記憶喪失の魔王⑥
「簡単に言ってくれるぜ」
局長室から戻り自分のデスクで椅子に寄りかかって俺は思わずこぼした。厄介事を拾ったのは俺だが、それはそれとして捜索範囲が広すぎる。
「でも、どうするんだ? 地道に探すか?」
適当なところから椅子を引っ張り出して座るカズヤは言った。冗談じゃない。
「まさか。足で稼ぐにしても日中はないだろうし、夜中にしたって彷徨いてる奴がいたら警戒して出てこねぇよ、余っ程のアホじゃない限り」
真面目に探したって出てくるとは思えない。さらに男三人が街中をウロウロしていたら不信感を買う。どっちにしたって馬鹿正直に探したところで見つかる可能性は低い。
「ではどう致す?」
「釣りでもするかぁ」
アオエの言葉に俺はそう返した。結局、それくらいしか思いつかない。
「釣り?」
自称魔王、暫定リンネが聞いた。
「餌をまいて引っかかるのを待つ。つまりは囮を使うってこった」
ああ、とリンネは納得した様子だった。
「とりあえずはこの前調べた資料を元にアザーズ発見数が多い箇所を中心に試してみる」
「それで引っかかんなかったらどうするよ?」
出鼻を挫くような話をカズヤはする。
「お前も暗いね」
「現実主義といってほしい」
あっそう、と俺は短く返した。
「といっても、まぁ、俺も気休めの作戦だと思っている。やるにしたって捨て鉢みたいな人数の作戦だしなぁ」
そもそも人手が圧倒的に足りていないのだ。引っかかれば儲けもんだ。
「ところで餌はどうすのであろうか、主殿」
アオエが聞いた。問題はそこである。
「それなんだが、さてどうするか。男垂らすより女垂らした方が絶対喰い付くとは思うけどよ」
「え? 僕は? なんで喰い付かれたの?」
「…………まぁ、なんか間抜けてるからなぁ」
襲いやすかったんだろうな。酷い話だ、とリンネは言った。
「とりあえず二つ返事は無理であろう。主殿、誰か協力してくれそうな者に心当たりは?」
そういうアオエに俺は気取って見せ。
「俺にそんな奴がいると思うか?」
そういうと奴は味わい深い表情を見せた。
「でもまぁよ。具体的に話をすりゃ協力してくれそうな連中はそこそこいるぜ」
そういうカズヤ。確かに協力者の中には騎士やら戦士やら勇者やら、正義感にあふれる連中は多い。しかし、だ。
「正しい心が有り余ってその場で半殺しにしかねない。それで知ってる連中はゴリラか、それ以外は不思議な力でやりかねない」
そういいつつ頭の中にロゼッタの姿が浮かび、その後問答無用で犯人を叩き切るイメージが湧いた。
そんな訳、とカズヤは言いたげだったが同じ想像が脳裏を過っているのかそのまま押し黙ってしまった。
「局員に依頼するのは如何か?」
アオエが言った。
「却下。ありえないだろ」
「即答であるな」
「あのね、俺たちはお前らみたいなゴリラじゃないの。暴漢に襲われたらたまったもんじゃない」
ちょっと門を閉じれるからと言って特殊な力を持っている訳でもない。銃器が扱えるわけでも刀を使える訳でも、魔法も呪いも忍術もエトセトラ。兎に角、荒事に慣れている訳でない。
「その理屈であると契約者の安全は?」
「お前らを人類にカウントするな。平気だろ、平気」
「だから嫌われんだよ、アンタ」
呆れたようにカズヤは言った。
「そうなるとやっぱり俺がいくしかねぇーんじゃねーかな」
ともあれ誰もいないという訳にもいかない。言い出しっぺの法則というのもある。結局、自分でやるしかない。
「いや、大将が言っちゃだめだろう」
カズヤが言った。
「こんな中で二番に襲いやすそうなのは俺くらいじゃねーか。なんだったらアザーズっぽくしてみるぜ」
「頭が前に出られると守んのが大変なの。うっかり流れ弾に当りたい?」
「そこは、ほら、お前。気合と根性でどうにか」
「どうにかできてたら苦労しないぜ」
そういって肩を竦めるカズヤ。
「しかし、どうすっかなー」
椅子に寄りかかっる。前足を浮かせて揺れる。
誰に頼むにしたって危険は伴う訳だからどうにも言いづらい。しかも、来るかどうかも分からない犯人だ。余計である。
どうするか考えながら三人の顔を見比べ、ふとアオエを注視した。
「何か某の顔についているのか?」
そんな俺の視線に気づいてアオエが尋ねる。
「いや、別にそういう訳じゃないんだけどな」
「ではなぜ見る?」
深い意味はない、と返し顔を見続けた。そのまま両指で長方形を作り、その枠に収める。
「…………あ」
そして、あることを思いついた。
「何か良からぬことを思いついたな、主殿」
心底嫌そうな表情を浮かべたアオエ。いや、そこまででもないと思うぞ、多分。
「…………あー、どうなっても知らねぇぜ大将」
どうやら同じ思考に至ったらしく、カズヤが呆れていった。