝言言ってんだクソ野郎。テメェは手足吹き飛ばして治安維持部の詰め所に叩き込んでやる」
聞いたアオエが悪そうな笑みを浮かべた。
「なんだよ折角提案してやってんのに。まったく、血の気の多い兄ちゃんだぜ」
奥の男は呆れたように言った。
「生憎と無差別な人殺しとは仲良くできねぇんだよ」
「おいおい、そいつは心外だな。俺はな、無差別に人を殺すような野蛮人じゃねーよ。俺は、俺がムカつく奴を殺してるだけだぜ?」
クソッタレが、と俺は吐き捨てた。
「とまぁ、とりあえずは交渉決裂って奴だ。嫌々だけど、アンタらを始末しておさらばさせてもらうぜ」
「そううまく行くかよ、クソ野郎。こっちが3つに畳んでやる」
「とりあえずこいつを上に」
「助成は?」
「いらん。こんな遮蔽物もない閉所で撃ち合い始まったらいい的だぜ」
であるな、とアオエは同意する。
「ご武運を」
ああ、と返したところで聞き覚えのある金属音。咄嗟に奥の部屋に続く出入り口から物凄く見覚えのある球体状の金属を持った手が除いた。
「走れ!」
俺は叫んだ。呼応してアオエも走り出そうとしたが、追い剥ぎ犯は蹲ったまま動かない。
俺達は目配りだけをし、蹲る野郎の腕を強引に掴み、そのまま入り口まで引きずる。俺は振り返って奥の部屋目掛けてマシンガンをぶっ放した。
狭い通路をアオエ、追い剥ぎ犯、俺の順番で走る。階段を数段上がったところで手投げ弾が爆発物した。
衝撃が背中を叩く。打ち付けられるように階段に叩きつけられた。
黒煙と砂埃が辺りを包み、爆発の余波で耳から甲高い音が離れない。
「――――!? ―――き―!? ―い、――ら―――なの―!! ―い、返――ろ!!」
音に混じって誰かが叫んでいる声がする。混乱する頭で顔を上げ、階段上にいた大将の姿で我に返った。
「くるなぁ!!」
叫びながら振り返り、マシンガンを構える。俺だったら間違いなくこの後カマシに来るはずだが…………。
しかし、件のクソ野郎は待てども現れない。
「こっちくんな、上がってろ! 後、こいつを確保しておけ! おそらく戦闘の意思はない!」
マシンガンを構えたまま砂埃で様子の見えない地下室の中を警戒する。相変わらず野郎は音沙汰なしのまま、沈黙が続いている。
天井でも崩れたか? 地下であんなもん使ったらそうなる可能性もあるが、単に待ち伏せてる可能性もある。
背後では腰の抜けた追い剥ぎの回収作業が進んでいるらしく、もう嫌だ、もう嫌だ、と情けない声で繰返す叫びが聞こえた。
「あ、この前の人」
その中でリンネの間抜けた声が聞こえた。どうやら本当にアホどもだったらしい。
「刀を」
追い剥ぎの回収が終わったのかアオエが言う。受け取れ、と大将がいいどうやらアオエも得物を持ったようだった。
「さて、如何様にするか?」
後ろで刀を立てたアオエが聞く。
「普通だったら俺達とっくに鉛玉ぶち込まれてるんだがそれがない。敵戦力がわからんでもあんな袋小路にいたら詰んだ状態は変わらない。決死でも前に出るしかないんだが、それがない。考えられるとしたら弾切れか、待ち伏せか、まさかの裏口か、何かトラブったか、だ」
「死んでいる可能性は?」
「ないとは言えないが、わからん」
正直どれも怪しい。そして平気で仲間を撃つ奴だ。何をやってきても不思議ではない。
このまま膠着状態を維持するのもありだが、裏口があったら洒落にならない。つか。
「そいつに裏口があるかどうか聞いてくれ!」
大将に言った。
「駄目だこいつ。壊れたレコードみたいに、もう嫌だ、しか言わねぇ!」
素敵な返答だった。
「いいね。最高だ。虎穴に入らんば虎子を獲ず、ってところだが正直行きたくねぇ」
やはり飛び込むしかないらしい。
「援護は?」
頼れる相棒はいう。
「この状況で閉所でその得物は不利だろ。合図か死ぬのを待て」
「…………承知」
少し考えてくれる辺りいいやつだが、妙案は浮かばなかったらしく俺の言葉に同意した。
――――さて、覚悟の決め時だ。
「南無三!」
意を決して入り口に飛びこんだ。素早く起き上がり銃を構え、そこにあった想定外のものに思考が停止した。
「…………冗談抜かせ、この野郎」
思わず吐き捨てる。なんと、眼前に"門"が生成されていたのだ。
そりゃ出てこれるわけがない。門は床から天井
一杯まで広がっている。部屋の隅はかろうじて人一人が通り抜けられそうな隙間があるが、悠長にそこから出ようとすればいい的だ。
となると別の通路がない限り野郎は袋のネズミ。このまま大将が門を閉じたら反撃される可能性もある。
考えていると門に変化。
紫黒色の門からヌッと足が出た。それは今まで見たこともない大きさの牛蹄だった。
次いで頭が出る。牛っていうのはのんびりした顔をしているイメージなんだが、およそ見たこともない凶相であった。
その後でてきたのは人間の胴体くらいありそうな毛むくじゃらの腕。そいつが目の前の牛のものならすでに俺の知ってる哺乳類の様相をしていない。
そして、全容がしれる。
頭牛、上半身毛むくじゃらの人間、下半身牛の合成生物。全長は3メートルはあろうか。明らかに室内が狭そうで、かつ物凄く息が荒い。その息の荒さは全力で走った後か、大分ブチギレているかの二択だ。
「…………マジかよ」
昔仲間の一人が似たような生き物の話をしていたのを思い出した。それは神話の有名な話らしく、なんでも牛に化けた神様と王女様のあいだに出来た子どもで怒った王様に迷宮に閉じ込められたのだという。今まさに目の前にいる怪物がそれだった。
「如何したか!?」
何も起こっていない事を案じてかアオエが叫ぶ。
「階段を駆け上がる準備をしておけ!」
化け物と睨み合ったまま叫んだ。
さて、視線が外せない。目を離した瞬間、右なり左なりの手が飛んできそうな気配が強いからだ。
かと言って大将のように話し合い、とはいかない。そもそもこいつの今の状態が通常なのか例外なのかわからないからだ。
最初に凶相と言ったが実はそれが通常で、温厚な正確の持ち主である可能性も一抹くらいはあり得るんではないか、そう考えたその時。
鼓膜を叩くような怪物が叫び声。これはどう考えても友好的な挨拶でないと悟り、俺は全力で来た道を戻った。
「何事…………ッ!?」
駆け上がる俺に上半身だけ振り返っていたアオエが奥の奴を見た途端、一気に駆け上がった。
その後を俺は脇目を振らずに追う。何せ今背後から聞こえているのは何かを破砕音する音だからだ。
「なんだかんださっきから!」
地上に続く出入り口に大将とリンネが佇む。
「馬鹿野郎、退け邪魔だぁっ!」
階段を走る俺は叫ぶ。
エセ侍が素早くリンネを掴み真横に飛ぶ。
続いて俺が大将にタックル気味に突っ込む。
「グエェっ!?」
カエルが潰れたような悲鳴をあげた。俺はそのまま真横に跳んだ。
「テメェ、いきなりしてくれ、」
怒った大将が叫ぶと同時に入り口をぶっ壊して牛の怪物が地上に躍り出た。
「てぇぇぇ、えええぇぇぇぇぇぇっ!?」
今度は驚く大将。
「おま、何連れてきてんだ、馬鹿じゃねぇの!?」
「馬鹿言え。あんなん下でやりあったら速攻お陀仏だ。それより野郎門から出てきやがった」
「門があったのか?」
「門ができたんだ」
嘘でしょ!? と三度大将は驚いた。
「こう、なんで面白いことばっか続くかね!」
担いだ大将を地面に置き、俺は立ち上がり銃を構えた。同様に隣では腰に刀を据えたアオエと座り込むリンネの姿があった。
「それで、どうする大将。あれと仲良く話すか?」
「いや、どう見たってありゃ話が通じる様子じゃねぇぜ。完全に興奮しきってる」
立ち上がりながら大将は言う。目下牛野郎は真向かいの建造物にぶち当たって止まっていた。
「峰打ちでどうこう出来るものでもなさそうであるなぁ」
鞘から刀を引き抜いたアオエは、やれやれと愚痴るようにこぼした。
「リンネ、アンタはやれるか」
大将が聞いた。
「まぁ無理だよね。僕、何もないもの」
だよなぁ、と俺は肩を竦めた。
「結局、いつも通りかよ」
「ぼやくな傭兵殿」
言われて銃を構え直す。怪物は建物から身体を引き抜きこちらに振り返った。
「リンネは俺と一緒に退避。牛野郎は極力生かす方向で! あと、人命優先!」
「了解」
「承知」
戦いの時を告げるように怪物が鳴いた。